資本主義社会に生き、成果を求められるビジネスパーソンにとって、経済の知識が重要であることは疑いようがないだろう。しかし、ただ知識を入れるだけでは意味がない。成果を出すには、その経済の知識を自分事化して活かしていくことが重要だ。
経済アナリストとして多方面で活躍する森永康平氏をゲストに迎え、日本マイクロソフト元業務執行役員で、現在は圓窓の代表取締役を務める澤円氏が、経済知識を自分事化するポイントを深掘りしていく。
経済を学んで損することなどひとつもない
【澤円】
森永さんは早くから経済に興味をお持ちだったと伺っています。そしていまは、経済アナリストとして大活躍しているわけですが、ビジネスパーソンにとって経済知識を持つことは必須だとお考えですか?
【森永康平】
経済知識がビジネスパーソンに必須であるのかは置かれる環境によっても異なるわけですが、「あったほうが確実にいい」とは思います。
そもそも経済とはなにといえば、日常生活を営むわたしたちにとっての外部環境のことです。つまり、経済を知らないということは、自分の外部環境がいまどうなっているかを理解できていないことになります。そのことを前提に考えると、「経済を知らない=自分の力だけで勝負する」ということになってしまいます。
一方、経済という外部環境を理解できていれば、その外部環境の変化を感じ取って仕事に利用するだけで、実力以上の成果を挙げられる可能性が高まります。経済の知識を持っていることがビジネスに有利に働くのであれば、持っているに越したことはありませんよね。
【澤円】
損はないし、その効果たるや非常に大きなものに化ける可能性があるのですね。僕は長くIT業界にいたのですが、ITの専門性を持っているのに経済にはまるで興味がない人は少なくありません。そのためにせっかくの能力を十分に活かせず、ビジネスがスケールしないというケースもよく見られます。
【森永康平】
エンジニアに限らず、その職業において高いスキルや知識を持っている人は、ひとりのプレーヤーとしては優秀でしょう。ただ、厳しい言い方をすれば、それでは「人に使われる側」でしかありません。「大きな仕事をしたい」「稼ぎたい」と思うなら、「人を動かす側」に立つ必要があります。そうするには、現在の外部環境を知り、「いまはこういう状況だから、このような戦略が必要だ」という青写真を描かなければならないでしょう。
あるいは、プレーヤーとしても、いま持っているスキルが時代遅れのものになることだってあり得ます。そうならずにプレーヤーとして成長していくためには、目の前の仕事をこなしながら新たなスキルを同時に身につけていく必要があります。そのような今後必要となるスキルを見抜くにも、経済という外部環境を知ることが大いに役立つはずです。
プロの手を経たニュースから、楽に経済を学ぶ
【澤円】
森永さんのいうように、営業、経理、法務、総務……どのポジションであっても、経済を知ることは重要なことだと思います。では、その経済を「知る・学ぶ」にはどうするといいですか? 多忙なビジネスパーソンは効率を求めるように思います。
【森永康平】
ベタな答えですが、新聞を読むことをおすすめします。その時間を確保できないなら、通勤中にラジオなどでニュースを聴くといったことでもいいでしょう。とにかく毎日必ず、国内外でなにが起きているのかという情報をインプットしてください。
いまとなれば本当にアナログな話ですが、わたしの場合は社会人1年目から毎日欠かさず朝刊と夕刊を読み、大事な部分をスクラップしていました。そして、わからなかった単語などにマーカーを引いてネットで調べ、その意味をメモするということをずっと続けたのです。そんなことをしても資格などが取得できるわけではありません。でも、情報に対する感度は確実に上がりましたし、たった1年続けただけでも引き出しが増え、半年前といまの状況を比較できるようにもなりました。
もちろん、さすがにそれは面倒でしょうから、時間がないなかでもポッドキャストやradiko、YouTubeなど「ながら勉強」ができるメディアをうまく活用して、とにかくニュースに毎日接することです。
【澤円】
「楽」というのは大事なキーワードかもしれません。凄くしんどい思いをして一撃必殺でなんとかしようとするのではなく、ハードルを下げ、その代わりに毎日続けることが結果的に大きな差を生むのですよね。
【森永康平】
まさに、楽であることがポイントです。自ら能動的に勉強しようと考えると、その題材を日々探さなければなりません。でも、ニュースの場合は勝手に向こうから勉強の題材を与えてくれます。それもきちんとしたメディアがつくったものなら、そのニュースに関連する過去の情報なども時系列でまとめてくれることすらあります。
新聞やテレビなどのオールドメディアだけでなく、いまは個人が発信しているブログやXのポストなど、無料で手に入る情報もたくさんあります。とはいえ、その質は担保されていません。なかにはフェイクニュースもたくさん含まれています。それらのファクトチェックをするのは効率的ではないので、やはり少額のお金を使ってでもプロの手を経たニュースを入手するのが得策ではないでしょうか。
「投資」と「経済」を知るために読んでおきたい名著2選
【澤円】
学ぶ手段としては、読書もありますよね。ビジネスパーソンに対して、森永さんが「これは読んでほしい」というおすすめの本があれば教えてください。
【森永康平】
まずは、「投資」という視点から1冊挙げてみましょう。アメリカの経済学者であるバートン・マルキールが書いた名著『ウォール街のランダム・ウォーカー』をおすすめします。その内容は、インデックスファンドへの積立投資がいかに有用かを語っているというシンプルなものです。
インデックス投資はいま主流の投資法として知られますが、この本の初版は1973年です。でも、時代に関係なく変わらない投資の本質が書かれているからこそ、読み継がれているのでしょう。
【澤円】
では、「経済」の視点からおすすめの本はありますか?
