「幸せとはなにか?」――。その問いに対して、「大金を稼ぐことが必ずしも幸せを約束するものではない」と、富を得た多くの人間が口にしてきた。だが、お金と幸せは切っても切れない関係にあるのもまた事実だ。

経済アナリストとして多方面で活躍する森永康平氏をゲストに迎え、日本マイクロソフト元業務執行役員で、現在は圓窓の代表取締役を務める澤円氏が、「お金と幸せの関係」を考察していく。

お金とは「選択肢を増やすツール」である

【澤円】
森永さんは、経済アナリストというプロの立場でお金に関わっています。一般人と比べると、お金について深く考える機会も多いと推測します。そもそもお金とはなにか——森永さんが考えるお金の定義について教えてください。

【森永康平】
経済アナリストの立場からすれば、本来、貨幣論という経済学の分野から語る必要があると思いますが、ひとりの人間の立場から語るなら、お金とは「選択肢を増やすツール」だと捉えています。

わたし自身、大金を手にして贅沢をしたいわけではなく、「ある程度のお金を持って選択肢を増やしておきたい」という考えがあります。経済的な制約によって選択肢がひとつしかないより、複数の選択肢のなかから好きなものを選べる人生のほうが幸せだと思うからです。しかも、たとえその選択の結果がよくないものになったとしても、自分で決めたのだから他責することはありませんよね? よって、納得のいく人生を送れる可能性も高まると思うのです。

多様化してきた幸せのかたち

【澤円】
いま、「幸せ」というキーワードも出ましたが、やはりお金は幸福度と密接にかかわるものですよね。ただ、アメリカほどではないにせよ、日本でも所得格差の問題は無視できないレベルにまできています。そういった問題をどうウォッチしていますか?

【森永康平】
資本主義社会のなかで経済成長を追い求めると、副作用のようなかたちで格差が広がってしまうのは当然のことです。これはもう、仕組みからして仕方ないことなのです。その格差を埋めるためには、例えば税金といった制度が担っており、それらの制度を整備する役割が国にはあります。ただ最近は、そういった格差すらも受け入れていくような時代にも見えるのです。その要因は、ひとえにインターネットの普及とテクノロジーの進化にあります。

以前は、いい人生にしようと思えば、高級車やブランド物の服を買ったり、海外旅行に行ったりするなど、いわゆる「人間の欲」と直結したような幸せのかたちを追い求める傾向がありました。でもいまは、ネット環境さえあればそれなりに楽しめますよね? 所得格差が広がるリアルの世界では低収入であっても、無理して必死に働いて高級車を買ったり、タワマンに住んだり、映える写真をインスタグラムにアップしたりしなくとも、ネットの世界で好きなものを観て、オンラインゲームをやっていれば、なんとなく満足感を得ることができます。それこそ、幸福感すら味わうこともできるでしょう。

【澤円】
確かにそうですね。そこで興味深いのは、そのような幸せを追い求める人たちが経済活動を活性化させている側面もあることです。

【森永康平】
本当にそう思います。かつてなら、好きなことだけをやって自分の世界観のなかだけで幸せを感じている人は「オタク」と呼ばれ、ある意味で社会から排除されるような側面もありました。でも、そういう人が一定数になってきたことで完全に市民権を得ましたし、ハード面で弱体化してきた日本の産業構造を考えた場合、マニアックな人たちが支えるソフト市場のほうがグローバルでは日本の強みになっているともいえます。

お金は「手段」であり、「目的」にしてはならない

【森永康平】
わたしの場合、「お金は選択肢を増やすツール」と考えていますが、澤さんはお金をどのようなものだと捉えていますか?

【澤円】
お金とは、「手段」だと思っています。しかも、「目的にしてはならない手段」です。「なんのために稼ぎたいかよくわからないけれど、とにかくたくさんお金が欲しい」とお金自体を目的にしてしまうと、例えば、詐欺を企む人間を寄せつけるような好ましくない状況を招きやすくなるでしょう。

それには、「カラーバス効果※」と呼ばれる心理現象が関係しています。

※興味や関心に基づき、脳が自動的に情報を選択する仕組みを利用した心理効果

例えば、「ある時計が欲しい」と思っている人はその時計ばかりが目にとまるように、「お金が欲しい」と思っている人は、裏のある危険な儲け話にも乗りやすくなってしまうのです。

ですから、「お金が欲しい」と思うときには、それとセットで「なんのために?」と自分に問いかけることが重要なポイントです。その理由が具体的で説明可能な状態になっていないと、ろくなことにならないと僕は考えます。

【森永康平】
「お金は目的にしてはならない手段」ですか。とてもいい言葉ですね。わたしもぼんやりそのようなことを思っていたのですが、そこまで綺麗に言語化できていませんでした。クレジットをつけるので今後使わせてください(笑)。

