電通は昨年の10月25日~11月9日の読書週間にあわせ、AIを活用して絵本を自動生成する「AIえほん」の第一弾となる「おぼえたことばのえほん」のプロトタイプを公開した。現在、実用化に向け、パートナー企業の募集を行っている。

そこで、「AIえほん」のプロジェクトリーダーである電通の飯田羊氏と国内dentsu Japanグループ(国内電通グループ)全体のAI推進を担当している、主席AIマスターの並河進氏に「おぼえたことばのえほん」を公開してからの反応や、電通におけるAI活用について聞いた。

  • 左からdentsu Japan グロース・オフィサー エクゼクティブ・クリエイティブディレクター 主席AIマスター 並河進氏、電通 CXCC エクスペリエンスニュートラルデザイン1部 コピーライター 飯田羊氏

    左からdentsu Japan グロース・オフィサー エクゼクティブ・クリエイティブディレクター 主席AIマスター 並河進氏、電通 CXCC エクスペリエンスニュートラルデザイン1部 コピーライター 飯田羊氏

「AIえほん」とは

「AIえほん」は、子どもが覚えた言葉をタブレットやスマートフォン、パソコンから入力するだけで、AIが関連ワードを使用して物語を自動生成してくれるサービス。言葉を覚え始める1歳半から3歳くらいの子どもをターゲットにしている。

  • 「AIえほん」の第一弾となる「おぼえたことばのえほん」

    「AIえほん」の第一弾となる「おぼえたことばのえほん」

例えば「ロボット」という言葉を入力すると、「ロボットの『よこ』にあるものなんだろう?」という問いが表示され、次のページで「ボタンだった!」という答えが、イラストとともに表示される。

さらに、次のページには「ロボットの『うえ』にあるものなんだろう?」という問いが現れ、次のページで「アンテナだった!」という答えが表示されるという具合に、問いと答えがセットで表示されていく。

  • 「おぼえたことばのえほん」では、問いと答えがセットで表示される

    「おぼえたことばのえほん」では、問いと答えがセットで表示される

  • 「ロボット」という言葉で作成された絵本のシナリオ

    「ロボット」という言葉で作成された絵本のシナリオ

「AIえほん」では、全体の構成(シナリオ)は人が考え、答えとしての単語を選択する部分でAIを活用している。上の例でいえば、「ボタン」、「アンテナ」、「コード」などの部分だ。

AIを活用するメリットについて、飯田氏は次のように説明した。

「AIは、言葉の関連性をつなぎ合わせながら新しい単語を導き出すところが得意だと思っています。関連性の紐づけは人間もできますが、AIは『そういわれてみれば、この言葉のつなぎ方はあるよね』といった、人間が想像しているところから一歩外に出た意外性のある言葉を瞬時に提案してくれます。教科書のように物事をつなげていきながら作っていくところと、人の発想を飛び越えたところで驚きを与える部分をあわせていくと、絵本として面白い体験になり、学びがあるものを作れるのではないかと思っています」(飯田氏)

  • AIを活用するメリットについて語る飯田氏

    AIを活用するメリットについて語る飯田氏

「AIえほん」は、子どもの教育に役立つAIの新しい使い方を考える電通社内横断チームである「AIうえおLab」(あいうえおらぼ)によるプロジェクトで、約1年半前に開始された。

当時、飯田氏自身に子どもが生まれ、周りにいるさまざまな人にどういう教育をしたのかを聞いたところ、前向き抱っこをして、街の中を歩き回りながら目に入った言葉を繰り返し話続けたという話を聞いたことがきっかけで、「AIえほん」を作ろうと思ったという。

「良質な言葉のシャワーをしっかりと日常的に耳の中に届けることは大変だと思います。それを子どもが好奇心を持った中でどうやって進めるかを考えた時に、AIを活用しながら言葉の好奇心を伸ばしてけるのではないかと考えました。親が絵本を何冊も買うのも大変なので、AIの活用が絵本に吸収されていくと、お金をかけずにより上質な体験を提供できると思いました」(飯田氏)

