クレジットカードやデビットカード、プリペイドカードのタッチ決済を使った公共交通機関における乗車サービス(タッチ決済乗車)が、日本でも普及してきています。日本では交通系ICが広まっていますが、それとは異なるクレジットカード等のタッチ決済による交通乗車がどういったものなのか、ビザ・ワールドワイド・ジャパンのコンシューマーソリューションズ部長・寺尾林人氏に話を聞きました。
世界で広がるタッチ決済乗車、日本では関西から、今後は全国に
そもそもタッチ決済とは何でしょうか。寺尾氏は、「より安全に、より便利に使っていただける最も新しい支払い方法」と説明します。クレジットカード等やスマートフォンを決済端末にタッチするだけで、暗証番号(PIN)も入力せずに支払いが完了するため、手軽に決済ができます。
以前は、クレジットカードを店員に渡して、カードを決済端末にスワイプして、サインをして……といった手順が必要でした。ただ、この仕組みはスキミングなどの不正利用の原因となり、クレジットカードのICチップ化が進められました。
このICチップ付きのクレジットカードは、偽造の心配がなく、PINが盗まれない限り他人が使うこともできません。ただ、決済端末に差し込んでPINを打つという手間が生じるため、より簡単な使い方として、安全性を確保した形で、タッチするだけの支払い手段に対応しました。
これがタッチ決済です。タッチするだけなので、差し込みやPINの入力も不要。その代わりに万が一の盗難・紛失等の際のリスクの観点から、上限金額が定められています。以前は1回の決済で1万円まででしたが、コロナ禍で非接触決済のニーズが高まって利用が拡大したため、世界でこの上限金額が引き上げられました。日本では1万5,000円に増えており、一部の店舗を除いて1万5,000円まで、タッチだけで支払いができます。
そのため、落としたり盗まれたりした場合は即座にカードの停止措置を行う必要があります。会員が速やかに発行会社に紛失等の連絡をすれば、上限以下であってもすべての取引が発行会社によって停止されます。
逆に言えば、誰でも決済ができるので、落としたり盗まれたりした場合は即座にカードの停止措置を行う必要があります。
とはいえ、利便性は大きく向上しました。「グローバルではここ10年、日本ではここ5年で普及が進み、普段使いできる環境になってきた」と寺尾氏は話します。
このタッチ決済を生かして開発されたのがクレジットカード等のタッチ決済を使った公共交通機関の乗車サービスです。日本ではすでにSuicaなどの交通系ICが普及していましたが、海外では大きな流れにはなっていませんでした。
2012年に、イギリス・ロンドンで公共交通機関におけるタッチ決済がスタートしました。ロンドン五輪に向けての施策でしたが、間に合わなかったために一部のバス路線からスタートしました。
現在、世界では870以上の公共交通機関におけるタッチ決済乗車がスタートしています。世界では20億件のタッチ決済乗車が行われているそうです(2024年9月現在)。
日本では33都道府県で110以上のプロジェクトが進行しています(2024年11月現在)。特に地方のバス路線や鉄道で採用が相次いでいますが、特に関西圏では大阪・関西万博の開催に合わせてJR西日本をのぞく多くの事業者が採用しています。都心でも、私鉄、地下鉄での採用が始まっています。
とはいえ、寺尾氏は、地域などは特定せずに「全事業者と色々な話をしている」と言います。「ほぼ全ての事業者がタッチ決済について関心を示しています」と寺尾氏。結果として、関西や地方路線のニーズが高かったことで採用が早まったということでしょう。今後は、関西圏のように全国でタッチ決済が広まっていくとの見方を示しています。
タッチ決済で一気通貫のクレジットカード体験
タッチ決済乗車が目指したのは、「家から出るときにVisaカードやスマートフォンを持てば、すべての買い物、移動が完了する世界」です。クレジットカード等はこれまで、さまざまな加盟店を拡大してきました。ところが、加盟店ではカードで支払っても、電車に乗るときは交通系ICや現金を使うというパターンでした。これは日本に限らず世界でも同様で、交通機関でもクレジットカード等が使えるようになれば、「一気通貫の世界を実現する」と寺尾氏。
英国・ロンドンは今やタッチ決済乗車をリードする市場だと言いますが、ほかにもオーストラリア、シンガポールといった国がタッチ決済乗車の利用率が高いそうです。やはりもともとタッチ決済利用率が多いと、タッチ決済乗車率も増えるとのこと。
