山形新幹線「つばさ」などで運用中のE3系は、2026年春までに全車引退する予定だった。ところが、意外な形で延命されることになった。報道によると、JR東日本はE3系1編成の座席をすべて取り払い、「荷物専用新幹線」に改造して、おもに東北新幹線の東京~盛岡間で走らせる方針とのこと。背景には、荷物輸送サービス「はこビュン」の好調がある。

  • 山形新幹線などで活躍したE3系。1編成が「荷物専用新幹線」として延命されることになった

E3系は秋田新幹線の初代「こまち」車両として開発され、1997年から2014年まで活躍した。1999年に山形新幹線の2代目「つばさ」車両として1000番代が登場し、2007年に最高速度を引き上げた2000番代が登場して、初代「つばさ」車両400系を置き換えた。「こまち」用のE3系は2014年までにすべてE6系へ置き換えられたが、一部車両は山形新幹線へ移籍し、1000番代に変更された。

「こまち」用に製造された編成のうち、1編成は2014年に新幹線初の観光車両「とれいゆ」となり、山形新幹線の在来線区間(福島~新庄間)で「とれいゆ つばさ」の名で運行された。足湯を備えた列車として人気があったものの、2022年に車両の老朽化を理由として引退した。さらに1編成が2016年に2本目の観光車両「現美新幹線」となった。各車両に現代美術を展示する美術館列車で、上越新幹線の越後湯沢~新潟間で運行し、2020年に引退した。

「荷物専用新幹線」は、E3系における3例目の改造編成といえる。山形新幹線では、2024年から3代目「つばさ」車両としてE8系が登場しており、2026年までにE3系の全編成が「つばさ」から引退する予定だった。「こまち」用のE3系が秋田新幹線から引退しても東北新幹線「やまびこ」「なすの」で運用されたように、「つばさ」用のE3系も東北新幹線で運用されるかもしれない。しかし、「荷物専用新幹線」として改造されるからには、もう少し長く走ることになりそうだ。

朝日新聞電子版2月22日付「荷物専用新幹線 今秋つばさでデビュー 開業以来初」によると、荷物専用のE3系は座席をすべて撤去するほか、荷崩れを防ぐ装置の取付けも検討しているという。車両の塗装変更や愛称などには言及していなかった。E3系は秋田新幹線、山形新幹線、東北新幹線で営業運転を行い、上越新幹線も「現美新幹線」で実績がある。運行区間を東京~盛岡と想定しているが、秋田駅から盛岡駅まで走行し、盛岡駅で「やまびこ」に併結することも可能かもしれない。東北新幹線の各駅や山形新幹線からの転載も可能となれば、1編成分の荷物容量は満たせそうに思える。

現在、JR東日本は「はこビュン」のブランド名で荷物輸送サービスを実施しており、東北新幹線、北海道新幹線、上越新幹線、北陸新幹線、山形新幹線、秋田新幹線で取り扱っている。荷物は台車で運ばれ、デッキ付近の業務用スペースや座席間に収納する。座席を取り払った車両であれば、もう少し大きな台車を使えるため、荷役時間を短縮できると思われる。E3系の11号車は車いすに対応しており、ドアの幅が850mmもある。これならJIS規格(JIS Z 0610)のロールボックスパレット(幅1,100mm×奥行800mm×高さ1,700mm)を搭載できるかもしれない。

前掲の朝日新聞と、日本経済新聞電子版2月22日付「JR東日本、年内にも荷物専用車両 全新幹線に拡充へ」によると、新たに専用車両を開発する計画もあるという。乗降用ドアを大きくし、積み降ろし作業を効率化する。デッキと客室の仕切りも不要。そうなると、宅配便業者がトラック輸送で使っているロールボックスパレット(幅1,040mm×奥行1,040mm×高さ1,700mm)の搭載も可能になる。

北陸新幹線に急勾配や電力周波数の異なる区間があるため、E3系を改造した車両の走行は難しいと思われる。しかし、新規に開発した車両であれば、走行装置の強化や異なる電力周波数対応も可能になる。つまり、JR東日本の新幹線すべてを走行できる。日本初の荷物新幹線専用車両の開発に向けて、E3系改造車両で実証実験を実施するともいえそうだ。さらに、3月4日に発表された次期東北新幹線車両「E10系」の5号車に、荷物専用の扉を設置する。対応するロールボックスパレットのサイズが気になるところである。

「はこビュン」の好調が「荷物専用新幹線」のきっかけに

「荷物専用新幹線」について、JR東日本からの発表は3月4日だったが、その前に朝日新聞と日本経済新聞が報じていた。これはなんらかの形で談話を取れたということだろう。探してみると、新幹線を利用した貨物輸送サービス「NXスーパーエクスプレスカーゴ」を開始するという発表があった。日本通運(NIPPON EXPRESSホールディングスのグループ会社)がジェイアール東日本物流(JR東日本のグループ会社)と連携し、新幹線荷物輸送サービス「はこビュン」(法人向け)と「はこビュンQuick」(個人向け)を経由して、荷主から引き受けた物品を当日中に配送するという。

「はこビュン」と「はこビュンQuick」(以下、「はこビュン」に統一)は、JR東日本とジェイアール東日本物流が運営する新幹線荷物輸送サービス。新幹線の取扱い駅まで荷物を搬入すると、新幹線の列車に搭載し、到着駅の窓口で受け取れる。新幹線のエキナカ店舗に配達することも可能で、駅周辺であればジェイアール東日本物流のトラックで配達も可能だという。ここに日本通運が加わり、集荷と配送を担うことで、利用者は駅に行かなくても新幹線輸送を利用できる。

