NTT西日本と近畿経済産業局は2月14日、NTT西日本の音声テクノロジーを活用したジャパンIPのさらなるグローバル展開の可能性を探るイベント「大阪・関西万博×ジャパン IP×グローバル市場 成功の鍵を握るテクノロジーとは」 を、NTT西日本のオープンイノベーション(社内外の垣根を超えてアイデアや技術を取り入れ、革新的なビジネスを創出する方法)施設「QUINTBRIDGE」(クイントブリッジ:大阪市)で開催した。
ジャパンIPとは、アニメ、音楽、マンガ、キャラクターなど、日本のIPコンテンツ(知的財産権により保護されるコンテンツ)。イベントでは、ジャパンIPの世界展開を加速するために何をすべきかについて、有識者がパネルディスカッションを行ったほか、スペシャルゲストとして大阪・関西万博のスペシャルサポーターを務めるNMB48のメンバーが参加し、自身の声をもとに合成した多言語音声合成技術を用いたデモンストレーションが行われた。
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イベントに参加したメンバー。上段の4名はトークセッションに参加したメンバーで、左から経済産業省 近畿経済産業局 総務企画部 2025NEXT関西企画室 平松幸峻さん、NTT社会情報研究所 研究員 荒岡草馬さん、Minto 代表取締役 水野和寛さん、NTT西日本 イノベーション戦略室 花城高志さん。下の段は、多言語音声合成技術のデモンストレーションに参加したNMB48の(左から)桜田彩叶さん、坂田心咲さん、塩月希依音さん、芳賀礼さん、安部若菜さん。一番右は、大阪・関西万博公式キャラクター「ミャクミャク」
ジャパンIPコンテンツの海外展開は新たなクールジャパン戦略
パネルディスカッションには、大阪・関西万博を担当する経済産業省 近畿経済産業局 総務企画部 2025NEXT関西企画室の平松幸峻さん、漫画・アニメ・キャラターなどのコンテンツを制作してグローバルに展開しているMintoの代表取締役 水野和寛さん、声の権利に関する研究を行っているNTT社会情報研究所 研究員 荒岡草馬さん、多言語音声合成技術ビジネスを推進しているNTT西日本 イノベーション戦略室 花城高志さんの4名が参加した。
ジャパンIPコンテンツは、新たなクールジャパン戦略として、日本政府も海外展開を加速していくことに力を入れている。
日本のコンテンツ産業の2022年の規模は13.1兆円で、海外展開はアニメ、ゲームを中心に年々増加傾向にあり、4.7兆円(2022年)規模になっている。この金額は鉄鋼産業に匹敵するもので、半導体産業に迫る規模だという。
近年、日本のアニメやマンガは日本への興味を喚起する「入口」として、大きな役割を果たしている。そのため、これまで日本が培ってきたIP(知的財産)をフル活用して、さらに海外展開を推進することが期待されている。
大阪・関西万博でもジャパンIPコンテンツを活用
4月13日に開幕する大阪・関西万博でも、ジャパンIPコンテンツを活用する予定だ。
日本政府館(日本館)のファームエリアでは、藻類の可能性をハローキティが紹介するほか、バンダイナムコホールディングスの「GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION」では約17mの実物大ガンダム像が展示され、「ガンダム」の世界観を感じられる演出が計画されている。また、パソナグループのパビリオンである「PASONA NATUREVERSE」では、全体の案内役として「鉄腕アトム」が、「からだ(未来の医療)」の展示エリアのナビゲーターとして「ブラック・ジャック」が登場する。
経済産業省の平松さんは、大阪・関西万博でのジャパンIPの活用に対する期待について、次のように語った。
「日本人が、これだけ自分たちの文化が世界に受け入れられている、評価されているということを体感いただくイベントになっています。ジャパンIPは基幹産業として成長していくものであるため、万博を契機に日本ファンを拡大して、ジャパンIPが持つソフトパワーの強化を図っていただきたいです。ジャパンIPはすでに世界で評価されていますが、テクノロジーとの融合によってさらに付加価値が生み出され、空間的な拡張を創出しながら、世界へと広がりを持たせていけると考えています」
ジャパンIPの世界展開にまつわる課題とは
一方、ジャパンIPのグローバル展開を図る上での課題を挙げたのは、Mintoの水野さんだ。水野さんによれば、ジャパンIPは今までいろいろな会社がタッグを組みながら事業を広げてきており、世界への展開は海外のプレイヤーと組むことが一般的だったという。しかし、「今後はテクノロジーを活用しながら、自分たちで展開していくことが必要」と水野さんは指摘した。
