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毎年、多数の選手が新たな契約を結び、年俸の高騰が話題を呼ぶMLB。日本人選手に目を向けると、2024年オフには菅野智之投手、佐々木朗希投手、小笠原慎之介投手らが新たに海を渡った。
ここからは、歴代日本人メジャーリーガーの最高年俸ランキングを紹介していく。時代によって1ドルの価値が変化する様や、日米の年俸格差、そして成功した選手の存在が後続の選手らの契約に与える影響を感じることができるかもしれない。(※年俸は『BASEBALL REFERENCE』と『Spotrac』を参照。1ドル150円で統一した。)
第20位 川上憲伸
最高年俸:833万3666ドル(約12億5000万円)
対象年度:2009年(アトランタ・ブレーブス所属)
2008年オフにアトランタ・ブレーブスと3年総額2300万ドルで契約した川上憲伸。
1年目の09年は主に先発として32試合(156回1/3)に登板。7勝12敗と負け越したが、防御率3.86とまずまずの投球を見せた。
しかし、10年は18試合の登板にとどまり、1勝10敗、防御率5.15と大きく低迷。オフにはロースター40人枠から外れ、マイナー降格を強いられた。
巻き返しを図りたい翌11年だったが、メジャー昇格は果たせず、同年限りでフリーエージェント(FA)となった。
第18位タイ 上原浩治
最高年俸:900万ドル(約13億5000万円)
対象年度:2011〜16年(ボストン・レッドソックス所属)
2008年オフにボルティモア・オリオールズと2年契約を結んだ上原浩治。1年目の09年は開幕ローテーション入りを果たすも、度重なるけがの影響を受けて12先発で2勝に終わった。
10年からはリリーフに転向。適性を発揮して大事な場面での登板を重ねた。
11年シーズン途中にはテキサス・レンジャーズにトレード移籍し、12年オフにはボストン・レッドソックスと契約。13年にはクローザーを担い、チームのワールドチャンピオンに大きく貢献した。
クローザーとしての高い貢献度が評価され、14年オフには2年総額1800万ドルでレッドソックスと再契約。17年はシカゴ・カブスでプレーした。
第18位タイ 野茂英雄
最高年俸:900万ドル(約13億5000万円)
対象年度:2004年(ロサンゼルス・ドジャース所属)
1994年オフにロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ野茂英雄は、すぐさまメジャー契約を勝ち取り、先発として13勝、236奪三振、防御率2.54をマーク。最多奪三振と新人王を受賞する活躍でメジャーに旋風を巻き起こした。
1998年途中にニューヨーク・メッツへトレード移籍となると、以降はミルウォーキー・ブリュワーズ、デトロイト・タイガース、ボストン・レッドソックスに所属。
レッドソックス時代の2001年には13勝、220奪三振をマークし、2度目の最多奪三振を受賞した。
同年オフに2年契約でドジャースへ復帰し、04年も900万ドルで残留。05年はタンパベイ・レイズ、紆余曲折を経て08年にはカンザスシティ・ロイヤルズで3年ぶりのメジャー登板を果たした。
第17位 松坂大輔
最高年俸:1033万3333ドル(約15億4990万円)
対象年度:2011年(ボストン・レッドソックス所属)
2006年オフにボストン・レッドソックスと6年総額5200万ドルで契約した松坂大輔。1年目の07年は15勝を挙げてチームの世界一に大きく貢献し、翌08年は18勝を挙げるなど強い存在感を放った。
しかし、09年はけがの影響で12先発にとどまると、以降も懸念されていた制球難が響き、不安定な投球が続いた。11年はわずか1勝、同年限りでフリーエージェント(FA)となった。
オフにはクリーブランド・インディアンス(現ガーディアンズ)とマイナー契約も、シーズン途中で自ら契約解除を申し出て自由契約に。
直後にニューヨーク・メッツとメジャー契約を結び、14年は主にリリーフとして34試合に登板したが、先発に強いこだわりを見せたこともあり、同年オフに再びFAとなった。
第16位 前田健太
最高年俸:1202万5000ドル(約18億370万円)
対象年度:2016年(ロサンゼルス・ドジャース所属)
2015年オフにロサンゼルス・ドジャースと8年契約を結んだ前田健太。
基本給は1年300万ドルで、契約ボーナスを加えて8年総額2500万ドル、先発登板数、イニング数などの出来高条件を全て達成で1500万ドル増、トレード成立の際には100万ドル増など多額のオプションが付いた特殊な契約内容で合意した。
1年目の2016年から開幕ローテーション入りを果たすと、初登板試合では初本塁打を放つなど投打に渡る活躍で初勝利。以降も安定した投球を続け、32先発(175回2/3)を投じて16勝をマークし、同年の年俸は1202万5000ドルとなった。
翌2017年以降も活躍を続けたが、チーム事情と適性を加味してシーズン終盤からはリリーフへ。起用法に応える投球を続けた一方で、出来高条件の達成は困難なものとなった。
2019年オフには、先発投手の補強を図ったミネソタ・ツインズへトレード移籍。60試合制となった20年に6勝、防御率2.70、メジャートップのWHIP0.75をマークし、サイ・ヤング賞投票でも2位に入るなどさらなる飛躍を遂げた。
しかし開幕投手を務めた2021年は、故障の影響もあって精彩を欠き、9月に右肘靱帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)を受けシーズンを終了。
2024年からはデトロイト・タイガースへ移籍したが、29試合の登板で防御率6.09と低迷。2025年は勝負のシーズンとなるだろう。
【了】