物流会社と連携し、好評であれば荷物は増えていくだろう。そうなると、いままでのように「デッキの業務用スペース」や「1両を荷物専用にする」程度の輸送量では間に合わなくなる。旅客列車の停車時間、折返し時間では荷役する時間を確保できない。これを解決するためのひとつのアイデアが「荷物専用新幹線車両」といえる。「NXスーパーエクスプレスカーゴ」は2月26日からサービスを開始しており、好調に推移すれば、新たな荷物新幹線の開発と製造が間に合わない。そこで廃車予定のE3系のうち1編成を残し、座席撤去など簡易な改造で間に合わせる。「NXスーパーエクスプレスカーゴ」の発表の中で、JR東日本側からその方針が示されたと推察する。

「はこビュン」はJR東日本の新幹線を対象に、2021年10月1日からスタート。前日まで提供していた「新幹線レールゴー・サービス」を継承し、取扱い列車を増やした。サービス開始時は東北新幹線の東京~仙台間、上越新幹線の東京~新潟間のみ、1個あたりの最大サイズ52cm×38cm×57cmまで、最大重量は30kgまでだった。現在は北海道新幹線、秋田新幹線、山形新幹線、秋田新幹線にも拡大。荷物サイズは基本的に「3辺の和が120cm以内、最大重量が20kg以下」となっている。

一般には知られていないことだが、新幹線の荷物輸送は長い歴史がある。「新幹線レールゴー・サービス」は国鉄時代の1981年8月に東海道新幹線の東京~新大阪(大阪)間で開始され、同年11月から山陽新幹線に延長された。1986年には、集配サービス付きの「ひかり直行便」も始まった。国鉄時代末期における収益強化策のひとつといえる。

当時、東京・大阪間の荷物輸送は、航空混載便(宅配便)、航空速達小包、ビジネス郵便ともに差出日の翌日到着だった。一方、レールゴー・サービスは13時までの差出で当日到着、19時までの差出で翌朝到着となり、圧倒的なスピードだった。当初は1カ月平均で1,000個台だった取扱いも、2年後には平均で3,000個を超えた。台風等で航空便が欠航したときは1日で200個を超えたという。

ビジネス書類から生鮮食品まで輸送品目が拡大

「レールゴー・サービス」の輸送品目は、ビジネス関係書類、フロッピーディスク、小さな機械部品、繊維生地の見本などが多く、どれもスピードと正確さが必要なものばかりだったという。ただし、最も多かったビジネス関係書類とフロッピーディスクは、通信技術の発達でデータの送受信に代わっていく。輸送方法はジュラルミン製トランクに限られたため、危険品はもちろんのこと、動物や易損品などトランク輸送になじまない品目は除外された。輸送品目が限られる中で、レールゴー・サービスは2021年に終了する。東海道新幹線の「ひかり直行便」もジェイアール東日本物流が運営していたため、同日にサービスを終了した。

ただし、JR各社とも新幹線荷物輸送をあきらめたわけではなかった。JR東海とジェイアール東海物流は2020年から新たな荷物輸送サービスに向けた実証実験を重ね、2024年4月から正式に「マッハ便」を開始した。これで、先行しているJR東日本・JR北海道の「はこビュン」、JR西日本の「FRECH WEST」、JR九州の「はやっ便」が連携し、広範囲な新幹線荷物輸送ネットワークが完成した。

「はこビュン」をはじめとする各社の荷物輸送サービスは、「ジュラルミントランク」の制約を取り外し、段ボール箱や発泡スチロール箱の搭載を認めた。その結果、生鮮食品を製造元の出荷状態のまま搭載可能になった。JR東日本は東北・上越・信州・北陸各地のスイーツや果物などを「はこビュン」で輸送し、首都圏のイベントで販売した。逆方向で、東京の有名店のスイーツを東北・上越・信州・北陸各地のイベントで販売した。

新幹線輸送はトラックや航空便と比べて揺れが少なく、空調が整い、荷崩れが少ないことも功を奏した。航空便がない中距離からの高速輸送にも道を開いた。「はこビュン」の定期利用も始まっている。東京駅グランスタの鮮魚店で毎週火・金曜日に新幹線や特急列車で輸送した魚介類を販売。エキナカの「駅弁屋 祭」も、「はこビュン」を使用した駅弁を増やした。筆者も同店舗で函館駅の駅弁を見つけて驚いた。製造日と消費期限が同じ日だった。

  • 「はこビュン」で輸送された駅弁

  • 函館や青森の駅弁が、筆者の住む横浜市で食卓に上がる

「はこビュン」は2023年6月、「多量輸送トライアル」と称し、臨時列車「はやぶさ72号」の6~8号車の客室に鮮魚、惣菜、スイーツ、生花、弁当、雑貨、電子部品を搭載した。青森駅の車両基地と盛岡駅で搭載し、大宮駅ホームで降ろし、屋上駐車上でトラックに積み替えた。このときに客室輸送専用台車を開発。AGV(無人搬送車)の試用も実施した。

「多量輸送トライアル」は同年8月に上越新幹線、9月に北陸新幹線でも実施。2024年3月には、上越新幹線と東海道新幹線が連携し、新潟~名古屋間で行われている。各回の輸送量は約600~900個だった。このトレーニングも、「荷物専用新幹線」に向けた課題の整理に役立ったはずだ。

「はこビュン」が登場した背景にもうひとつ、「コロナ禍の乗車率低下」がある。「人が乗らないならモノを運ぼう」という発想である。ところが、コロナ禍が過ぎると乗車率が戻ってきた。訪日観光客も増えている。そうなると、もう客室に荷物を載せられない。一方で物流会社と提携し、荷主の関心も高まっている。そんな事情も「荷物専用新幹線」の待望論につながっているといえそうだ。