「グローバル化が当たり前の今、コンテンツも発信する初日から海外展開が必要であり、今までは海外のプレイヤーと組んでやっていた部分も自分たちでやらなくてはいけなくなり、相談いただくことも増えています。ジャパンIPの伸び代であると同時に課題でもあるのは、技術にしっかりと向き合うことです。われわれは、技術に明るい会社が入って交通整理しながら海外展開していくことを勧めています」(水野さん)
また海賊版対策としても、世界同時配信が必要だという。というのも、「マンガ、アニメの領域は海賊版が問題になってきており、日本でアニメが配信された翌日には海賊版が出てしまうということが当たり前になっています」と水野さん。そのため、世界同時で配信したほうが海賊版が出にくいため、多言語で配信することを目指すイベントが増えているとのこと。
ただ、「世界同時配信を行うには多言語展開する必要があり、そのための事前準備が課題となるので、技術的な部分でその課題を解決することが必要になると思います」と水野さんは語った。
NTT西日本の多言語音声合成事業の強み
そんな中、ジャパンIPの多言語展開において期待されているのが、NTTが開発している多言語音声合成技術である。
この技術は、わずか30文字程度を読み上げるだけで、AIが本人そっくりな声を合成することができ、他言語にも翻訳できるというもの。現在、日本語、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語に対応している。イベントではデモブースも設けられ、多言語音声合成技術を体験することができた。
NTT西日本の花城さんはパネルディスカッションにおいて、同社が提供を目指す音声合成事業で、ジャパンIPの海外展開における3つの壁を越えていくことができると語った。
「多言語音声合成技術によって、本人が現地に行かなくても声を届けることができます。これにより、物理的な壁を越えられると思っています。また、コンテンツには母国語があるので、IP(知的財産)の価値・魅力を届けるときは、言語の壁も越えなければいけません。多言語音声合成技術でそれが可能になります」(花城さん)
3つ目の壁は「声の権利」で、NTT西日本が重要視している課題だという。
声の権利をどう保護するか
NTT社会情報研究所の荒岡さんによれば、著名人を中心に声を無断で合成されてしまう事例が多発しており、声優や俳優のように声を仕事にしている人から、保護してほしいという声が上がっているそうだ。ただ現在、声の権利を定めた法律はなく、さまざまな現行の法律を複合的に組み合わせて対応するしかないとのことだ。
「写真は著作権で保護されており、顔には肖像権があります。しかし、ダイレクトに声を保護する権利は今のところありません。IP(知的財産)としての声を守ろうとするとルールの作成が必要になりますが、法律を作るには時間がかかり、その間にもどんどん声のコンテンツ侵害が起きています。そのため、われわれは声の権利のガイドラインを業界ルールとして育てていきたいというビジョンを持って取り組んでいます」(荒岡さん)
この声の権利保護という課題に対し、NTT西日本はブロックチェーンを使った特許出願中の技術で対応しようとしている。その技術とは、生成された音声合成ファイルに対して、改ざんできない信用情報をファイルとして付加していくというもの。
「ユーザーに届いたファイルに信頼された証明書が付いていれば、正規のルートで作られたコンテンツであることを証明できます。例えば実演した方の同意を得て、作成されたプロセスであるということをデータで証明できます」(花城さん)
声のデジタルのディストリビューターとして、100億円超えのビジネスに
NTT西日本は、権利保護技術や多言語音声合成技術を一つのパッケージプラットフォームにした声色の情報銀行「toneBank」(仮称)を介して、声のデジタルディストリビューターになることを目指している。
「電話から始まりコミュニケーションインフラを担ってきた企業として声に着目し、新たな届け方を事業として大切に育てていきたいと思っています。みなさんの唯一無二の声。これをIP(知的財産)として大切に預かり、新たな価値を生み出すことで、コンテンツ事業に踏み出していきたいと考えています」(花城さん)
同社は「toneBank」(仮称)の声色の情報を音声広告などに利用することで、100億円を超えるビジネスに育てていきたいという構想を持っている。
「ポッドキャスト、Spotifyの間に流れてくる音声広告に適用するプロモーション、ドラマの吹き替え、さらにバンダイナムコさんのようなトイ・ホビーに音声を載せていくといった3つの領域にわれわれの声のIPの価値を届けていくビジネスにしていきたいと考えています。海外のデジタル音声広告市場は1兆円程度あり、日本にも遅れてやってくると思っています。広告市場は数兆円にも上る大きなマーケットなので、その中で100億円のシェアを獲得することはそれほど難しくはないと思っています」と、花城さんは今後の展望を語っていた。