エルトン・ジョン&ブランディ・カーライル独占取材 暗い時代を照らす「希望への賛歌」

エルトン・ジョンとブランディ・カーライルのコラボレーション・アルバム『Who Believes In Angels?(邦題:天使はどこに)』が話題を集めている。長年の友人である2人は、思いがけない壁にぶつかり、自らの恐れと向き合うことを余儀なくされる。そうして生まれたのは、エルトンのレガシーを辿りつつ、未来を見据える「希望」へのオマージュだった。ローリングストーン誌UK版の約15000字カバーストーリーを完全翻訳。

テーマは「ポジティブであること」

次のアルバムに向けて、エルトン・ジョンはひとつの明確なビジョンを持っていた。それは、創造性の新たな高みを目指して自分自身を押し上げること。50年におよぶヒット曲の数々を携えた、世界規模のフェアウェル・ツアーを終えたばかりで、彼の内にはかつてないほどのエネルギーが満ちていた。その勢いを、新しいレコードに注ぎ込みたかったのだ。だが、スタジオで創造性を解き放つ地点にたどり着くまでには、彼にとってかつてないほど高い壁が立ちはだかった。プレッシャーは、あらゆる形で襲いかかってきた。そもそも、このアルバムはあるアーティストとのコラボレーションであり、その人物は20年にわたる付き合いのなかで家族同然の存在になった友人であり、彼女にとってエルトンは長年のアイドルでもあった。この作品の成否には、職業的にも個人的にも多くがかかっていた。

その友人とは、アメリカーナ系シンガーソングライターのブランディ・カーライル。イギリスではまだそれほど知名度が高くないかもしれないが、アメリカではグラミー賞を11回受賞している実力派として広く知られている。エルトンはこのアルバムに彼女を1、2曲だけ招くのではなく、全編を通して共同作業をしたいと考えていた。「彼女が一行、僕が一行、みたいな交互の歌ではなくて、ハーモニーをつけたかった。ちゃんとしたデュエット・アルバムにしたかったんだ」と、エルトンはこのプロジェクトにかけた意図を語っている。それは、これまでに彼が手がけたどのレコードとも異なる、まったく新しい試みだった。

カーライルもこう付け加える。「バラードは最小限に抑えたの。というのも、彼が”みんな、私たちが集まったらパワーバラードをやると思うだろう? だったらテンポの速い、ポジティブで高揚感のある曲にしよう”って言ってくれて。私も”それって、むしろすごく面白い課題だね”って思ったの」

Photo by Peggy Sirota

今回のコラボレーションには、作詞家のバーニー・トーピンとプロデューサーのアンドリュー・ワットも加わっていた。ワットは数年前、ブリトニー・スピアーズを迎えた「Hold Me Closer」でエルトンに世界的ヒットをもたらし、2021年のチャート1位アルバム『The Lockdown Sessions』でも複数の楽曲を手がけている。つまり、成功を収めるための「魔法の材料」は揃っていた。ただし、録音セッションのタイムリミットは20日間。そのあいだにアルバム1枚分の曲を作り上げなければならなかった。彼らが誇るキャリアの厚みに照らせば、順風満帆に進むはずだった。だが、本当に深みのある作品というのは、机上の想定ほどすんなりとは形にならないものだ――エルトン・ジョンであっても例外ではない。壮大な『Farewell Yellow Brick Road』ツアーを終えた後、人工股関節の置換手術を含むいくつかの健康上の課題を経て、エルトンは創作面で壁にぶつかった。

「正直に言うとね、ツアーとアルバム制作のあいだでアドレナリンが切れてしまったんだ」と、ロンドン西部のメトロポリス・スタジオで会った2月の寒い午後、エルトンは語った。「体調もよくなかったし、何ひとつ準備ができていない状態でスタジオ入りした。最初の2、3日は本当に混乱していたよ。僕はものすごく不機嫌だった」。苛立ったエルトンの癇癪が、今にも爆発しそうな雰囲気だった。「自己不信でいっぱいだったし、最初の数日で2、3曲は書いたけど、アルバムが本格的に動き出したのは、僕が完全にメルトダウンしてからだった」。エルトンらしい激しさで、歌詞の紙は破かれ、iPadは叩き壊され、罵声が飛び交った。

