
2021年に出版された、亡くなった母の思い出と韓国文化とのつながりを、”食”を通じて探ったノンフィクション・エッセイ『Hマートで泣きながら(Crying in H Mart)』は、『ニューヨーク・タイムズ』を始めとした各種メディアで、その年のベストブックに選ばれた。同年リリースされた、ジャパニーズ・ブレックファスト(Japanese Breakfast)の3rdアルバム『Jubilee』は喪失の先にある再生や希望をテーマにした作品で、批評家からも高い評価を受けた転換作だった。音楽家、作家、バンドのフロントパーソンとして走り続けてきた、ミシェル・ザウナーは自身の成功を噛み締めつつも、ひとときの休息を求めていた。
2024年、ザウナーは母の祖国である韓国・ソウルに約1年間、滞在。西江大学校で韓国語をじっくりと学ぶ、ゆったりとした暮らしの中で、彼女はある意味で生き返った。叔母と号泣しながら語り合い、ハングルで書かれた母の日記を少しずつ翻訳することで、彼女は母、そして自分自身と出会い直した。ごま油と醤油をつけた焼き餅の味は、ザウナーがずっと探し求めていた絆の居場所を教えたのだった。
3月21日にリリースされた、ジャパニーズ・ブレックファストの4thアルバム『For Melancholy Brunettes (& Sad Women)』は、時間の有限性や母性、誘惑に負け過ちを犯した男たちが受ける罰、アイデンティティの行方を、ギリシャ神話やロマン主義の影響を受けながら叙情的に描いている。本作は韓国へ渡る前に制作されたものの、ザウナーはソウルでの生活を通じて、アルバムに込めたテーマをより深く考察することとなったようだ。
ブレイク・ミルズをプロデューサーに迎え、ギターサウンドへと回帰した本作。ミルズとの”揉めに揉めた”という制作の舞台裏や、映画『ビッグ・リボウスキ』などで知られる俳優ジェフ・ブリッジスとの意外なコラボレーション、作中に溢れる意味深な「水」や「海」のモチーフ、インセル・カルチャーなどについても話は及びつつ、「自分とは何か?」をアートを通じて問い続けるミシェル・ザウナーの深層に迫った。
本記事の取材は、2024年12月末に実施した。6月には本作を提げた待望の来日ツアーも予定されている。黒髪の乙女のメランコリーは限りある時間の中で暗く、切なく、深まっていく。
母の祖国で発見した、韓国人としてのオーセンティシティ
ーザウナーさんは、2024年の1月から約1年間、韓国・ソウルに移り住み、西江大学校で韓国語を勉強されていたそうですね。12月に尹錫悦大統領(当時)が、非常戒厳令を宣布した時は何をしてらっしゃったんですか?
ザウナー:夜の10時半ぐらいだったかな、友達のライブを観ている時にニュースが入ってきたんですけど、一瞬でその場が騒然となりました。最初はみんな「何が起きてるんだ?!」って完全にパニック状態で。男友達の中には「緊急徴兵されるんじゃないか」って不安がっている人たちもいたし、夜間外出禁止になったら家に帰れなくなるんじゃないか、って急いで外に出ようとする人もいました。でも、10分ぐらい経つと、だんだん情報も入ってきて、「ああ、これはただの政治的な駆け引きだな」ってことがわかって、場の興奮した空気も落ち着いてきて……。次の日の朝方に戒厳令は解除されましたが、非常に恐ろしく、同時に興味深い体験でした。
ー壮絶な体験でしたね。尹大統領の弾劾を求めるデモに参加されている様子も、Instagramでアップロードされていましたね。
ザウナー:韓国って、時に「同調圧力が強い国」みたいに言われることもありますけど、その一方で人々の団結力がすごく強くて、社会運動の力がものすごく大きいんです。過去にも大規模なデモの歴史があるし、今回も抗議活動がすぐに巻き起こりました。私も友達と一緒に参加したんですけど、タクシーも地下鉄もバスも使えないくらい、道路が抗議の人たちで埋め尽くされていて、寒さに震えながら徒歩で集会が行われる場所まで行きました。今も裁判は継続中なので、勇気ある人々は声を上げ続けています。
ー2021年に刊行されたエッセイ『Hマートで泣きながら』では、白人のお父様と韓国人のお母様を持ち、アメリカで育ったザウナーさんはご自身のルーツである韓国文化に接続するためのよすがとして、お母様を頼りにしていたと書かれていましたが、実際に現地に住んでみて、いかがでしたか?
