
2025年2月21~23日、インドはニューデリーのグルガオンのアンビエンス・ゴルフ・グリーンズにおいて第11回目を迎える21ガンサルート・コンコースデレガンスが開催された当イベントは世界的に有名なカーコレクターである、マダン・モハーンが主催するもので、間違いなくインド、いやアジアにおける最大規模のクラシックカー・コンコースデレガンスである。
【画像】マハラジャたちが富を競い、贅を尽くした豪華絢爛なインドのクラシックカーの世界(写真67点)
インドにおけるクラシックカー文化
世界自動車販売台数第3位を誇るインドではあるが、クラシックカーを愛でる文化があるのかと疑問に思われる方もいるのではないかと思う。しかし、この答えは大いにYesなのである。英国を領主国としたインドにおいては、かつて莫大な資産を保有した”マハラジャ”が存在し、彼らは本国のラグジュアリーな文化を堪能した。ロールス・ロイス、ベントレーなどにとってマハラジャたちは大の上得意客であり、マハラジャたちは富を競って、豪華絢爛な特別仕様のボディをコーチビルダーへと発注した。ファミリーの紋章をアレンジしたオーナメントや、はたまた蛇をモチーフにしたエキゾチックなボディなどを纏った多くの”マハラジャ・カー”がインドには存在したのだ。前述のモハーン主導の元、由緒あるペブルビーチ・コンコースデレガンスや、コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステにおいてマハラジャ・カーのカテゴリーが設けられたほどなのだ。
ところが第二次世界大戦後、インドは自動車産業に関して完全な鎖国を行い、保護政策をとったため、新車、中古車を問わず、輸入においては禁止税的な高額課税が適用された。その課税対象はスペアパーツにまで及んだため、戦前のマハラジャ・カー全盛期以降、ラグジュアリーカーの輸入は途絶え、インドにおけるクラシックカー文化は衰退した。
その停滞を破ったのは1981年に日本のスズキとインド政府による合弁会社マルチスズキの設立に始まった開放政策である。驚異的スピードで自動車産業が興隆し、それまで打ち捨てられていた”納屋モノ”マハラジャ・カーにも注目が集まった。ファミリーが長く保有していたロールス・ロイスやベントレー、フォードなどをレストアするという機運が高まってきたのだ。
相変わらずスペアパーツ輸入にも高い関税が掛けられたため、私たちの基準からすれば、とても再利用は考えらないような朽ち果てたパーツですら、それを復元しようした。そのため、レストレーションのノウハウも次第に蓄積されていった。筆者がこのコンコース・デレガンスへ初めて審査員として参加したのは今から10年ほど前であったが、現在に至るまでに格段の進歩が見られる。モハーン達の努力によってクラシックカーの世界基準をインドのエンスージアスト達が理解し始めたことも一因であるし、人件費が比較的安いこともあり、多くの人々がクラシックカーのレストレーション・ビジネスに取り組んでいるのが現状なのだ。
広大なゴルフコースに100台が並ぶ
今回の21ガンサルート・コンコースデレガンスは時代とヨーロッパ&北米の区分により11カテゴリーにクラス分けが行われ、100台ほどの参加車両がフィールドに並んだ。それに加えて50台ほどのクラシックバイクが並ぶという壮大なスケールだ。ゴルフコースの端からは端まで贅沢にレイアウトするから、歩いてひと廻りするのも一仕事。そんな横着者のためにはゴルフカートによる構内移動サービスも行われている。
コンコースのカテゴリーの中で今回のスペシャルのひとつはロールス・ロイス120周年だ。豪華絢爛なマハラジャ・カーが並び、中にはコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステやペブルビーチ・コンコースデレガンスへのノミネート車両も並ぶ。
そしてもうひとつはMG100周年だ。この100周年というのはインドにおけるMG上陸を起点としたヒストリーであり、インドにおいては非常に高いブランド認知を持つ。近年の新生MGにおいてはインド資本も入っており、SUVなどを含む量産ブランドとして近年インドにおける存在感は高い。