初期の苛烈な人間関係から、後年の断酒に至るまで、エルトンにとって「限界まで自分を追い込み、そこから何か新しいもの、よりよいものを生み出す」という流れは決して珍しいことではなかった。「自己不信を乗り越えたあと、ブランディが『A Little Light』という曲を書いたんだ。ちょうどイスラエルがガザに侵攻した日だった」とエルトンは語る。「ブランディは隣の家に滞在していて、僕は新聞を全部テーブルに広げて、彼女にこう言ったんだ。”こんな状況で、どうして僕たちはアルバムを作ってるんだ? 録音してる場合じゃない、人間らしさを失ってるように感じる”って。すると彼女が言ったんだ。”私たちはポジティブな面を見なくちゃいけない。ミュージシャンには世界をひとつにする力がある。それが私たちの役目なんだから”って。それから彼女は部屋に戻って、”ポジティブであること”をテーマにした詞を書いてくれた。それで、このアルバムは大きく方向性が定まったんだ」

カーライルが歌う。〈大丈夫だよ、ねえ/皿の上に置かれた新聞/見出しから読み取れる悲しみ/心配そうな君の顔/思いやりのある人ほど不愉快になる/こんな毎日を生きている間は/それでもまだこの世に美しいものは沢山あって/ここで輪になって踊っている〉

そこにエルトンが加わり、ふたりはユニゾンで歌う。 〈だから私たちは立ち上がる/元気を出して顎を太陽に向けて上げ/ちょっとした祈りを捧げて/祝福を一つ一つ数え上げよう〉

「過去へのウィンク」が楽曲のベースに

予想どおり、このプロジェクトは次第に形を成しはじめ、ほかの楽曲も次々と芽吹いていった。20日間にわたり、4人は音楽にどっぷり浸かり、エルトンの想定を超えたかたちで、アイデアと想像力を押し広げていった。「ああいうかたちで制作に入ったのは、これまでになかったことでね。正直、怖かった。僕は本当に、本当に不安だった。少しの恐怖はいつだってよいスパイスになるけど、あのときはかなり強かった」と、両手を固く組みながらエルトンは語る。「でも、最初のつまずきを乗り越えたら、すべてが落ち着いた。スタジオの緊張や不安は、間違いなくこのアルバムのエネルギーを高めてくれたと思う」

録音作業が終わるころには、4人はスタジオから14曲を持ち帰っていた。そのうちの10曲が、エルトンとブランディの新作『Who Believes in Angels?』に収録されている。「僕たちはすごく満足していた」と、エルトンはその音楽について嬉しそうに語る。「勢いがあるし、新鮮さもあるし、エネルギーに満ちている。まさに自分が望んでいたとおりで、思い描いていたものがそのまま形になったんだ」

Photo by Peggy Sirota

エルトンはさらに、この作品が『Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy(キャプテン・ファンタスティック)』以来のベスト・アルバムのひとつだと述べる。「あのアルバムにあったエネルギーを、今回は再現したかった」と彼は熱を込めて語り、とりわけ楽曲に込められた活気と生命力に言及した。この作品集は、エルトン・ジョンという音の世界を見事に探求している。彼の代表曲の影を感じさせながらも、過去の焼き直しには決して陥っていない。最終的に収録された10曲は、エルトンの音楽的な進化を織り込むように編まれており、サイケデリックな旋律が響く冒頭曲「The Rose of Laura Nyro」から、親密なピアノ・バラードで締めくくられる「When This World Is Done with Me」にいたるまで、過去と現在が自然に交わっている。そこには、懐かしさへの愛情と、いまこの瞬間を生きる力強さが共存している。それはまるで、彼の驚くべきキャリアに添えられたひとつの句読点のようでもある。

「過去に自分が作ったようなアルバムには戻りたくなかった」とエルトンは語る。「僕はブランディに挑戦してほしかったし、彼女も僕を押し上げてくれた。アンドリューは僕たちふたりを極限まで引き出してくれたし、バーニーも同じだった。最終的には、もう全力疾走だったよ。毎日1曲を録音して、ほとんどが一発録りだった」

そうした”過去へのウィンク”が、新たな楽曲を生み出すベースになった。「エルトンと曲を書くときは、まず歌詞から始まるの。そして、”これは90年代っぽい””70年代の感じだ””ここは80年代ね”みたいな感じで、音の節々にそういうエッセンスを散りばめていくの」とカーライルは制作過程について語る。「それはアンドリューの狙いでもあった。彼は”あれ、今の『Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)』じゃない?”って思わせるような瞬間をちゃんと織り込みたかったの」

1973年の『Goodbye Yellow Brick Road(黄昏のレンガ路)』で使われたドラムセットも、当時の雰囲気を再現するためにアンドリュー・ワットが用意した。そのドラムは俳優のベン・スティラーがオークションで手に入れていたものだという。スタジオの壁には、1970年のラジオ放送を収録したエルトンのライブ・アルバム『17-11-70』のコピーが掲げられ、ローラ・ニーロとジョニ・ミッチェルのポスターも並んでいた。