ザウナー:この1年間は、韓国語の勉強に集中していたんです。1日8時間、ただひたすらに韓国語を勉強して、韓国の映画を観て、韓国の音楽を聴いて、韓国語で会話しようと努力する生活——この8年間、ミュージシャンや作家として様々な仕事をこなしてきた自分にとっては、そのシンプルな毎日がとにかく新鮮で刺激的でした。音楽業界にずっといることで、正直燃え尽きそうになっていたんですよね。でも、1年間、いわば「休息」をとったことで「ああ、やっぱり音楽が好きだ!」って思えたし「またやりたい!」ってワクワクする気持ちを取り戻せたんです。
まだ、韓国語は流暢には喋れないですけど、ゼロの状態から普通に会話できるレベルにまでなったことはすごく誇りに思っています。でも、同時にすごく切ない気持ちにもなりました。韓国語がだんだんうまくなるにつれて、どんなスキルでも時間をかけて努力をすれば身につけられるんだなって実感したので。何かをやりたいと思っても、時間は限られているから、すべてを成し遂げることはできないんですよね。偶然にもこの"気づき”は、韓国に行く前に作っていた、今回のアルバム『For Melancholy Brunettes (& Sad Women)』の大きなテーマの一つにもなっています。
大切な友人たちとの出会いや、かけがえのないコミュニティを見つけられたことも大きかったし……何よりも家族との特別な時間を持てたことは素晴らしいことでした。韓国に残っている家族は、もうおばさんくらいしかいないんですけど、おばさんと二人で母のことをずっと話しました。ソウルに行く前に母が20歳の頃にハングルで書いた日記も見つけたんです。今、それを少しずつ翻訳しているんですけど、母、そして自分自身と出会い直しているような感覚になります。
ーそこには、ザウナーさんの知らないお母さんの姿があったんじゃないか、と。具体的にどんな気づきや発見がありましたか?
ザウナー:おばさんが教えてくれたんですけど、母は若い頃、祖母のデパートの仕事を手伝っていた時、男の子たちに「나라리(ナラリ)」って呼ばれていたらしいんです。この言葉にはいくつかの意味があるんですけど、大まかにいうと「不良少女」とか「自由奔放な子」って感じらしくて。でも、いとこが母の日記を読んだ時に「おばさんはナラリなんかじゃなかった。ただの夢見る人だったんだ」って言ったんですよね。母はずっと何かクリエイティブなことをやりたかったんだと思う。でも、サポートも受けられなかったし、自分が何をしたらいいのかもわからなかったんじゃないか。母が綴る生き生きとした美しい筆致の文章を読んでいると、そんなふうに思うんです。
母がうるさく私の将来のことを心配していたのも、自分が夢を叶えられなかったから、私も失敗するんじゃないかって不安だったのかもしれない。でも、今思うと、私のクリエイティブな部分は間違いなく、母から受け継いだものなんですよね。母は直接、昔見た夢を私に語ってくれることはなかったけれど、彼女の日記を読むことや、若かった頃の母を知る家族から話を聞くことで、深く母と繋がれるような気がするんです。
Photo by Pak Bae
ー韓国にいる間、きっと美味しい料理をたくさん食べたんじゃないですか? 『Hマートで泣きながら』は、食べ物と過去の記憶のつながりが描かれていて。今、ザウナーさんが今回の韓国での経験を象徴する一品を選ぶとしたら何になりますか?