【森永康平】
初版が1944年というさらに古い本になりますが、ウィーン出身の経済学者であるカール・ポラニーの『大転換』です。その内容は、ある意味で『ウォール街のランダム・ウォーカー』の真逆のようなもので、両方を読んだことがあるなら意外に感じるかもしれません。
わたしたちが生きている資本主義社会の代名詞のようなものが投資ですし、もちろんわたしも投資をすすめるひとりです。しかし『大逆転』は、「本当に資本主義って正しいのか?」「資本主義によってなにか大事なものを忘れているのではないか?」と問い直すような内容の本なのです。
この2冊を読むと、投資の重要性を感じながらも、「そんなふうにお金のことばかり考えているけれど、わたしたちの社会はそういうものだったっけ?」と、少し哲学的なことも考えるに至り、経済に関する知識が一気に深まると思います。
複数の情報ソースからインプットする重要性
【森永康平】
わたしからも澤さんに聞いてみたいことがあります。澤さんは幅広いビジネステーマを扱ってメディアや講演などで活躍されていますが、ビジネスや経済の情報をどのようにインプットされているのですか?
【澤円】
基本的なインプットソースは、友だちです。僕が情報発信を続けている「Voicy」という音声メディアには、経済チャンネルもたくさんあります。その発信者たちに友だちが多いのです。ですから、まずは彼ら彼女らのチャンネルからインプットし、わからなかったり疑問に思ったりしたことは、直接連絡して本人たちから詳しく聞くようにしています。
【森永康平】
友だちに聞く際に注意していることはありますか?
【澤円】
それは、複数の人に聞くということです。情報ソースがひとつだと、その考えに染まって思考の幅が狭まってしまい、結局は自分でなにも考えていないということになりかねないからです。誰かの回答が不正解だとか駄目だと判断するわけではなく、それはそれとして尊重したうえで、異なる意見も聞いてみる。そうすることで、それぞれに共通する部分や差分が見えてきて、最終的に「こうではないか」という自らの考えを持てるのだと考えます。
投資をはじめれば、経済は自分事化する
【澤円】
いろいろとお話を伺ってきましたが、僕はなにを学ぶにも、最終的に自分事にならないと、身につけた知識を実際に活用するのは難しいと思っています。経済を自分事化するために有効なコツがあれば教えてください。
【森永康平】
まずは少額から構わないので、実際に自分のお金を使って投資するということに尽きます。500円でも1,000円でもいいから投資することで、意識する必要などなく勝手に経済が自分事化していきます。
幼い子どもが自転車に乗る練習をしている場面を想像してみてください。既に自転車に乗っている友だちをいくら眺めていても、自分が乗れるようにはなりませんよね? まずは補助輪をつけてとにかく乗ってみる。すると、ペダルを漕げば前に進んだり、ブレーキをかければ止まったりする感覚を摑むことができます。いざ補助輪を外して乗ってみれば、転倒して痛い目を見ることもあるでしょう。でも、そういった経験を重ねるうちに必要な動作やバランスを身につけ、いつの間にか自転車に乗れるようになるのです。
経済についても同様です。教科書のような本をただ読んでいても、その内容は簡単には頭に入ってきません。なぜなら、自分事になっていないからです。そこで、とにかく自転車に乗ってみるように、投資をはじめてみるのです。
自分が買った金融商品の値動きは誰もが気になりますし、初心者ならなおさらです。そうして値動きや経済の動向に対して自然に敏感になり、「こういった経済ニュースが流れると株価が上がったような気がする」といったように、知識がどんどん身についていくのではないでしょうか。
【澤円】
経済というとハードルが高いと感じる人もいるかもしれませんが、自分事化するのはそこまで難しいことではないのですね。
【森永康平】
一歩を踏み出すその勇気さえあれば、誰でも自分事化できると思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
森永康平(もりなが・こうへい)
1985年生まれ、埼玉県出身。株式会社マネネCEO/戦う経済アナリスト/日本証券アナリスト協会検定会員。経済産業省「物価高における流通業のあり方検討会」委員。
証券会社、運用会社にてアナリストとして株式市場や経済のリサーチ業務に従事。その後、業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。2018年6月、金融教育ベンチャーのマネネを創業。現在は国内外のベンチャー企業の経営にも参画。著書には『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)、『親子ゼニ問答』(角川新書/父・森永卓郎氏との共著)など多数。また、YouTubeチャンネル『森永康平のリアル経済学』、『森永康平のビズアップチャンネル』を運営し、『おはよう寺ちゃん』(文化放送)、『垣花正 あなたとハッピー!』(ニッポン放送)、『上泉雄一のええなぁ!』(MBSラジオ)などのラジオ番組やメディアに多数出演。2023年9月よりアマチュアでキックボクシングやMMAの試合に出場しEXECUTIVE FIGHT 初代 55kg級王者となる。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※本稿は、マイナビ健康経営が運営するYouTubeチャンネル『Bring.』の動画の動画「経済を「自分事化」する方法。仕事のスキルや知識だけでは、もう稼げない? 効率的な情報収集/必読マネー本/金融教育の重要性…」の内容を抜粋し、再編集したものです。