近年、「卵子凍結」の言葉を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。卵子凍結は、加齢などの影響で機能が低下する前の卵子を採取し、妊娠・出産を希望するタイミングまで凍結保存しておくことを指します。

東京都の助成金をはじめ、企業の福利厚生、芸能人による卵子凍結など昨今関心を集めていますが、正直、イメージがしづらいことも。

  • 卵子凍結の体験談を伝えてくださった寺西藍子さん

そこで今回は、自身の卵子凍結を書籍『38歳、卵子凍結のリアル』(Kindle刊)でも伝えている寺西藍子さんにお話を伺いました。広告代理店で働いていた寺西さんは、2020年にブランディングや新規事業開発支援を行うindigo社を立ち上げました。

同社の経営と並行して行った卵子凍結。寺西さんが当初思い描いていたものとは違ったといいますが、どんなことがあったのでしょうか。卵子凍結のリアルをここではひも解いていきます。

卵子凍結のきっかけ

――お話を聞く前に、実名を出して本を出されていたり、このように取材を受けてくださる理由を伺ってもいいですか?

(実名を出すことに)もちろん悩みました。「本名は時代的にやめたほうがいいのでは? (もし子どもができたら)子どものことまで言ってくる古い風潮があるから」と心配してくれた方もいました。それでもやっぱり"リアルを出したい"と思いました。そのためには、顔が見える、名前がわかる方がいいと思ったので実名を出すことを決心しました。

――不安もあった中で、取材を受けてくださりありがとうございます。では早速ですが、卵子凍結のきっかけから教えていただけないでしょうか

やるかどうかを考えたのが35歳のときです。起業したタイミングでAMH検査(卵巣の中に卵子がどれくらい残っているかを調べるための検査)をして、卵子凍結という選択肢を認識しました。ただ、当時はコロナ禍のタイミングだったので、ワクチンの影響や金銭面を考慮してやりませんでした。

その後、37歳を迎えるタイミングで仲のよい先輩から「卵子凍結するって言っていたよね」と尋ねられたのが大きなきっかけです。"言っていたのにやっていない!"と思い立ち、調べてみると、病院によっては40歳以上になったら(卵子凍結が)できない可能性があるというのを知りました。

すごく子どもがほしかったわけではないですが、可能性をつぶすのはなんとなく嫌だなという気持ちがあり、決めました。

苦労した情報収集

――可能性を残しておくために卵子凍結を決心したのですね。では、どのように情報収集や病院探しを行ったのでしょうか?

本を買って読みました。当時、ネットを検索すると病院が出している情報や個人のブログが多かったんです。ただ、そこには"卵子凍結をやるべきだ"の情報しかない。じゃあやらないっていう選択肢をした人がいるのか、いくらぐらいかかるのかなどの情報は本から得ました。そのほか、卵子凍結を行った知人の話も参考にしましたね。

大前提ですが、私はやりたいなと思ったらやればいいと思いますし、調べてやらないというのも一つの選択肢だと思っています。

――では、病院を決めるにあたって重視したポイントは?

私が病院を決める際に重視したのは、「実績」と「卵子をきちんと輸送・保管」してくれるかどうかです。これまでどれだけ卵子凍結を行ったのかの実績、そして、遺伝子は究極の個人情報ですので、それをきちんと管理してもらえるかは私にとって重要でした。

卵子凍結を周囲に伝えたら…?

――情報や病院を決定したあと、周囲の方へ卵子凍結をすることを伝えたのでしょうか?

センシティブな話ですが、自分が本当に尊敬する人や仲の良い人に対しては、男女問わず話していました。良い悪いじゃなくて、知ってもらいたいと考えていたのかな、と今になって思います。

――どのように伝えたのですか?

(卵子凍結の過程で打つ)注射などによって感情の起伏が激しくなるなど、仕事に影響も出る可能性があったので、そのことを伝えつつ「迷惑をかけてしまったらごめんね」と事前に伝えていました。

――周囲の反応は?

「早いね」とか「時代だね」とか言われましたが、否定的なことはそこまで言われませんでした。

――それは自分を安心させてくれたのではないでしょうか?

そう言われてみたらそうかもしれないですが、もはや自分がすると決めていたので、"迷惑をかけないように"といった想いの方が強かったですね。"賛同して"というつもりは一切なかったので、自分は自分。割り切ってお伝えしました。

仕事と卵子凍結の両立は難しい?

――次に、寺西さんの卵子凍結スケジュールを教えてください

卵子凍結を受けるあたって、初めにAMH検査や血液検査が必要になります。そこでできることがわかったら、月経周期にあわせて診察と検査をします。

この月経周期で手術ができるかを確認し、可能だとわかった場合は、排卵誘発剤(卵子を一定数確保するために使う、卵巣に刺激を与える薬)のスケジュールを調整します。その後、手術をし、採卵。後日、検査結果のヒアリングを行うといった流れで、初期の検査もあわせて合計7回通院しました。

  • 卵子凍結1回目のスケジュール(寺西さんの場合) ※人によってスケジュール感は異なります

――費用はどれくらいかかったのでしょうか

私の場合は、1回の卵子凍結費用として初期費用(検査費用や診察代など)や手術代で約50万円。そこに保存のためのランニングコストがかかってきます。のちほどお話しますが、私の場合は2回目以降の卵子凍結をしたため、これにさらにプラスの費用がかかってきました。

――決して簡単に出せる金額ではないですね。また、いつでも採卵できるわけではないと思います。月経や排卵という不確定要素が多い中で、スケジュール調整など、どのように仕事と両立させたのでしょうか?