ザウナー:今、パッと思いついたのは、円柱形のお餅かな? 韓国では普通、蜂蜜をつけて食べる人が多いみたいなんだけど、うちの家族はいつもごま油と醤油をつけて食べていた記憶があって。望遠市場のすぐ側に住んでいたから、よく市場で買っては自分で焼いてごま油と醤油をつけて食べていました。
母がいない今、私はよく「自分は韓国系のルーツを持っている人間として何もわかっていないんじゃないか」って劣等感を抱くことがあるんです。自分が他の韓国人と違うやり方をしていると、「あれ? 私、ただの外国人みたいになってる?」って不安になっちゃう。
だから、おばさんに聞いたんです。「うちの家族って、昔からこうやってお餅を食べてたよね? 私の勘違いじゃないよね?」って。そしたら、おばさんが「そうよ。うちの家系は味覚が洗練されてるのよ。他の韓国人は何もわかってない」って言ってくれて……本当に救われた気がしました。私はずっとこういうつながりを求めていたんだなって気づいたんです。
ー自分の中に、韓国人としてのオーセンティシティを発見したわけですね。感動的な話だ……。
ザウナー:ふふふ。先週末も、おばさんと一緒に二人でリビングに座って、マッコリみたいな発酵系のちょっと甘いお酒を飲みながら、家族の話を語り合ったんです。おばさんも私も気がついたら号泣していました(笑)。私の家族には声優として活動していた人や演劇をやっていた人が多かったみたいなんですけど、私が今こういうキャリアを歩んでいることを、おばさんは「うちの家系にはクリエイティブな血が流れてるんだよ!」ってすごく誇りに思ってくれていて。おばさん自身もそういう仕事に携わっていたことがあるから、彼女がかつて苦労した話とか努力した話はすごく共感できる部分が多かった。韓国に移住しようと決めた時に「こんな時間を過ごせたらいいな」って思っていたような、理想の瞬間が今ここにあるなって思えたことが、すごく幸せでした。
ー少し話は変わるんですが、韓国語を学んだことで、ザウナーさんの創作に何か影響はありましたか? 今、新しいエッセイ集を書いていると伺ったんですが。
ザウナー:今、『Hマートで泣きながら』に続く、2冊目の本を書いていて。韓国での経験がテーマになっています。韓国語を学んだことで、自分の性格も大きく変わったと思うんです。語学力が限られているから、みんなが韓国語で会話していると、ものすごく集中して人の話を聞かなきゃいけない。そうすると言いたいことを探してるうちに、「あれ? これ、別に言わなくてもいいかもな」って思うことが増えてくるんですよ。つまり「沈黙に慣れる」ということを私は学んだんだと思います。
韓国に行くまでは、極度に速いペースのアグレッシブな生活を送っていたと思うんです。でも、この1年間の生活を通して、ゆっくりじっくり時間をかけて考えながら暮らすことの大切さを知りました。これからはより忍耐強く、明確な意図と意思をもって創作ができるアーティストになれればいいなと思っています。韓国語を学び続けて、将来的にはアメリカと韓国の両方に拠点を持てたらいいな、なんてことも考えていますね。
人生という「航海」で母親になること
ー今作『For Melancholy Brunettes (& Sad Women)』は、韓国に行く前に出来上がっていたそうですね。
ザウナー:2023年末には、レコーディングを始めていました。同時期に、『Hマートで泣きながら』の映画化にも本格的に取り組んでいたんだけど、全米脚本家協会のストライキの影響でプロジェクトが完全にストップしてしまって……正直、映画業界って自分にとってはあまり居心地のいい場所じゃなくて、すごく苦しい経験をしたんです。だからこそ、音楽をまた作り始めた時に「ああ、私には”これ”ができるんだな」って、心の底からホッとしましたね。
Photo by Pak Bae