タッチ決済乗車では、クレジットカード、デビットカード、プリペイドカードのいずれでも、リップルマークが付いているタッチ決済対応であれば全て使えます。普段からショッピングに使っているカードでそのまま公共交通機関に乗車できるため、カード1枚で完結する点がメリットです。
クレジットカードとデビットカードだとチャージが不要で残高不足で困ることもありません。海外に行ってもそのまま使える点もメリットです。海外でもカードをタッチすれば買い物、公共交通機関乗車が可能になり、日本から海外でもカード1枚で済ますことができます。
最近はスマートフォンにカードを設定して、スマートフォンやスマートウォッチでも支払いができ、もちろん公共交通機関にも乗車できます。こうした利便性の高さもタッチ決済ならではです。
ちなみにタッチ決済の中ではモバイルが高い伸び率を示しているそうです。日本では、Visaの対面決済における、タッチ決済の割合が47%となりました(2024年12月末現在)。海外の場合、タッチ決済の利用が4~5割を超えるとモバイルが拡大していくそうで、日本でもその状況にあるようです。タッチ決済が9割以上になった国だと、半分、国によっては半分以上がモバイルのタッチ決済になっているそうです。
タッチ決済乗車の課題とは
課題もあります。現在、タッチ決済乗車に対応している鉄道会社でも、すべての改札で対応しているわけではなく、1つの改札口で1~2レーンのみ、といった場合も多くあります。利用者の利便性にとっては、これが全レーンで対応することが望ましいとの認識を寺尾氏は示します。
定期券や子ども料金の設定も課題として上げられます。海外のタッチ決済乗車でよくあるのは上限キャップ制で、一定金額に達するとそれ以上は料金が発生しないというもので、これを月額制にすることで定期券のような使い方も可能です。逆に、利用が少ない月は料金が低くなるので、出社とリモートのハイブリッドワークのような人にも向いていそうです。
子ども料金についても技術的には可能と寺尾氏。そのため、事業者と協力して機能の導入を検討しているそうです。ただ、「利用者の情報をどういった形でやり取りしてどのように保管するか」といった課題があるそうで、事業者の判断に委ねられている、と寺尾氏は説明します。
もう一つの課題は相互乗り入れの問題です。これは主に日本特有の問題として、複数の鉄道会社が改札を通らずに相互に乗り入れる鉄道ネットワークが、東京近郊を中心に構築されています。
利用者にとっては、乗った鉄道会社と降りる鉄道会社が異なった場合に、改札から出られなくなるようでは利便性が失われます。これは日本導入時に大きなテーマになっていたと言います。
関西圏で私鉄4社が対応し、地下鉄の乗り入れが実現したのは「大きなことだった」と寺尾氏は言います。さらに関東圏でも、京浜急行と都営地下鉄も対応したことで相互乗り入れを実現。東急電鉄に加えて東京メトロもタッチ決済に対応することで、タッチ決済が使える路線が使える路線が拡大し、相互乗り入れの可能性が広がります。
いずれにしても、こうした課題については各事業者の判断に委ねられていると寺尾氏は言います。現時点で、「切符や交通系ICの代わりにクレジットカード等のタッチ決済で乗車する」という点ではすでに代替できるようになっています。
特にインバウンドユーザーにとっての利便性は向上します。現状は国内ユーザーの利用が多いと寺尾氏。インバウンドユーザーは、事前にチケットを購入していたり、空港で両替をして現金で切符を買ったり、タッチ決済乗車を使わない場合も多いようです。
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ロンドンの地下鉄。タッチ決済によって公共交通機関に乗る際に、わざわざ切符を買う必要がなくなり、公共交通機関の移動が楽になりました。ロンドンは上限キャップ制があるので、1日券などの企画券の購入も不要です
これも「日本でタッチ決済乗車が使える」という認知が広がっていない面もあるとのことです。鉄道事業者にとっても、切符利用の削減、窓口や券売機の混雑緩和に繋がるため、インバウンド利用者の拡大はメリットに繋がります。Visaでは、海外で日本の状況をアピールして、タッチ決済乗車の利用を促進したい考えです。
とはいえ、Visaとしては無理に交通系ICを置き換えるという意図はないといいます。「ベストなサービスを提供することで、ユーザーに最終的に判断してもらう」という形で利用の拡大を目指すと言います。
タッチ決済乗車は、日本では今後さらに広がることは間違いないでしょう。タッチして乗車するだけでなく、カードを使うからこその新たな公共交通サービスの登場にも期待したいところです。