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「私たちは明らかに、さまざまな時代の風景を旅していた。張りつめた緊張感もあったけれど、それ以上に刺激的だった」とカーライルは、この創作の”るつぼ”を振り返って語る。「アンドリューは、そういった要素をうまく音のタペストリーに織り込んでくれたけれど、決して過去に頼った感じにはならなかった」

カーライルにとって、エルトンの豊かなディスコグラフィに浸ることは、まるで”お菓子屋に入った子ども”のような心境だった。彼女が10代の頃に出会ったのは、『Made in England』『The Big Picture』、そして『ライオン・キング』のサウンドトラックといった作品群だった。それから10年後、シンガーソングライターとして自身の作品を発表しはじめたカーライルは、思いきってエルトンに一通の手紙を書いた。自分のアルバムに参加してほしいという願いを綴ったその手紙は、エルトンの目に留まり、結果的に彼らのデュエット曲「Caroline」がカーライルの3枚目のアルバムに収録されることとなった。ふたりの絆は急速に深まり、カーライルが妻のキャサリンと結婚し、子どもをもうけるころには、単なる音楽仲間という関係を超えて、真の友情へと変わっていた。その関係はさらに、エルトンと夫のデヴィッド・ファーニッシュが自身の子どもたちを迎えたことによって強まっていく。いまでは両家がともに休暇を過ごすような間柄となっている。

リトル・リチャードに祝福を

『Who Believes in Angels?』のレコーディング中、スタジオ内には9台のカメラが設置され、制作の様子が記録されていた。その映像のひとつには、ユーモラスな場面が収められている。エルトンが演奏の途中でふと手を止め、カーライル、ワット、トーピンの3人のほうを向いて、「今の、ちょっと『ライオン・キング』っぽすぎた?」と問いかけるのだ。

過去へのオマージュを随所にちりばめたこのアルバムだが、あまりにあからさまな引用は意識して避ける必要があったのだろうか? 「彼に関して言えば? そういうのはやらないの」とカーライルは答える。「すべてが”前へ、前へ、前へ”。とにかくスピードが早くて、判断も明確で、揺らぎがないのよ」

「それに、今回は僕たちがこれまで一緒にバンドとして演奏したことのないミュージシャンたちとやったっていうのも大事なポイントだ」とエルトンは語る。参加したのは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミス(Dr)、ピノ・パラディーノ(Ba)、そしてジョシュ・クリングホッファー(Key, Gt)だ。

カーライルとエルトンは、ソングライティングやボーカル録音を行うためのメインスタジオに拠点を置き、他のメンバーは隣のスタジオに常駐していた。「私たちが曲を書いてるあいだ、バンドのメンバーたちは”Bルーム”で必死にアレンジを練ってたの」とカーライルは説明する。「彼らには、私たちが作業してる音がリアルタイムで届くようになってたから、それを聴きながら理解して、あとで私たちのスタジオに入ってくると、もうすっかり把握してるっていう状態。すごく自発的で、いい意味でナイーブなやり方だったと思う。その感じが、ちゃんとレコードにも刻まれてるのよ」

Photo by Peggy Sirota

そうしたエネルギーを初めて完全に捉えたのが、強烈なノリのナンバー「Little Richards Bible」だった。この曲は、歌手でありピアニストでもあるリトル・リチャードに捧げられたもので、彼の複雑なセクシュアリティの歴史を背景に持つ人物像がテーマになっている。リチャードはかつて男性に惹かれることを公言していたが、晩年のインタビューでは自らを”もうゲイではない”と語っていた。

この曲のとてつもないテンポ感を捉えるにあたって、エルトンはその主題に自分を重ねるしかなかったという。「リトル・リチャードみたいに弾かなくちゃいけなかった。彼は僕のアイドルで、大きな影響を受けた存在なんだ」とエルトンは語る。「それに、曲を書くのも本当に早かった。チャドがハイハットを叩きはじめて、僕はすぐにピアノを録音した。あとからバンドが加わってね。とにかく鍵盤を思い切り叩きまくったよ。本当に最高だった」

「でも、あの日の彼はすごく張りつめていた」とカーライルは言う。制作は思うように進んでおらず、エルトンは……まあ、エルトンだった。「この曲に入ったとたん、彼はピアノをぶち壊す勢いで弾き始めたの。ガラスが震えるくらいだった。信じられないほどだったわ。あのソロのときなんて、音の迫力と生命力がすごすぎて、頭が追いつかなかったくらい」

「ピアノは一発録りだったんだ」と、エルトンが興奮気味に口を挟む。「とにかく楽しくて仕方なかった。なんていうか、リトル・リチャードが僕の中に乗り移ったみたいだったよ」