そしてもうひとつ、注目すべきは「インディアン・ヘリテージ」カテゴリーである。ここには保護貿易時代にノックダウン生産された、ヒンドゥスタン・アンバサダーやプレミア・パドミニといったなじみ深いモデルが並んだ。そう、これらはかつてタクシーとしてインドのいたるところで見られたモデルで、アンバサダーはモーリス・オックスフォード シリーズⅢをベースとしたもので、プレミア・パドミニはフィアット1100Dをベースとしたものだ。アンバサダーに至っては1958~2014年まで半世紀以上も生産された”生きた化石”のようなモデルだが、実は後半にいすゞ製ガソリンエンジンが搭載され、「アンバサダー1800ISZ」と誇らしげなエンブレムがつけられていたことを知る人は少ない。
”ツアーデレガンス”からイベントがスタート
イベントは金曜日の早朝、ニューデリー中心部のインド門に参加車両が集結することでスタートした。そこからコンコースのゴルフコースまで”ツアーデレガンス”が開催されるのだが、実際はエレガンスとは程遠い環境に参加車両は追い込まれていた。通常なら30分ほどでハイウェイを経由してたどり着くのだが、事故渋滞により炎天下に2時間以上閉じ込められることになったのだ!そのうち何台かは不幸なことにキャリアカーのお世話となったが、多くはこの難所を無事通過することができた。
審査員は好みの一台の助手席に乗ることができるのだが、筆者が迷うことなく選んだのはフィアットクラブ・コルカタ・メンバーの所有するフィアット1100D、おっと、パドミニであった。インドに到着すると街中におけるクラクションの嵐という洗礼を受けるが、近年それも穏やかになっていると感じる。そもそも彼らにとってクラクションを鳴らすのは、”自分の車に注意してね”という注意喚起のためであり、ケンカを売っているワケではないのだ。筆者の選んだパドミニは無事、目的地にたどり着いたことを付け加えておこう。
フィールドに到着し、おなじみの審査員長クリス・クラマーのもと、30名を超える審査員たちが一堂に会す。長年の友人も多く、これからの楽しい数日に胸が躍った。筆者たち3人のグループが担当するのは”戦後ヨーロッパ・スポーツカー”カテゴリーであり、クラスウィナーに選んだのは1951年オースティン・アトランティックA90。オリジナリティが高く、また車両の正当性を証明する書類取得にも力が入り、オーナーの情熱が感じられるものであった。
最終日はコンコースの締めとなる授賞セレモニーだ。こちらもありきたりのセレモニーを考えてもらっては困る。スーパーモデル、インド伝統舞踊隊、歩兵連隊、そして正当な軍用儀式コスチュームを纏った馬たちまでがステージをここぞとばかりに盛り上げ、ゴージャス極まりないインド流だ。そして、14時に開催されたセレモニーは何と夜の帳が下りようとする18時あたりまで続いた。主催のマハーンは、参加してくれた人々や、ボランティアのスタッフたちすべてが満足した気分で帰れるように声を枯らして恐ろしい数の賞典を授与し続けたのだ。このホスピタリティには毎回頭が下がる思いだ。素晴らしい!
さて、コンコースの結果といえば、1922年ロールス・ロイス40/50HPシルバーゴースト・オープン・ツアラー・ハンティングカーがベスト・オブ・ショー。2位は1955年クライスラー・インペリアル・リムジン。3位は1930年型コードL-29カブリオレとなった。
それ以外にも1910年マクスウェル モデルE、1958年タトラ V8 シリーズ608といったレアなモデルにも注目が集まった。
次のエディションは2027年に開催されるようだが、日本からの参加もモハーンは多いに歓迎している。このホスピタリティ溢れる個性的なコンコース・デレガンスへの出展も考えてみてはいかがであろうか?
Special Thanks: Madan Mohan
文:越湖信一 Words: Shin-ichi EKKO
Photography: flohagena.productions, Shin-ichi Ekko