香取慎吾主演のドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~ ※FODで見逃し配信)の第8話が、きょう27日に放送される。
今作は、ある不祥事で退社に追い込まれてしまった元報道番組のプロデューサー・一平(香取)が、再起を図るため政治家を目指し、その戦略として亡くなった妹の夫と子どもたちと同居し、ニセモノの家族=“ホームドラマ”を演じることを決意する…という物語。
ニセモノだったはずの家族だがホンモノ以上の絆を手に入れつつある一平。しかし、“家族”が良好になっていくのとは対照的に、一平たちが暮らす大江戸区では密かに再開発の計画が進んでおり、一平の“政治”はより困難な気配を見せていく――。
「パーソナル・イズ・ポリティカル」がテーマであることの表明
今作は、展開を盛り上げるための“アクセサリー”と思われていた要素を、必要不可欠と思わせる物語のキーに仕立てるだけでなく、登場人物たちを含む、誰も想像していなかった感動のストーリーへと昇華できている点が大きな特徴だ。
その“アクセサリー”の最たる例が、一平の“政治”パートだろう。今作の当初のイメージと序盤の展開は、これまで『人にやさしく』(02年、フジテレビ)や『薔薇のない花屋』(08年、同)といった様々な“疑似家族モノ”を演じてきた香取慎吾の新訂版的な側面も強かっただろう。
このため一平の“政治”とは、“疑似家族”という土台を作るためだけのきっかけであり、これまで描かれてきた一平の奇跡を生み出すエンタテインメントの装置でしかないと思われた。それはある意味、“個人的”で身勝手とも思える要素だった。
しかし、中盤以降の展開を見てどうだろう。“家族”以上に“政治”を深く丁寧に描写し始め、 “家族”から“政治”の物語へとシフトしていった。“個人的”なことから始まり“政治”を描いていくという流れ――それは同クールで放送中の『御上先生』(TBS)でも掲げられた「パーソナル・イズ・ポリティカル/個人的なことは政治的なこと」をテーマにしていることの表明だったのだ。
パーソナル・イズ・ポリティカルとは、個人の問題だと思われがちなことでも、実は社会全体の仕組みや権力関係と深く関わっているということ。つまり今作は、“家族”はもちろんなのだが、それを通しての“政治”こそを描きたかったのだ。
その流れが実に見事だった。導入から“政治”をテーマとして描くには視聴者の門戸を狭めてしまうため、日本で最も親しみがある人物といっていい香取慎吾を配し、彼のこれまでの“疑似家族モノ”を模したものと思わせ、実はその先には“政治”があり、それを深く深く描いていく。“アクセサリー”や“装置”でしかないと思われた“政治”が、実は大テーマであると、後半の展開になるにつれ美しくひも解かれていった。
『人にやさしく』の須賀健太&星野真里も登場
こうして一平自身の“政治”が色濃くなってきた第8話は、これまでのような自らが強引に課題解決へ乗り出していくという展開ではなく、学童が閉鎖されたために、子どもたちの預け先として一平に協力してほしいと依頼が来るストーリー。この展開こそ、“政治”が色濃くなってきた証拠と言っていいだろう。また、邪(よこしま)ではなく無垢に“政治”へ取り組むその姿は、連続ドラマの醍醐味であるキャラクターの成長も大いに感じられる。
そして今回、新たに判明するのが正助(志尊淳)の真の存在意義だ。正助というキャラクターも一平の“政治”と同様に、物語の発端をつくり、話をにぎやかにさせるだけの“アクセサリー”的要素が強いと思われたのだが、回を追うごとにその人間性が明らかとなり、今現在でも“なくてはならない存在”になってはいる。しかし今回はその先の、真の存在意義が提示される。そのことで今作のクライマックスになるであろう“とある展開”のカギを握る人物でもあることが分かってくるのだ。
最後に、第3話から登場していた『薔薇のない花屋』で香取の娘役を演じていた八木優希に加え、今回は『人にやさしく』の須賀健太と星野真里も登場するという遊び心あふれるキャスティングになっており、それらの作品を知る視聴者にとってはより感慨が増すはず。だが、その“遊び心”は物語を決して邪魔してはいない。第8話は“次なるステージ”へ進む回で、緊張感が続く展開になっている。