この曲のコンセプトを思いついたのは、カーライルが「すごくストレート(異性愛者)な男性」と呼ぶアンドリュー・ワットだった。ワットは、リトル・リチャードがエルトンのヒーローであり、エルトンがカーライルのヒーローであるという構図にワクワクしていた。「彼はクィアの歴史がどう変化してきたか、ということを考えていたの。リトル・リチャードは自分のクィアネスをなかなか受け入れきれなかったし、受け入れたと思えばまた宗教的な教義に引き戻されてしまったりしていた」とカーライルは語る。ワットはバーニー・トーピンに電話をかけて、「リトル・リチャードと彼の聖書についての曲を書いてみたらどうか」と提案したという。もしブランディとエルトンが、リトル・リチャードが生涯のなかで完全には表現できなかった何かを、代わりに祝福できるとしたら――そんな思いから、この曲は生まれたのだった。

オープニング曲「The Rose of Laura Nyro」は、約6分半におよぶ壮大な一曲だ。冒頭の2分間はアシッド風のシンセがうねるトリッピーな音像で幕を開け、そこからクライマックスに向かって壮麗にビルドアップしていく。この楽曲は、1997年に49歳で亡くなったローラ・ニーロに捧げられている。エルトンが魅了されてやまない、クィアの系譜に連なるアーティストのひとりだ。

「エルトンに彼女のことを教えてもらってから、私はローラについて調べはじめたの」とカーライルは語る。「それでふと、”ちょっと待って、今日が彼女の誕生日じゃない!”ってなったのよ」

「『Little Richards Bible』のミックスも、まさに彼の誕生日に仕上がったんだ」と、エルトンが口を挟む。

カーライルはにっこり笑う。「あの曲が、アルバムで最初に完成した曲だったの。そして完成したあと、”もっとリトル・リチャードのこと調べてみようかな”と思って調べたら、”ちょっと待って、今日が彼の誕生日!”って(笑)。そういう不思議な偶然が、この作品の中では何度も起こったの」

エルトンの確信、カーライルの不安

タイトル曲「Who Believes in Angels?(天使はどこに)」では、カーライルが自身のアイドルに敬意を表する番だった。「この曲では、スタジオでエルトンと一緒にいること、そして私たちの友情がどんなものかってことを書いたの。ふたりとも、完璧な状態でスタジオに入ったわけじゃなかったから、互いに支え合う必要があった。その過程で、ただの友情じゃなくて、家族のような関係になれたんだと思う」

これまでふたりが共作した楽曲は、別々に録音されていた。だから、20日間も一緒にスタジオにこもるという試みは、相手が憧れの存在であり、同時に親友でもあることを考えれば、うまくいかない可能性も十分にあった。

「彼女は自分の望むものがはっきりしてるんだ。そして、それを無理に言葉で説明しようとしないところが僕は大好きなんだよ」とエルトンは語る。インタビュー中のふたりのやりとりからも、その絆の深さがはっきりと伝わってくる――と同時に、エルトンがカーライルに寄せる強い敬意もにじんでいる。

「なかには、”うーん、それはちょっとわかんないな”って態度をとるアーティストもいるけど、ブランディはそうじゃない。彼女は自分が何を望んでいるのかを正確にわかっていて、絶対に譲らない。そして、僕も自分の望むものを持っていて、それを貫く。でも僕たちは、ちゃんと一致するんだ。なぜなら、彼女はいつも正しいから。直感が本当にすごいし、音楽的な能力はもう桁違いなんだよ」

「”エルトンは若手を応援してる”って、みんな言うでしょう? たしかに彼は応援してくれる。でも、無条件じゃないの」とカーライルは語る。「ちゃんと音楽的にもっと努力すべきところがあるなら、そう言ってくれる。いつだって正直なのよ。エルトンにレコードを渡したからって、”わあ、最高!”って無邪気に喜んでもらえるわけじゃない。彼の反応には深みがあるの。まさにマスターの視点って感じ」カーライルは、自身のアイドルがいかにして自分を新しい音楽の領域へと導いてくれたかも明かしている。「エレキ・ギターをプレゼントしてくれたとき、彼は私に”もうフォークはいいだろう。少しは枠を超えてみたらどうだ?”って伝えたかったんだと思う。まるで音楽学校みたいだった。ほんとに、マスタークラスよ」

