海上自衛隊は採用広報イベント「海のいきもの49 カイジョウジエイタイ展」を2025年3月8日から9日、六本木ヒルズ・大屋根プラザで開催した。イベントでは、独自のゆるキャラや勤務内容のキャラクターカード化など若年層をターゲットにした今までにない試みが多く披露され関係者に新しく変化した海上自衛隊を印象付けた。会場では来場者を調査員として「海のいきもの」にまつわる課題を解決することで遊びながら海上自衛隊について知ることができる演出やオリジナルグッズがもらえるガチャ、現役自衛官によるトークショーなど業務認知度向上のための様々な取組みが行われた。堅いイメージの刷新に力を入れる海上自衛隊の新しい採用広報活動とその狙いについてレポートする。
SNSで拡散を狙ったキャラクターで楽しみながら海上自衛隊の業務内容がわかる「海のいきもの49 カイジョウジエイタイ展」
「海のいきもの49 カイジョウジエイタイ展」は、海上自衛隊への認知度向上とそれに伴う新規の人材獲得を狙い多くの家族連れが訪れる土日の六本木ヒルズ大屋根プラザで開催された。会場では来場者に「海のいきもの探査表」を配布し、海の生物と海上自衛隊の業務を組み合わせた独自キャラクター「海のいきもの」の調査員となって会場の展示物を閲覧し探査課題をクリアしていくシステムを導入、遊びながら海上自衛隊の業務内容を理解していくことが可能となっている。イベントの広報には若者を意識し、積極的にX、InstagramなどのSNSを活用。イベント来場者やSNSへのコメント投稿者に1日100着「カイジョウジエイタイTシャツ」をプレゼントし、SNSでの情報拡散を狙った。
「海のいきもの探査票」を無事正解することができた来場者には報酬として「鯛くんガチャ」を1回まわす権利が与えられ、オリジナルグッズである49種類の「海のいきもの」のアクリルキーホルダーを入手できる。
今回の目玉企画の一つである「海のいきもの」は海上自衛隊の勤務内容をキャラクター化したもので49種類用意されており、「カイジカード」として会場の外周を覆うように展示されていた。「海のいきもの」は、魚類と自衛官を組み合わせたシュールなデザインが特長で業務内容がそのまま名称となっている。具体的に見ていくとNo.08の「センムヨウイン」は新任の艦隊乗務員とクマノミを組み合わせたデザイン、No.15「ディーゼルイン」は艦艇のディーゼルエンジンの整備士でディーゼルエンジンとカニが組み合わさったデザインとなっている。「海のいきもの」と「カイジカード」は現在XやInstagramでその内容が公開されている。
そして会場でもっと目立っていたのがゆるキャラ「カイジョウジエイ鯛」こと「鯛くん」だ。今回のイベントでは、アンバサダーとして中心的な役割を担った。任務中に海で迷子になっていた所を自衛官が保護し、その恩を返すためアンバサダーを志願したという設定となっている。会場では海上幕僚長による公式の認定式を開催するなど演出にも力を入れている。
会期中には海上自衛官の航空パイロットや艦艇、潜水艦のパパママ自衛官などを招いて行われるトークショー「鯛トーク」などにも登場して会場を盛り上げた。それ以外でも会場では、護衛艦「いずも」や「あたご」、対潜哨戒機「P-1」や掃海・輸送ヘリコプター「MCH-101」の模型の展示や、海上自衛隊の制服の試着と撮影などが体験できるコーナーも用意、現役の自衛官が案内役を務め展示品の説明を行い、同隊の勤務内容の説明を行った。
今までのやり方では通用しない中で、とにかく認知度向上のため新たな取り組みに着手
今回のイベントでは、ゆるキャラ「カイジョウジエイ鯛」やカードゲームなどを意識し勤務内容をキャラクター化した「海のいきもの」を採用するなど、今までにない試みが多く実施された。これらの狙いについて、今回のイベントの責任者である防衛省 海上幕僚監部 人事教育部 人事計画課 募集推進室 2等海佐 加藤淳子さんより直接話を伺うことができた。
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防衛省 海上幕僚監部 人事教育部 人事計画課 募集推進室 2等海佐 加藤淳子さん。「海上自衛隊という職場は、賃金などの待遇もよく、しっかりとした教育プログラムもある。何よりも人々から多くの感謝の声をいただける職場。とにかくまずは、海上自衛隊の仕事を知ってほしい」と魅力的な職場であることをアピール。