お金が欲しいなら、「お金が欲しい」という考えで動かない

【澤円】
幸せのかたちが多様化し、低収入でも幸せを感じられるようになってきているというお話がありました。しかし、「できればお金を増やしたい」と考える人もたくさんいます。もちろん、仕事や投資もお金を増やす手段のひとつですが、生活習慣、思考、価値観といったものもまた、お金を稼ぐことにつながることですよね。森永さんが考える、「お金をつくるための最適解」をお聞かせください。

【森永康平】
逆説的に聞こえるかもしれませんが、お金をつくりたければ、「お金をつくりたい」という考えで動かないことです。

例えば、なんらかのつながりから誰かを紹介されたときも、「その人は仕事をくれるのだろうか?」といった考えを基に、会うかどうかの意思決定をしないほうがいいということ。打算的な考えで動いてしまうと、結果的にお金を生まないことが多いと感じます。

打算などなく、「なんだか面白そうだな」と思って会った人が、数年後に大きな仕事を持ってきてくれるといったこともよくあります。もちろん、このことには定量的なデータはありませんが、わたしのこれまでの人生における経験則からもいえることです。

【澤円】
ビジネスシーンでは、人脈を広げるための、異業種交流会や名刺交換会のようなものもよく行われますよね。それらを否定するわけではありませんが、僕自身、そうした場の効果には懐疑的な考えを持っています。

【森永康平】
断れない人間関係から、わたしもそうした場に出ることが稀にあります。そして、わざわざ無愛想にすることもないので実際に名刺交換をしますが、結局その場限りの挨拶で終わることが大半です。逆に、なんの計画性もなくたまたま出会った人のほうが、感覚が合って、気づいたら仕事仲間になっていることも珍しくありません。だから、考えて動くのでなく、ノリで動いたほうがどうやら結果がいいのです。

これは、人間関係に限らず知識にもいえることだと思います。「この分野を必死に勉強して仕事に活かして稼ぐぞ!」ではなく、「なんとなく興味があるから」とノリで勉強をはじめてみる。なにかをはじめるにはコストが発生しますから、むしろ最初は金銭的にマイナスな状態です。そのマイナスを取り返すつもりでもないのに、その勉強を続けていると予期せぬタイミングで大きなリターンを得られたということは、わたしも実際に経験しました。

お金のことで悩まない。それが、幸せの条件のひとつ

【澤円】
「お金とはなにか」「稼ぐための秘訣」といったテーマでここまでお話を伺ってきました。そして重要なのは、「お金」と「幸せ」の関係です。森永さんにとって幸せとはどのような状態を指しますか?

【森永康平】
「お金は選択肢を増やすツール」という話に通じますが、「お金のことで悩まない」というのが、幸せのひとつの条件になると思っています。

わたしには子どもが3人いるのですが、やはり親としては、子どもが「なにかをやりたい」といってきたときに「お金がないから駄目」とはいいたくないですよね? 高級なもので囲まれた贅沢な暮らしに興味はありませんが、経済的な理由で子どもが夢をあきらめるような状態にはしたくありません。

わたしにとって、稼ぎたいお金の上限額はそのことと大きく関係します。子どもがやりたいことをやれて、家族が普通に暮らせるのではあれば、それ以上に稼ぐ必要はないと考えています。もちろん、無理せずに大金を稼げるのならそうしたいところですが……(苦笑)、家族を犠牲にしたり体を壊したりしてまで稼ぎたいとは思わないのです。そういった信念があるため、お金が原因で人生が狂うことはないでしょう。そういう意味では、わたしは十分に幸せなのだと思います。

【澤円】
「稼げるだけ稼ぎたい」とお金のボリュームを人生の中心に考えるのではなく、自分にとってどのような状態が幸せなのかという基準と、それを満たすために必要な金額を明確にすること。それこそが、お金に振り回されずに幸せな人生を歩むために大切なことなのかもしれませんね。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人

森永康平(もりなが・こうへい)
1985年生まれ、埼玉県出身。株式会社マネネCEO/戦う経済アナリスト/日本証券アナリスト協会検定会員。経済産業省「物価高における流通業のあり方検討会」委員。
証券会社、運用会社にてアナリストとして株式市場や経済のリサーチ業務に従事。その後、業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。2018年6月、金融教育ベンチャーのマネネを創業。現在は国内外のベンチャー企業の経営にも参画。著書には『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)、『親子ゼニ問答』(角川新書/父・森永卓郎氏との共著)など多数。また、YouTubeチャンネル『森永康平のリアル経済学』、『森永康平のビズアップチャンネル』を運営し、『おはよう寺ちゃん』(文化放送)、『垣花正 あなたとハッピー!』(ニッポン放送)、『上泉雄一のええなぁ!』(MBSラジオ)などのラジオ番組やメディアに多数出演。2023年9月よりアマチュアでキックボクシングやMMAの試合に出場しEXECUTIVE FIGHT 初代 55kg級王者となる。

澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。

※本稿は、マイナビ健康経営が運営するYouTubeチャンネル『Bring.』の動画「格差社会における、「お金」と「幸せ」の相関関係。お金とは、人生の選択肢を増やすツールである」で配信された動画の内容を抜粋し、再編集したものです。