ータイトルに込めた想いを教えてもらえますか? 僕は「メランコリーな黒髪の乙女」という単語からは、アジア系のエモガールを最初に想像したんですけど、作品を聴いて「全然違うな……」って思い直しました(笑)。
ザウナー:えー、そうなんですね(笑)?! 私が思い浮かべていたのは、ブロンテ姉妹やメアリー・シェリー、ジェーン・オースティン、エミリー・ディッキンソン、シルヴィア・プラスみたいな眉を顰めながら机に向かって、詩的で陰鬱な物語を描いているような女性たちのことでした。最初の構想としては、不気味なアルバムをつくりたいなって思っていたんだけど難しくて、最終的にはもっとロマンチックで叙情的な作品になっていきました。テーマとしては、ノスタルジアや時間の流れ、あとは欲望や誘惑に身を委ねた時に生じる結果をどう受け止めるか、みたいなことを描こうとしたって感じですね。
ー僕がこの作品を聴いて感じたのは、「喪失の先に続く人生」「芽生え始めた大いなる母性」、そして「不義理な男たちへの不信感と哀れみ」という大きく分けて3つのテーマでした。
ザウナー:わあ、そんなふうに分析してくれて嬉しいです。めちゃくちゃ鋭い指摘だと思います。
ー端的にいうと、この作品ではザウナーさんの今の人生観が描かれているように思ったんです。1曲目の「Here is Someone」には〈Life is sad but here is someone(人生は悲しい、しかしここには誰かがいる)〉、7曲目の「Picture Window」には〈Are you not afraid of every waking minute /That your life could pass you by?(あなたは怖くないの? 瞬間ごとに、あなたの人生は過ぎ去ってしまうというのに)〉という一節がありますね。
ザウナー:……私、怖いんですよね。だって、人生って短いじゃないですか? これまで「死」をたくさんみてきたから、時間の有限性は私にとって、すごくリアルなもので。やりたいことは山ほどある。韓国語や日本語も学びたいし、ギターを完璧に弾けるようになりたい、アルバムも本も沢山つくりたいし、映画も監督したい、母にだってなりたい……全部やりたいのに、あまりにも時間が足りない。そういう焦燥感に常に駆られながら生きているんです。でも、一方で、そうは言っても人が一生の内にできることは限られているということも痛感していて……今の自分にとって、最も重要な関心ごとは、限られた時間をどうやって大切に使うかということなんです。時間は失ったものを癒してもくれるけれど、同時に悲しみや恐怖を深めもする。そういうことを描きたいなと思ったんです。
ーなるほど。今のお話にも繋がる部分があると思うのですが、本作には「水」や「港町」というモチーフやイメージが多く含まれていますよね。例えば、「Orlando」は、ギリシャ神話の海の怪物・セイレーンの伝説を思い起こさせますし、「Honey Water」はまさに「水」がタイトルに冠されていて、「Leda」はギリシャ神話に出てくるゼウスと交わる女王の名前ですが、この曲にも「海」や「波」というワードが散見されます。これは何を意図しているのでしょうか?
ザウナー:そこに気づいてくれたなんて! めちゃくちゃ意識して「水」のイメージを散りばめたんですけど、誰も気づかないだろうなって思いながらつくっていたので……すごく嬉しいです。なんでかはっきりとした理由は自分でもわからないんですけど、今作は「水」のイメージを軸にしてつくりたいなと思ったんです。それで、いつの間にか神話——特にギリシャ神話にインスパイアされた曲が多くなっていきました。このアルバムにはヨーロッパのロマン主義の影響がすごく強く出ていて。私にとってのロマン主義は「港町」「水」「時間の流れとその儚さ」がセットになったものなんですよね。
ー「水」や「海」は、「母性」の象徴でもありますよね?