加藤さんが人事教育部 人事計画課の仕事をする中で、常に気になっていたのが、自身が持つ海上自衛隊の認識と世間一般の人々が持つ組織に対する認識の大きなズレだ。同氏は「一般人は、海上自衛隊員は全員365日、24時間船に乗っており家に帰れず、常に海外に行っており、毎日筋トレをさせられている」といった誤ったイメージを抱いていると苦笑する。「実際は3分の1が乗艦する自衛官で、それ以外は航空関連の仕事をする自衛官、陸上勤務する自衛官となっており、乗員もまた港に入港している間は陸地から船に通勤している」と語り、現状との齟齬を埋めるには、とにかく現場の仕事を正しく知ってもらうことが重要なのだと強調する。
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カイジョウジエイ鯛(X公式サイトより)
今回の様々なアイデアもこれらのズレを修正し、海上自衛隊の認知度を高めたいという苦心の結果だと語る。同氏は、現在の部署に着任してからカッコのよいクールな動画や有名声優を活用した動画など50本近く作成してきたが、どれも部内からの認知度も低く反響もほとんどなかったという。今回、今までのカッコイイ海自をやめ、「カイジョウジエイ鯛」と「カイジカード」といった"ゆるい"演出を採用、隊内では一転賛否両論で大いに盛り上がり、今までにない手応えを感じたという。
隊内で多くの議論を呼び起こしたが、これくらいの反響がなければ外部の一般人には響かない
今回のゆるキャラの採用や職場のカード化など、公務員であり堅い職場のイメージのある同省内での採用は、相当な困難があったのではないだろうか。その点について加藤さんは、実際には海上幕僚長が同プロジェクトをいち早く承認したことで採用は比較的スムーズに行われたと語る。もちろん反対意見も多く出たがトップの承認は大きく逆風の中でも自信をもってプロジェクトを推進することができたという。
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49種類用意されている「カイジカード」(X公式サイトより)
隊内では、多くの議論を呼び起こすことになったが、同氏によれば、「これくらいの反響がなければ、外部の一般人には響かない」と語る。「様々な異論反論は、寧ろプロジェクトがうまく進んでいる証拠」と自信をのぞかせた。一般の人々の反響については、従来の海上自衛隊のファンからは違和感を持たれているようで、情報を出すたびにフォロワー数が増減を繰り返す一方で、低年齢層や女性のフォロワー数が着実に増加しているという。特に上記の支持層の変化については、当初からの目的の一つで計画通り進んでいることを語った。
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Xでの海上自衛隊採用広報担当公式Webサイト
今回のプロジェクトでは、その情報発信にSNSが多く活用された。採用広報でのSNS活用については、ほとんど手探り状態でのスタートで、加藤さんはモーリンというキャラクターで当初よりSNS上で多くの情報を発信してきた。それらの経験を活かしSNSでは等身大の情報を多く発信し、海上自衛隊をより身近に感じてもらうことに注意を払っているという。具体例として海上自衛官が長い航海や艦上生活でも曜日感覚を忘れないように金曜日にカレーを食べる習慣について「海上自衛官はすべてカレー好きだと思われているが、実はそうではない。私は金曜日には唐揚げを食べている」とコメントした事例を紹介してくれた。「そういう身近な情報を毎日発信していくことで、より親近感を感じてもらえれば」と派手さだけでなく、地味ながらも着実な手をしっかり打っていくことの重要性も語っている。
少子高齢化を迎える日本では、あらゆる業種・職種で人手不足が深刻化しており新規採用募集で苦心しているのは何も海上自衛隊だけではない。そんな中で従来の古い衣を捨て新しいスタイルで採用広報を展開する海上自衛隊と取組みについては、今後も注目していきたい。