「僕は彼女のことを本当に愛してるんだ。人としてだけじゃなくて、音楽的にも創造的にも、彼女の中にあるものを愛してる」とエルトンは語りながら、力を込めて指をさす。「でも、彼女の可能性は、まだほんの表面をかすめた程度にすぎない。ようやくそれが見えはじめたところで、これからまだまだ広がっていくと思う。彼女はいわば、”芽吹いたばかりの種”みたいな存在なんだ。すでに信じられないほどのことを成し遂げてるのに、まだその段階なんだよ。でも、きっとそこから一気に花開く」。その例として、エルトンは2019年にカーライルがロサンゼルスのディズニー・コンサート・ホールで、ジョニ・ミッチェルのアルバム『Blue』を全編にわたって歌い切ったソールドアウト公演を挙げる。「彼女はあのステージを見事に成功させた。自分にできることを信じてる。迷いがないんだ」

Photo by Peggy Sirota

その一方で、カーライルは音楽的なヒーローとスタジオに入ることに不安を感じていたという。「正直に言うと、あなたと一緒にやるのが怖かったの」と彼女はエルトンの方を向いて告白する。「とにかく、あなたの作業の速さについていけないんじゃないかって、それが一番不安だったの。私がずっと磨いてきた作詞のスタイル――バーニーの影響がすごく大きいんだけど――それをあなたが受け取ってくれなかったらどうしよう、歌詞に何も感じてもらえなかったらどうしようって思ってたのよ」

さらに難しかったのは、その不安と向き合って答えを出すプロセスを、まさにスタジオの中でやらなくてはならなかったことだった。なぜならエルトンは、事前にアイデアを温めておくようなことを望まなかったからだ。「私はもう、存在論的なスパイラルに陥ってたわけ。それに彼もそうだったと思う。私の方は、ずっと静かなスパイラルだったけどね」とカーライルは笑みを浮かべながら話す。

もしこの制作がうまくいかなかったら――そんなことを、ふたりは考えたことがあったのだろうか?

「うまくいかなかった場合?」とエルトンは少し困惑したように首をかしげ、それからはっきりと言い切る。「僕は最初からうまくいくってわかってたよ。そこにたどり着きさえすれば、絶対にうまくいくと確信してた」

かたやカーライルは、万が一失敗した場合のプランBを用意していたという。「そのときは大学に戻って、漁船で働くつもりだったわ」と冗談めかして語る。

だがエルトンは、スタジオに入る前から勝算があったと強調する。「信じられないくらい満足してるよ。しかもあのスピードでできたことがね。だって、3週間なんてあっという間だろう? 普通の人たちなんて、1曲仕上げるのに3週間もかけるんだから。僕たちは同じ期間で14曲も作ったんだよ」

「Never Too Late」という言葉の真意

アルバムが4月にリリースされることになったのは、いま思えば何よりも幸運な巡り合わせだった。当初は昨年の夏に発表される予定だったが、エルトンの目の感染症によってスケジュールは白紙に戻された。だが、不確かな情勢が続くこの年において、『Who Believes in Angels?』はきらめくような楽観のレクイエムとして息づいている。不明瞭な時代における希望への賛歌であり、より良い世界を思い描くエルトンのビジョンを映し出す、輝かしい”希望の松明”のような作品となった。

その好例が、「Who Believes In Angels?」の次にリリースされたシングル「Swing For The Fences」だ。この曲でふたりは、親として自分たちの子どもたちに「大きな夢を持ち、高く跳べ」と語りかける。リズムもメロディも喜びに満ちあふれ、聴く者を巻き込むように広がっていく。今の社会的・政治的な気候を考えれば、すべての親が子どもに聴かせたいと思うような一曲だ。

カーライルは、アメリカ・ワシントン州の小さな町レイヴンズデール(2020年の国勢調査によると人口はわずか555人)で生まれ育った。現在の国の状況を思いながら、彼女はこう語る。「ストレスはもちろんある。それはちゃんと自覚してる。毎朝起きると、そのことを考える。私たちみたいな人間には、”政治的になるかどうか”を選ぶ余地なんてない。ただ存在しているだけで、目を覚ましたときから政治的な存在なんだから。とくにアメリカでは、ゲイであるというだけでね。私は女性ばかりの家で暮らしているし、女の子たちを育てている。心配していないふりなんてできない。だからこそ、自分のアートで向き合っていくし、声を上げて、行動して、人生を通じて少しでも世界をよくしていきたいと思ってる」

とくに若い世代、LGBTQ+である子どもたちに向けて、カーライルが伝えたいのは「希望を見失わないこと」だ。「あらゆる有害なイデオロギーって、消えかける直前がいちばん声が大きくて、いちばん怖く見えるものなの。LGBTQの人々に向けられる憎悪も、いま私たちが目にしているのは”死にかけた動物の最後のあがき”だと思う。だからこそ、この”夜明け前がいちばん暗い”瞬間さえ乗り越えればいい。私は本当に、こうした考えが消えていく直前の、進化の過程にあると信じてる。状況が悪く見えるのは、それがまさに死につつあるからよ」