ザウナー:ああ……そうですね。ここ数年、母になることについてよく考えるようになって、それが曲にも影響しているんだと思うんです。アーティストとして「もし母になることを選んだら、私は何を犠牲にすることになるんだろう?」って、ずっと自問してるんです。今のうちにできる限りのこと、すべてをやりきりたいという焦り。この作品が「時間の流れ」に強くこだわっているのも、それに関係しているのかもしれない。だから、海や波、航海はそのメタファーなのかもしれないです。
母が亡くなった時、「もう二度と、誰からもあんなふうに愛を受けることはないんだ」って気づいたんです。世の中には子どもをうまく愛せない親もいるけれど、私の母は私に対して無条件に圧倒的な愛情を注いでくれた。それは他のどの人間関係でも得ることのできない深い絆でした。決してそれは当たり前のことじゃないから、私は恵まれていたんだと思います。だからこそ、自分が母親になったら子どもに対してどんな感情を抱くんだろうっていうことにすごく興味があるんです。
ブレイク・ミルズ、ジェフ・ブリッジスとの邂逅
ーそういう意味で言うと、5曲目の「Little Girl」は象徴的な一曲だな、と。この曲は会うことのできない娘に対しての想いを抱く、うらぶれた孤独な人間の姿が描かれていますね。これは母性とは少し違う視点なのかな、と。私はこの曲がアルバムの中でも特に好きです。
ザウナー:ああ、鋭いですね。この曲は実はもう娘との関係がなくなってしまった父親の視点から描いているんです。彼はホテルの一室にいて、これまでの人生の選択を悔やみながら振り返っていて。この曲は、アルバムの中でも特にお気に入りなんですけど、一番変わった曲でもあるので「好き」と言ってもらえてすごく嬉しいです。自分でも書いたときは、どう受け止めたらいいのかよくわからなかったんです。
もともとはギターとボーカルだけのシンプルなアレンジの曲で。私はレナード・コーエンの「Famous Blue Raincoat」とか「So Long, Marianne」「Suzanne」みたいな60年代後半から70年代前半ぐらいのフォークっぽい雰囲気にしたかったんです。でも、アルバムをプロデュースしてくれた、ブレイク(・ミルズ)が「80年代ぐらいのコーエンにしようよ」って言い出して……最初は本当にイヤで、めちゃくちゃ揉めました(笑)。私の夫(ピーター・ブラッドリー)も、私のバンドのドラマー(クレイグ・ヘンドリクス)も、アコースティックなバージョンの方が良いと思っていたみたいで「なんでこんなアレンジにしたの?」って言ってました(笑)。納得するまで時間はかかったけれど、今はブレイクがやりたかったことが理解できます。
ー今、ブレイク・ミルズの話になったので伺いたいのですが、今作に彼をプロデューサーとして起用した理由を伺いたいです。
ザウナー:これまでプロデューサーとして関わってくれたのは、プロデュースの経験は少なくても才能豊かな友人たちが多かったんです。そういう人たちと二人でじっくりと作り上げていくのが自分には合っているなと思っていました。でも、このアルバムではもう一歩先に進みたかった。アーティストを新しいクリエイティブな領域へと導く経験豊富な人と、一緒に作業してみたいと思ったんです
前作『Jubilee』は、ストリングスやホーンを取り入れた壮大なサウンドのアルバムで、ボーカルだけに専念する曲が多かったんです。でも、やっぱり、私はシンガーというよりはソングライターで、いわゆる”フロントパーソン”みたいな立ち位置でいるのは自分にはしっくりとこなかったんです。だから、今回はもっとギターを弾きたかった。それで今の時代の最高のギタリストである、ブレイク・ミルズにお願いしようと思ったんです。
彼が手がけたパフューム・ジーニアスやアラバマ・シェイクスの作品がすごく好きだったし、本人のソロ・アルバムも本当に素晴らしいと以前から思っていて。彼の音楽に対するアプローチって、独特で繊細なんです。すごく思慮深い人で、ギタープレイも唯一無二のスタイルを持っている。一音鳴らしただけで「あ、ブレイクだね」ってわかるぐらい(笑)。彼とアルバムを一緒に作り上げたのは特別な体験でした。ただ、さっきも言ったけど、制作中は何度も意見がぶつかり合いました。お互いにアイデアを出すたびに「うーん、違うなあ」って反論し合ってました(笑)。
ーザウナーさんの音楽にある多層的で複雑な音楽的要素を、見事に掬い上げているベストマッチだなとアルバムを聴いて思いました。このアルバムにはもう一人、スペシャルなゲストが参加していますよね。一体どんな経緯でジェフ・ブリッジスとデュエットすることになったんですか?
