本当にうちのイチゴを食べたい人に来てほしい。都市での直売と、販路拡大との両立を考える

──加藤農園は、代々農家の家系だったのでしょうか。

加藤:はい。1835年に農家をしていたという記録がありますので、約200年続いています。僕が就農したのは12年前です。それまでは会社員でしたので全くの門外漢でしたが、「誰か継ぐ人がいないと畑が維持できないから入れ」と言われ、農家を継ぐ事になりました。

就農して最初の年は両親と親戚1名と一緒に、キャベツや大根などの少量多品目栽培をしました。1年間ほとんど休みなく働いたのに、売り上げは惨憺(さんたん)たるものでした。これではやっていけないと一念発起し、埼玉で2年間研修を受け、2015年にイチゴ栽培を始めました。現在は農園での直売をメインにしつつ、キッチンカーや外部販売もしています。親はイチゴをやる事に反対していましたが、今では研修生を受け入れるまでになり、ある程度軌道に乗せる事ができています。

──加藤農園のHPを拝見すると、いろんな事に挑戦されていますね。営業はどのようにかけていますか。またキッチンカーはいつから稼働していますか。 

加藤:練馬区の農家は少量多品目の生産が多く、行政もブランド化がなかなかできないので、産地の発信力に頼ってばかりではいられません。結局、広報については個人戦です。HPを作ったり、発送の箱を目立つように作ったりしています。パンフレットを作ってマルシェで配るなどの営業もしています。

キッチンカーはコロナ禍でイチゴの在庫が余ることを想定し、事前に手を打ちたくて2021年に導入しました。現在も繁忙期を除いて継続しています。

──練馬区の魅力を発信するための「ようこそ練馬ぶらり旅」の旅程に参画されましたが、ツアーと農家のコラボを体験してみての感想はいかがでしょうか。「ようこそ練馬ぶらり旅」の参加者は練馬区外からの方が圧倒的に多く、中でも神奈川県からの参加が多いとの事で、買い回りや昼食で区内の店舗に立ち寄ったり、収穫体験をしていただいたりする事で、近くの県の知られざる魅力的なスポットを紹介できるイベントになっています。

加藤:「ようこそ練馬ぶらり旅」には数回参加させていただいています。土日は直売があるので平日にお願いしていますが、平日集客をしてもらえるのは非常に助かっています。また「ようこそ練馬ぶらり旅」がある事で、自力でうちの農園まで足を運ぶ事をためらう人にも来ていただけるのがメリットですね。デパートや駅、イベントなどで売っている加藤農園のイチゴを購入した人がまた買いたいと思っても、うちは石神井公園駅下車徒歩約20分なので車がないと難しい。でもツアーであればそういう人にも来てもらえます。実際「ツアーに組み込まれていたので来れました」という人もいたので、ツアーがあることはありがたいです。他の地域にはなかなかないイベントですし、練馬区の観光の一助になればと思っています。

──受け入れる側としても、本当に来たい人にいらしていただきたいですよね。

加藤:実はツアーのお誘いは前からありましたが、ずっと断っていました。理由は「本当にうちの農園に来たいわけじゃなく、ツアーの行程に入っているから仕方なく来る人」に来園されるのが嫌だったから。だから最初はぶらり旅も断っていましたが、「本当に加藤農園のイチゴを食べに来たい人がいるんですよ」という話を聞いて、それならば引き受けましょうという事になりました。ツアーがある事でうちも助かっているし、今後もぜひ継続していただきたいです。将来的にはインバウンドのツアーなどもあると良いんじゃないかなと思っています。

──農園での直売とは異なる収益を生むイチゴ狩りは、どのようなスタンスで運営されていますか。

加藤:もともと観光農園ではなく直売がメインですが、イチゴ狩りの要望があるので受け入れています。だからうちの農園にはイチゴ狩りののぼりとか看板とか、トイレもありません。それでもありがたい事にリピーターはとても多くて、1シーズンに2回・3回とか、1か月に何回も来る人もいます。

加藤:待合室があって床がコンクリートで、エアコンもあってモニター画面もあって、スタッフが笑顔で出て来るイチゴ狩りもありますが、うちではそこまではやりません。周辺もマンションに囲まれていて看板もないので、近隣のマンションにお住まいの方はうちの事は知らないと思いますよ。うちのイチゴが食べたい人のためにイチゴ狩りは行っているので、そうでない人向けに特別なサービスはしていません。

「農業そのもの」にスポットを当ててほしい。都市農業従事者として思うこと

──都市で農業を行う事について、どのようにとらえていらっしゃいますか。

加藤:都市における農園は防災拠点であるとか、農福連携、憩いの場とか、そんなキーワードが最近は目立ちますが、正直申し上げるとそこにまで手をかける余裕がある農家はほぼいないと思うのです。

確かに都市農業に付加価値をつければ行政もPRしやすいですが、一方、本気で農業で収益を出していきたい若手の農業従事者も出てきています。都市の農家は、土地を活用して不動産業も兼ねているパターンも多いので誤解されがちですけど、農業そのものにフォーカスしてほしいですね。

──都市農業では、農家自身の考えと、消費者や自治体、取引先といった方々との間には温度差があるという事でしょうか。

加藤:表現が難しいのですが、作っている生産物に対してはあまり興味を持っていただけていないのかもしれません。「練馬区といえば練馬大根」と押し出されがちです。他にもこんなにおいしいトマトやイチゴ、小松菜を作っていますよという観点で見ていただけていないかもしれません。よくメディアから取材の依頼がありますが「東京都内の住宅街に畑がある!」みたいな見出しばかりで、寂しく思うときもあります。
加藤:地方の生産者とも交流がある知り合いが「東京の農家さんって、政治家みたいな人が多いですね」と言っていました。「都市農業を守らないといけない」などと語っている内容が行政っぽいのだそうです。地方の農家だとまず自分たちが作っている作物の話が最初に出ますが、東京の農家は「農地を守る大切さ」などの話が多いとの事でした。まずは農地自体の維持が求められますが、農家はまずは作物を主軸に考えないといけないと思っているので、そこは少し心配な点です。

──練馬区の農業は少量多品目生産農家・兼業農家もとても多いですが、それぞれの農家が工夫を凝らして発信していますね。

加藤:「この人が作った、この作物を食べてみたい」という人、農家個人のファンはいると思います。作る側も本当においしい物を作りたくて、「自分が作る物の味が落ちたらやめよう」とまで考えている人もいます。農家からの情報発信を通じて、安全性やおいしさを追求するために農家がこなしている工夫を知る事から、農業に興味を持ってほしいです。そこから実際に収穫体験や販売所などで農作物に触れたり、購入していただけたりたら、農家としてはとてもうれしく思います。「都内でもこんなに質の高い生産物を作っている」と取材に来てもらえるように、良いものを頑張って作っていきたいです。

編集後記

自分たちの農作物の真の魅力を、直に伝えたい。大きな産地ではなく都市で農業を営む農家には、実はその機会が少ないのかもしれない。「ようこそ練馬ぶらり旅」への参加は生産者や農作物がクローズアップされるチャンスでもあり、それを踏まえてさらに有効な手段がないか考えるきっかけとなるだろう。

画像提供:加藤農園