エルトンは、AIDS危機の最悪期を生き延び、のちに〈エルトン・ジョン・エイズ基金〉を立ち上げて世界的な支援活動へとつなげてきた人物でもある。彼は、クィアの権利が少しずつ前進してきた歩みを誰よりも目の当たりにしてきた。当時を思い返すように、軽くうなずきながら、やや険しい表情を浮かべてこう語る。「ゲイの人間は、とても強い。だから、甘く見ないでほしい。本当に大切なことに関しては、僕たちは決して黙っていないし、必ず声を上げる」

Photo by Peggy Sirota

人生の残り時間、「生き延びる」という問い

アルバムのラストを飾る曲の録音中、エルトンはある厳しい現実と向き合うことになる。それは、自身の「死」だった。「When This Old World Is Done with Me」では、エルトンが自らの最期について歌っている。 〈この古き世界が私と共に終わる時/ただ思い知る、私がここまで来たのは/粉々に砕け、星々に紛れて撒き散らされるためだと/この古き世界が私と共に終わる時/私が両目を閉じる時/海の波のように私を解き放ち、潮の流れに返してほしい〉

コーラスにさしかかり、トーピンの詞に旋律を乗せていくなかで、その言葉の重みがエルトン自身に降りかかってくる。「45分間、完全に泣き崩れていた。全部、映像に残ってる。ただただ泣き続けたんだ」と、スタジオに設置された9台のカメラのひとつに収められたというその瞬間について、エルトンは語る。「ピアノでトラックを録ったあと、ボーカルを入れようとしたら、アンドリューが”ダメだ、今日はやめよう。今じゃない。明日録ろう。朝スタジオに来て、弾いて、歌って、一気にやるんだ”って言ってね。そして翌朝、本当にそのとおりに録った。それが、いま君たちが聴いているものなんだ」

あれから1年半――この曲は、当時よりさらに深く、エルトン自身の心に響いているに違いない。その後、彼はまたひとつの医療的試練に直面していた。昨夏、目の感染症により視力の一部を失ったのだ。10月、ニューヨークで開催されたドキュメンタリー映画『Never Too Late』のプレミア試写で、エルトンはPeople誌にこう語っている。「僕にはもう扁桃腺もアデノイドも虫垂もない。前立腺も、右の股関節も、左膝も右膝もない。実のところ、残ってるのは左の股関節だけだ。正直に言うと、もう自分の身体にあまり残ってるものはない。でも、僕はまだここにいる」

エルトンのような意志の強い人間が、死に無計画で向き合うとは考えにくい。「77歳になって、家族がいて、子どもがふたりいるとなれば、自分に残された時間っていうのは限られてくる。願わくば、あと20年くらいは生きていたい」と、彼は力強く語る。「でも、そういうことを歌の中で真正面から突きつけられると、”なんてこった”って思う。本当に驚いた。まさかこんなふうになるとは思ってもみなかった。話すのは好きじゃないけど、現実的にならないといけないよね」

依存症の闇をくぐり抜けてきたエルトンにとって、「生き延びる」という問いと向き合うことは今さら珍しいことではない。「依存症だったとき、”死ぬかもしれない”とまでは思わなかったけど、このまま続けてたら、いつかそうなる可能性はあるってことはわかってた。で、ある朝、目を覚ましたとき現実に気づいたんだ。それからずっと順調だったけど、それで人生に苦しみがなくなったわけじゃない。手術だって何度も受けてるし、目の視力も失った。それはアルバムが終わったあとに起きたことなんだけどね」と、エルトンは語る。「でもね、人生ではいつも、何かしら厄介なことに向き合ってる気がするよ」

その不屈の精神は、ドキュメンタリーと同タイトルの「Never Too Late」で力強く鳴り響く。エルトンは、恐れを知らない勢いでこう歌う。 〈あなたは鉄人だよ、ベイビー/天国に至る門なんてまだ先の話〉

「never too late(遅すぎることなんてない)」という言葉は、カーライルが2022年7月にニューポート・フォーク・フェスティバルでジョニ・ミッチェルをステージに招いた後、The Times紙に寄せたトリビュート文でも用いていた。「あの言葉は本当にインスピレーションをくれるの」とカーライルは語る。「世代間の”橋渡し”がもっと必要だと思う。若い世代からはエネルギーを受け取り、上の世代からは知恵を授かる。それを行き来できるような関係を築いていくべきよ。俳優の世界ではよくある話よね。若い俳優が年上の俳優と一緒に映画に出ることは珍しくない。でも、音楽の世界では、そういう機会が思ったより少ないのよ」