ザウナー:「Men in Bars」ですね。いや、この曲こそ、ブレイクと一番揉めた曲かもしれないです(笑)。元々デュエット曲にしたいと思ってたんですけど、荒削りな労働者階級の男性っていうキャラクターに合うボーカリストが全然見つからなくて。レコーディングの3日前になっても決まってなかったんですよ(笑)。そしたら、ブレイクが「ジェフ・ブリッジスはどう?」って、彼のセルフタイトル・アルバムの曲を聴かせてくれて。え、『ビッグ・リボウスキ』(1998年公開のコーエン兄弟制作の映画。ジェフ・ブリッジスは主役、ジェフリー・”デュード”・リボウスキ役で出演)? って最初は驚いたんだけど、曲を聴いたら「あぁ、こういう声が欲しかったの!」って感じで。すぐにお願いすることにしました。ジェフはまさにこの曲に相応しい、素晴らしい歌声を披露してくれました。本当に彼には感謝しています。
過ちの物語、「自分とは何か?」を求め続ける理由
ー「Men in Bars」もそうですけど、「Honey Water」や「Leda」では不義理な男へのいわば”恨み節”のようなものが描かれていますよね。お父様のことをモチーフにしているのかなとも思いつつ……まさか、今のパートナーの方との裏話とかではないですよね……?
ザウナー:はははは(笑)。ちゃんと、説明しておかなきゃ。このアルバムは私自身の恋愛やパートナーシップの現状を歌ったものではないんです。うちの夫は、全然悪い男じゃないです(笑)! このアルバムで描かれている物語は、いわば道徳的な寓話のようなものなんです。「既婚者なのに別の恋人を追いかける男」「パートナーを尊重せず、最終的にすべてを失う男」——「男たちが過ちを犯し、その結果、罰を受ける」というモチーフやテーマはギリシャ神話の時代から数多く描かれてきていて。それを私なりにロマン主義的な視点から描いてみたかったんですね。
それに、統計的にみても、世界の暴力のほとんどは男性によって引き起こされているじゃないですか。連続殺人犯も、レイプ犯も、家族を捨てるのも——ほとんどが男性なんですよね。だから、個人的なテーマをリアリティに根ざして描くというよりは、むしろ普段身の回りにある様々な”問題”の根っこを描いているように思います。
ーかと思えば、「Mega Circuit」という曲では、「インセル」と呼ばれる、いわば弱者男性についても描いていて。この曲からは彼らを糾弾するだけでなく、憐れむようなナラティブも読み取れました。
ザウナー:インセル・カルチャー界隈で「カノン」と呼ばれているような本をたくさん読んでこの曲を書いたんです。デヴィッド・フォスター・ウォレスの作品とか、そういう本を読んでいるうちに誘惑に負けて過ちを犯し、その報いを受ける男たちへの「警告の物語」を、このアルバムでは描いたつもりです。あとは、身近にいる特定の男性たちが犯した大きな過ちについても考えを巡らせていました。その視点から書いた曲もあるんですが、あくまでもフィクションとして幻想的なストーリーに仕立て上げたつもりです。
そして翻って、自分自身についても書こうと思ったんです。特に「芸術に完全に飲み込まれることの誘惑」について。私は自分のキャリアや成功だけに囚われてしまうような、自己中心的なアーティストにはなりたくないんです。「自分の作品」「自分の名声」「自分の存在」――すべてが自分自身を中心に回っていると思い込んでいるような人間にはなりたくない。それがどれほど危険なことか私は気づいてしまったから……もう後戻りはできないんです。
ー最後に、ザウナーさんは音楽やエッセイを通して「自分とは何か?」を探し求めているように思います。人はなぜ、究極の問いの答えを常に求め続けるのでしょうか?
ザウナー:それが……私たちが生きていく上での軸だからだと思います。私たちは自分にとって特別なものを定義することで、自らのアイデンティティを形作ります。特別な人、特別な場所、特別な考え方……心惹かれるものと、そうでないものがあるのは一体なぜなのか。自分自身が一体何者で、なぜこんな考え方をするようになって、この先、今の自分を変えることはできるのか……私たちは芸術を創ること・鑑賞することを通して、こうした「自分とは何か?」を定義するための永遠の問いを自らに投げかけ続けるんだと思います。それは、すなわち生きることそのものだと私は思います。
ジャパニーズ・ブレックファスト
『For Melancholy Brunettes (& Sad Women)』
発売中
日本盤ボーナストラック収録
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JAPANESE BREAKFAST
The Melancholy Tour JAPAN 2025
2025年6月11日(水)東京・新宿 Zepp Shinjuku
2025年6月13日(金)大阪・梅田 CLUB QUATTRO