そして、同氏が社内の異なる専門性を持ったメンバー3人に声をかけ、「AIえほん」をつくる電通社内ラボ「AIうえおLab」を立ち上げた。

「AIうえおLab」で実現したいこと

飯田氏によれば、「AIうえおLab」で実現したいことは2つあるという。

1つ目は、言葉で子どもの好奇心を伸ばしていくサービスを作っていくこと。

「私には1歳半の息子がいますが、子どもの興味関心が、最初に言葉に現れることを実感しています。電車や新幹線など、好きなものが最初に言葉に出てくると思っていて、そういう言葉を起点にしながら好奇心を伸ばせることができると、子どもの世界を広げられると思いました」(飯田氏)

2つ目は、人肌を感じるAIの使い方を広めていくことだという。

「AIに関しては効率化の話が多いと思っています。もちろん、AIは効率化の助けになることが多いですが、人の行動や感情に寄り添いながら、温かみのあるAIの使い方やサービス開発について世の中に広めていけると良いと思っています」(飯田氏)

「おぼえたことばのえほん」を公開した昨年10月25日から11月9日にかけて約8000件のワードが入力されたが、クルマ、ワンワン、ママ、パパ、ねこ、いぬ、でんしゃ、ごはん、りんごといった言葉が多かったという。

利用者からは、「AIの活用のアイデアが好きです」「AIのこういう使い方があるんだ」「大人がやっても楽しい」「赤ちゃん限定ではなく、大人の外国語学習のステップに似ている」などの意見が寄せられた。

「自分の世界観だけで子育てをしていくことに少し恐怖心を抱いていた時に、違う視点からの教育が入ってくると安心する、という意見もいただきました」(飯田氏)

AI For Growthに向けて

サービス開発において注意したのはセキュリティであり、公助良俗に反する言葉は弾くようにしているほか、国名も使えないようにしている。一見、国名は問題なさそうだが、社会情勢が不安定な国もあり、そういったことが影響しないように入力されたら弾くようにしているという。

「親の目から見て安心できるものでないと、使ってもらえるものにならないと思います」(飯田氏)

一方で、制御しすぎると、子どもに驚きを与えることができないという課題もある。

「裏側でAIにどういう絵本を作るのかを指示(プロンプト)しており、1歳半向けの言葉遣いで作ってくださいといったことを指示で入れています。そうすると、低い年齢層に合わせた単語が選ばれます。一方で、プロンプトで制御しすぎると、ややフラットなものになってしまい、驚きのある内容になりません。そのため、子どもに寄り添いすぎず、少し意外性のある言葉、日常生活では出会わない言葉が出てきた方が、『これどういう意味?』『これ何?』といった会話が生まれると思っています」(飯田氏)

dentsu Japanでは、独自のAI戦略ビジョン「AI For Growth」を掲げている。これは、グループで働く全従業員の「知」をもってAI技術を育てていくと同時に、AIによって人間もまた新しい「知」に至るという循環により、クライアントや社会の課題を解決し、幸せな変革を促していくという考え方だ。

AI For Growthについて、並河氏は「人の仕事がAIにとって代わられるといった話もありますが、電通グループとしては、人とAIが共に高め合っていくことを目指しています。AIと人間の知恵を共に高め合っていくサイクルを作っていければと思っています」と語った。

  • AI for Growthについて語る並河氏

    AI for Growthについて語る並河氏

そして、並河氏は「AIうえおLab」について、次のように語った。

「日常業務の効率化でAIを使うことはありますが、世の中の人たちを応援する、能力を伸ばすといった形のAI事例はあまりないので、『AIえほん』がその良い事例になればと思っています。生成AIは、ハルシネーションといわれる、間違ったことをいったり、ちょっと唐突に変なことをいったりする部分もあります。今回、横や上といった制約を与えることで、ハルシネーションを防ぎながら子どもの想像力を伸ばせる形になりそうなので、すごく良いプロジェクトだと思っています」

現在、「AIうえおLab」では、「おぼえたことばのえほん」を一緒に展開していくパートナーを募集しているが、機能強化も図っていく予定だという。その候補の一つが「言葉のログ」だ。

「サービスの価値の一つに、言葉のログを取れることがあります。今、思い出の残し方として、写真を撮影してそれを振り返ることがありますが、言葉のログが子どもの成長とともに取得できると、『この時に、こういう言葉をしゃべっていたね』といった振り返り方もでき、より良いものになっていくと思っています」(飯田氏)

飯田氏は、今後、子どもが本当に笑ってしまう楽しめる見せ方やストーリーの続き方など、中身の改善も行っていきたいと語っていた。