NTT東日本の埼玉南支店で、漕艇(ローイング)競技向けにRTK高精度測位技術を用いたトレーニングツールが開発されています。一人の社員の開発からスタートした技術が、日本屈指の実力を備えるNTT東日本漕艇部の実戦で投入され、威力を発揮し始めているとのことです。
五輪出場選手も活用するRTK高精度測位技術
ローイングは、水上の直線コースでオールを使ってボートを漕いで順位を競う競技で、一人乗りのシングルから漕ぎ手が8人のエイトまでの種目があります。花形とも言われるエイトですが、2024年9月には「第1回ジャパンオープンレガッタ」が開催され、NTT東日本漕艇部のAチームが、男子部門において優勝もしています。
そんなNTT東日本漕艇部を引っ張るキャプテンの宮浦真之選手は、パリ五輪にも出場していました。その宮浦選手がジャパンオープンレガッタにおいても活用を進言したというのが、今回のローイング動作解析ツールです。
これは、ボートに搭載したアンテナで衛星測位データを受信。足元の小型デバイスで情報を収集して専用アプリでローイングの動作を解析するというものです。ボートに設置したアンテナ単体ではなく、基準局で測位した衛星測位情報も併用して誤差数cmで現在位置を確認する「RTK測位」と呼ばれる技術を活用しています。
RTK測位自体は、ドローンや自動運転、土木分野など活用分野が広がっている注目技術ですが、これをスポーツ分野に応用し、ローイングで活用しようというのが今回の技術です。
ローイングは2,000mを真っ直ぐボートを漕いで速度を競うという明快な競技ですが、わずかな蛇行、細かな上下動といった少しの動きでタイムが変わってくるそうです。これまでもGPSやウェアラブル機器を使ったり、海外ではオールにセンサーを装着したりするなど、客観データを使った管理もしているものの、例えばGPSでは誤差が大きく細かな動きを判断できないといった課題がありました。
RTK測位では、この誤差を最小限の数cmまで小さくできます。これを即座に解析するソフトウェアを組み合わせることで、速度情報のグラフ化、緯度経度の地図表示、漕ぎ方の特徴分析といった解析ができようになりました。
現在は1秒間に100個のデータを取得しており、オールの1ストロークは2~3秒とのことなので、1回のストロークあたり200~300程度のデータが取得され、それが誤差のほとんどない状態のデータとなっているので、速度や蛇行の状態が客観的に把握できるようになります。
これによって、選手やコーチは1回ごとに客観的なデータを使った分析ができます。特に8人の息を合わせる必要があり、舵手の指示が重要になるエイトの場合、その指示を振り返るためにも客観データの分析が貢献できそうです。
さらに今回は、小型PCと受信機、モバイルWi-Fiルーターを使って計測を実施。RTK測位ながら10万円前後の低価格でコンパクトに仕上げました。実際、ボートに装着した宮浦選手も、重量を含めて競技に支障はなかったと話します。
宮浦選手によればエイトの場合、舵手1人と漕ぎ手8人で「感覚のすり合わせをする」と言います。これはそれぞれの漕ぎ方の息を合わせるために必要な感覚ですが、これまで通常の衛星測位だけだと1分間のペースとスピードだけが分かるだけだったそうです。
しかしRTK測位を利用した今回の仕組みだと、0.1秒単位の速度変化が分かり、カメラでも分からなかった蛇行の様子も計測できることで、感覚のすり合わせがしやすくなっているそうです。
実際のジャパンオープンレガッタにおけるレース中の動作分析を実施したところ、目視や動画像では追えない微細な速度変化が可視化され、レース後の30分以内に分析結果も表示されるため、「レースの記憶が鮮明なうちに分析ができた」と宮浦選手も話します。
もともとローイングにおけるテクノロジーの活用はあまり進んでいないと言います。海外の強豪国ではタブレットを設置したり、同様のデバイスを船上に取り付けている国もあるそうで、日本代表もオールにかかる圧力を測るセンサーを使っているそうです。
ただ、こうしたテクノロジーは日本国内ではまだ浸透しておらず、さらにこれまでは速度を測る場合も水中にプロペラを付けて回転数で速度変化を計測していたため、センチメートル単位の誤差で位置を測定して微細な速度変化も記録できるような技術は、代表チームレベルでも測定できていないそうです。
現状はローイング向けの設計ですが、今後はほかの水上競技での展開や地上スポーツでも自転車競技のダウンヒルなどでは活用できるとみているそうです。また、ドローンなどにも応用できるとして、スポーツテックだけではない展開も検討していきたい考えです。
今回のローイング競技向けRTK高精度測位技術が開発された背景には、NTT東日本埼玉南支店埼玉エリア統括部サービスセンタの武田哲士氏がきっかけだったと言います。実は武田氏は学生時代にボート部に所属しており、部内のデータ分析のために開発をしたのがスタートでした。
大学の研究室における研究分野もリアルとITを結びつけるというもので、そうした環境もあってずっと一人で開発を続けていました。そうした背景もあって、漕艇部のあるNTT東日本に入社して、これまでの成果を上司に報告したそうです。
それを採用して漕艇部で試用し、実際の効果を感じたことから、漕艇部も継続して開発に協力しており、会社側もそれをサポートしているというのが現状のようです。今後も開発を継続し、事業化へと繋げていきたいというのがNTT東日本側の考えとのことでした。