私の仕事には、打ち合わせや丸1日使って行うワークショップなどがありました。打ち合わせは基本的に午後に入れてもらっていたのですが、ワークショップは、日付をずらせないため、そういう仕事は多少減らすようにしました。事前に卵子凍結のことは周囲に伝えていたので、受け入れてくれました。

――事前に伝えていたことで、周りの方も理解しやすかったのですね。そのほかにも工夫したことはありましたか?

必ず病院は朝一の予約を取るようにしていました。あとは資料作りを極力午前中に全部やって、午後は打ち合わせといった流れに。私の通っていた病院は、待合室以外にテーブル席もあり、wi-fi環境も整っていたので、そこで仕事をしていました。

つきつけられた厳しい現実

――さまざまな準備の上で卵子凍結を行ったんですね。その結果はどうだったのでしょうか……?

1回の採卵で14個取れたのですが、保管できたのは2個だけでした。これは想定外でした。そもそも1回で10個ぐらいとれると最初は思っていたんです。これもやっぱり情報不足ですよね。とれない可能性もあるかもしれないけど、元気だしとれるでしょ、と考えていました。この事実にだいぶ落ち込みましたね。

――ではその後、再度手術をしたのでしょうか?

その後、担当医師とも相談し、2個の卵子凍結で未来に可能性を残すには、確率が低すぎるという話に。そこで、2回目の手術を決意・実施し、追加で3つの卵子を凍結することができました。ですが、合計5つでは不安を感じていたのもあり、最終的には4回手術を行い、全16個の凍結を行いました。

――4回……。それは想像していたものとは、大きく異なったのですね。とすると、当初予定していた費用感ともズレがあったのではないでしょうか?

そうですね、当初は簡単に取れると思っていたので。お金も1回分の50万ぐらいを想定した費用を確保していたぐらいでした。ですが、最終的に卵子凍結を4回やって全部で約150万円かかりました。

そういう意味では多少の余裕を持って卵子凍結をする必要があると思います。もちろん、(2~3回分を)一気に貯めてからやるとなると、その分時間もかかってしまうので、1回分をまずは貯め、2回目、3回目は再度貯金をして、そのタイミングで実施するのもアリなのかなと。

あとは本当に何個取りたいのか、というのを自分の中で決めておくことも大切だと思います。

――費用面でも大きな負担だったと思いますが、身体面においてつらかった・大変だったことはありますか?

排卵誘発注射や薬などによって、おなかが大きくなったり、むくんだり、体のおもだるさなどはもちろんつらかったです。ただ、私は体より心の方がつらかったですね。

(注射などの影響で)情緒不安定になり、何もないのにいきなりボロボロ涙が出てきたりするんです。打ち合わせ前に涙が出てきたらどうしよう、と不安になることもありました。

凍結後に起きた気持ちの変化

――大変なことも非常に多かったと思いますが、4回の手術を終えたあと、気持ちに変化はあったのでしょうか?

子どもがほしいかもと思いました。3回目を終えたあとは、どうしてもほしいとかは思わなかったんです。でも、4回も大変な思いをしてやったということは、そういうことなのかなと感じました。

(妊娠の)可能性はやっぱり残しといてよかったと思ったのと、じゃあ今後どうするか、また動かなきゃ、といったマインドの変化がありました。

4度の卵子凍結を終えて

――4度の手術を終えて、改めて凍結前の生活で気にかけた方がよいと感じたことはありますか?

すごく重要だなと思ったのは睡眠でしたね。睡眠は圧倒的に足りていなかったので、睡眠をとっておくとよかったのかなと思いました。あとは健康的な生活を送る、体をあたためるのが大事なのかなと感じました。
※あくまで個人の意見となります

――やっておいてよかったことは?

私が1番やってよかったのは、周りの人にきちんと話したことです。全部理解してもらえる、賛成してもらえるかというと、そうじゃないかもしれない。それでも、伝えることは相手にとってコミュニケーションや仕事をしやすい状況につながると思います。

――では、最後に卵子凍結を考えている方へメッセージをいただけないでしょうか

情報をインプットしてほしいです。受ける・受けないどちらの選択でも、いろいろ調べた上で、自分が決めたことであれば、それを間違いだとは思わず進んでいただけたらと思います。


取材終了後、寺西さんは「どんな決断であろうと、それぞれが尊重し合えるような世の中になるといいですね」と、筆者に声をかけてくれました。キャリア・ライフプランともに多様化する現代において、選択肢が増えることも重要です。ただ、それと同じだけ、互いの決断を尊重し、認め合うことが、私たちに求められているのではないでしょうか。

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