困難な時代だからこそ「希望をもたなくちゃ」

エルトンとカーライルは、『The Graham Norton Show』への出演に向けたリハーサルの合間にスタジオで語り合っている。今回のアルバムにツアーが伴うかどうかは、ロンドンのパラディアムでの一夜を除けば未定のままだ。「あとは”運命に任せる”ってところかしら」と、カーライルは笑う。

この新しい音楽が”ロケットマン”にもたらしたものがあるとすれば、それは「再生」の感覚だったのかもしれない。多くの人がスローダウンを考えはじめるこの時期に、彼はむしろ加速している。「僕はとことん前に進み続ける。救ってくれるのは、やっぱり音楽なんだ。家族、そしてこのアルバムを作ったことで、僕は自分自身を本当によく感じられた。古いエルトン・ジョンはもういない。これが新しい僕だ」

「彼は、立ち止まらない人なの。大きなことが起きても、大きな問題があっても、そのまま突き抜けていく。もし彼が流砂に足を取られても、沈まない。ただその上をすいすいと渡っていっちゃうのよ」とカーライルは付け加える。

それを誰より知っているのは、カーライルだ。スタジオを離れ、プロモーションやレッドカーペットの喧騒から一歩引いた場所で――エルトンは無数の有名人たちと親交を持っているが、彼にこれほど親密に寄り添う存在は、他にほとんどいないように見える。彼女がイギリスの自宅に滞在するとき、エルトンの日常はどんな感じなのかと聞いてみると、カーライルはこう答えた。「ものすごくおもしろい人なの。爆発的に。ついていくのがやっと。ウィット合戦では絶対に負ける。音楽については百科事典みたいだし、いつも情熱的で、いろんな人に電話して若い子たちを応援してて、本当に気前がよくて……一緒にいるだけでものすごく楽しいの」

今回のアルバムには、深い内省を感じさせる音も確かにあるが、エルトンが本当に心を奪われているのは、「新しさ(the new)」「次(the next)」そして「未来(the future)」だ。「音楽なしでは生きていけない。音楽のせいで死にかけたこともあるけど、でも音楽のおかげで生き延びることができた。今も、音楽が僕を生かしてくれてる。けど、それは過去の音楽じゃないんだ。ジャズとかも聴くけどね。僕を生かしてくれるのは、未来の音楽なんだ」と、エルトンはApple Musicのラジオ番組『Rocket Hour』で若いアーティストたちを紹介している理由について力強く語る。「ローラ・ヤングが1位になったんだよ。すごくない? 彼女はずっと才能がある人だったけど、ここに来るまでに4、5年かかった。チャペル・ローンも、サブリナ・カーペンターもそうだよね」

彼が注目しているアーティストの名前は次々と出てくる。クレオ・ソル(Cleo Sol)、ジア・フォード(Gia Ford)、ニア・スミス(Nia Smith)、エルミーン(Elmiene)――。

「ハンブル・ザ・グレート(Humble the Great)っていうのがいて、これがまた素晴らしいんだ。今年初のアルバムを出すホット・ワックス(Hot Wax)もずっと気になってたし、南アフリカのムーンチャイルド・サネリー(Moonchild Sanelly)、それからSoft Launch(ソフト・ローンチ)っていう、ルックスも抜群なアイルランドの若いバンドもいい」

「ジェイレン・ンゴンダ(Jalen Ngonda)にも『Rocket Hour』でインタビューしたよ。2年前の夏かな、(フランスの)ニース・ジャズ・フェスティバルで彼のライブを観たんだ。素晴らしかった。ヘッドライナーの前だったから最初はお客さんがほとんどいなかったんだけど、終わるころには会場がぎゅうぎゅうになってた」。ほかには? 「ネクター・ウッデ(Nectar Woode)。アルバムを送ってくれたんだけど、彼女もすごいんだ」

長く音楽を続けていきたい若いアーティストたちへのエルトンからの助言は、いたってシンプルだ――「とにかく歌い続けること」。「ライブをやり続けなきゃダメなんだよ。そうやってこそ、ミュージシャンとして、ソングライターとして、腕が上がっていく。たとえ観客が40人しかいなくてもいいんだ。誰にも聴かれてないような場所での経験が、あとから効いてくるんだ。だって、僕が”ミュージコロジー”で演奏してたころなんて、観客なんてほとんどいなかったからね」

