はしがき
私の戦い方、第12回は若手のトップランナー藤本渚五段に登場していただいた。これまで30代の棋士を中心に話を聞いてきたが、19歳の俊英はいま何を思うのか?
タイトル戦について、雁木について、自分の強さと弱さについて、飾らない言葉でたっぷりと語ってくれた。
【インタビュー日時】2024年11月29日
【写真】田名後健吾
【記】島田修二
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの
藤井竜王・名人との距離
―本日はよろしくお願いいたします。
「よろしくお願いします」
―まず、現在行われている竜王戦についてうかがいます。ここまで3勝2敗で藤井聡太竜王が佐々木勇気八段を相手にリードしています。
「特徴的なシリーズで、ここまで全局先手番が勝っています。次の第6局で先手の佐々木先生が勝って、第7局の振り駒で佐々木先生が先手番になったら奪取の可能性もありそうですが、どうなるかはわかりません」
―ここまで佐々木八段が作戦を用意してきて、特に先手番でそれがうまくいっているように見えます。
「僕は角換わりが全然できないので、作戦が優秀かどうかわからないんですけど、藤井先生がああいうふうにすぐ倒されるというレベルの作戦なので、すばらしいんだろうなと思います。とはいえ、佐々木先生が工夫しても後手番だと跳ね返されるというところには藤井先生の強さを感じます」
―藤本五段ご自身は先後の差を感じますか?
「体感としてはあまり感じてないんですが、数字には表れています。僕の場合、先手と後手で勝率が2割ぐらい違うので」
―そんなに変わるものですか。先手のほうが勝率が高い理由をご自分ではどう考えていますか?
「先手は自分がやりたい形に持っていきやすいということはあります。僕は研究派ではないので、後手になって相手の研究に引きずり込まれて負けるパターンが多いのかなと思っています。先手番だと相手の研究が避けやすいんですが」
―なるほど。タイトル戦について、少し前になりますが、叡王戦で伊藤匠叡王が藤井竜王・名人からタイトルを奪取したのは大きな出来事だったかと思います。あのシリーズはどう見ていましたか?
「伊藤先生がそれまで藤井先生に負け続けていたので、叡王戦で伊藤先生が勝つというのは正直、あまり想像できていませんでした。特に第5局は途中で伊藤先生が形勢も苦しく、時間も離されていました。普通ならそのまま持っていかれそうなところで逆転されたのはすごかったです」
―自分が挑戦するまで藤井竜王・名人に勝っていてほしかったというような気持ちはありましたか?
「自分が藤井先生に勝つ未来が見えなさすぎるので、そんな気持ちは湧いてこなかったですね。伊藤先生がすごいという気持ちだけでした」
―伊藤叡王の将棋の印象は?
「自分と比べると中盤の精度が非常に高いです。どういう方針で何を目標に指していけばいいのかわからない局面でサクサク指されているので」
―叡王のタイトルは奪われたものの現在の将棋界は「藤井1強」といって間違いないと思います。改めて藤井竜王・名人の強さについてどう思われますか?
「よく終盤力といわれますけど、序盤、中盤、終盤どこをとっても自分より強すぎます。序盤の知識の差は歴然ですし、中盤のバランス感覚も圧倒的に優れています。終盤で詰みを見つける速さ、勝ちに持っていく速さ、何もかも自分より上回っています」
―もし藤井竜王・名人と番勝負で戦うとしたら、どう戦いますか?
「可能な限り自分が指しやすくて藤井先生が知らないような形に持っていきたいです。勝つとしたら、中盤でリードを奪うしかないと思います。終盤での逆転はほぼ考えられないと思うので」
―アベマトーナメントで初対戦されたときに「いまは勝てないなという感じ」とおっしゃったのが印象的でした。
「当時は自分も棋士になりたてで知らない変化が多すぎたので全く歯が立たない感じでした。いまはそれよりもマシになっているはずだと思いたいです」