「でも、その経験があったから、エルトン・ジョンを名乗るようになってからもやってこれた。根っこがしっかりしてたから。根っこは、本当に大事なんだ。最悪なのはさ、『Xファクター』みたいな番組で、テレビに出て一夜で有名になって、でもライブの経験がまったくないパターン。いざステージに出されても、何もできない。あれは最悪だよ。『アメリカン・アイドル』? あれこそ、最悪の例だね」

「リスクを取れ。パブに行って演奏してみなさい」とエルトンは続ける。

「それにね、ちゃんと友だちをつくって」とカーライルが付け加える。「自分のまわりにコミュニティをつくるのよ」

Photo by Peggy Sirota

ふたりが深く共鳴しあったのは、まさにその「つながり」の感覚だ。ジョニ・ミッチェルの自宅でのジャム・セッションにカーライルが仲間のアーティストたちを呼んで歌い、音を交わした日々。エルトンが2021年の『The Lockdown Sessions』や『Rocket Hour』で見せた、他者の声を引き立てるコラボレーションの精神。そして今回の『Who Believes in Angels?』における、ワットやトーピンとの連帯。彼らふたりは「つながること」こそが、明日を少しだけよりよいものにする――そう、信じている。

「人間の精神って、決して侮っちゃいけない。人間って、本当におそろしい状況をくぐり抜けてきてるんだよ――ホロコースト、ベトナム、アフリカの飢饉……」とエルトンは語る。「それでも人間の魂っていうのは、驚くほどしぶとい。想像を超える強さが、人の中にはあるんだ。それが本気で表に出てきたら、必ず正しい方向に動く。僕はそういう力を、ずっと信じてる」

「だって、希望がなかったら……」と筆者が言いかけると、「何もない」と、エルトンが言葉を継ぐ。

「本当にそうなんだよ。希望をもたなくちゃ、どうしようもない。世界はこれからもっとごちゃごちゃになる。だから僕は毎晩眠る前に祈るんだ。ちゃんといいことに意識を向けて、希望をもって。きっと大丈夫だって、信じてる。ものすごく大変な道のりだろうけど、それでも大丈夫になるはず。そう信じなきゃ。じゃないとどうなる? 哀れみの泥沼に沈んでいくだけだろ? 僕はそんなふうにはなりたくない」

「音楽家って、みんなをひとつにする役割があると思ってる。コンサートをやるとき、誰が誰に投票したかとか、どんな宗教を信じてるかなんて、僕はまったく気にしない。みんなが同じ場所に集まって、楽しい時間を過ごす――それが僕の仕事。舞台だって同じだろ? ミュージカルを書いて、いろんな人が観に来て、みんなが”よかった”って思ってくれたら、それでいい。僕たちにできるのは、それだけなんだよ」と、取材の締めくくりにエルトンはしみじみと言葉を重ねる。「僕たちが偉そうに”世界を変えるんだ”なんて思ってるわけじゃない。この世界はとんでもなく複雑だ。でも、小さな種を蒔くことはできる」

私たちが別れの挨拶を交わすころ、外の空気はまだ刺すように冷たいが、太陽が顔をのぞかせていた。今年最初の陽射しのように感じられるその光は、ひたすら曇天が続いた1月をようやく抜け出させてくれる気配を運んでいた。春が、そっと扉をノックしている――そんな空気だった。エルトン・ジョン、ブランディ・カーライル、バーニー・トーピン、アンドリュー・ワット――彼らの言葉は、たしかに正しいのかもしれない。それは、気持ちを持ち上げてくれる「小さな光(a little light)」だ。

左からバーニー・トーピン、ブランディ・カーライル、エルトン・ジョン、アンドリュー・ワット(Photo by Peggy Sirota)

From Rolling Stone UK.

エルトン・ジョン&ブランディ・カーライル

『Who Believes In Angels?(邦題:天使はどこに)』

発売中

日本盤のみSHM-CD仕様

英文楽曲解説翻訳、解説・歌詞・対訳付

再生・購入:https://umj.lnk.to/EJBC_WBIA

①通常盤/ 3,300円(税込)

②デラックス【日本独自企画盤】【限定盤】/ 5,500円(税込)

DVD付 / ボーナス・トラック収録 / 7インチ・サイズ紙ジャケット仕様 / ポスター、ロゴ・ステッカー封入

③デラックス・ボックス【輸入国内盤仕様】【完全生産限定盤】/ 7,700円(税込)

DVD付 / ボーナス・トラック収録 / アイロンプリント、ポラロイドプリント6枚封入

日本公式 HP : https://www.universal-music.co.jp/elton-john/

『Who Believes In Angels?(邦題:天使はどこに)』デラックス・ボックス展開写真