横浜流星が主演を務め、藤井道人監督とタッグを組んだ映画『正体』(11月29日公開)。染井為人氏による同名小説を実写化した同作は、日本中を震撼させた殺人事件の容疑者として逮捕され死刑判決を受けたが脱走し潜伏を続ける主人公・鏑木慶一(横浜)の姿を、彼が出会う4人(吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、山田孝之)の視点から描く。

行く先々で姿を変えて潜伏し、東京のフリーライター、大阪の日雇い労働者、長野の介護施設と居場所を変える鏑木。2度に分けて行われた撮影では、2023年7月~8月に東京と大阪が舞台となる夏のシーン、半年空けて2024年1月~2月に雪国ロケやスタジオで冬のシーンを撮影した。今回は、2024年2月に行われた、物語の核心に迫るシーンの様子をレポートする。

  • 死刑判決後に脱走し潜伏を続ける主人公・鏑木慶一を演じる横浜流星 (C)2024 映画「正体」製作委員会

映画『正体』物語の核心に迫るシーンに挑む横浜流星

この日に撮影が行われたのは、映画終盤の重要なシーンの一つで、鏑木(横浜)が、大阪の工事現場で出会った和也(森本慎太郎)、そして刑事の又貫(山田孝之)とそれぞれ対峙する。クライマックスの緊張感が流れる静寂の中での撮影となったが、藤井監督曰く「20代30代メインの若いチームで、怒鳴ることもないし、みんな目的と役割があるから、しゃべってる暇があんまりない。それが心地いい」とのこと。

森本と山田のそれぞれと対峙するため、横浜の横顔の美しさも際立つこのシーン。撮影前には集中するためか、少し周りを歩いたりする様子も。段取りはスムーズだったが、その分本番カットにはじっくりと時間をかけ、3回、4回とテイクを重ねていく。藤井監督はその度に役者陣に声をかけていくが、横浜とは簡潔な言葉を交わしているよう。ネタバレのできないシーンだが、和也(森本)や又貫(山田)から感情をぶつけられる鏑木(横浜)は、時には慈悲深く、時には痛みを堪えるように芝居を受けていた。

横浜と藤井監督は公私ともに交流があり、映画では『青の帰り道』『ヴィレッジ』、NETFLIXドラマ『新聞記者』などでタッグを組んでいる。監督は「『青の帰り道』で流星と出会って、そこから広告やミュージックビデオをやってたんですけど、実は初長編映画は『正体』がいいねと言っていたんです。オリジナル作品も書いてたんですけども、僕らもまだそんなに売れてない時代に、TBSの水木(雄太)プロデューサーから『正体』の原作を教えていただいて。僕と流星がやりたかった題材に近くて、『これをやろう』となったのが3年半ぐらい前で、NETFLIXドラマ『新聞記者』のクランクインよりも前だったんですよ。ただ、そこから河村光庸プロデューサーと出会ってしまったが故に、NETFLIXドラマ『新聞記者』や『ヴィレッジ』の方が先になった」と経緯を明かす。「今撮れてよかったなと思うのは、お互いの関係もほとんど知り尽くしている中で、 最終形態に近いぐらいの状態であること。そんな中で、“横浜流星七変化”じゃないですけれども、彼が様々に人格を変えていろんな人に会っていくので、全部の流星が見れるし、人間になりきる力が圧倒的にすごくなっていて、楽しく撮らせてもらっています。周りがモニターを見て『横浜流星、すごい』となっているのを見て、『知ってる知ってる。でしょ?』という思いでいつも見てます」と喜んだ。

新しい一面について聞かれても「全部知ってるのでないんですけど、『そう、それそれ!』みたいな」というほど、横浜と通じ合っている監督。「流星とは脚本から一緒に作るので、 彼自身がどれだけ素晴らしいパフォーマンスをしてくれるかもわかってる分、お互いが妥協しないままOKテイクを導き出していける。実は流星にだけは演出のアプローチが全く違っていて。他の俳優には感情の話をよくするんですけど、流星とはもうそこは終わっているので、『今横で何ミリだから、その表現域じゃ伝わんないよ』とか『そっちの画は今使わないから、 間をずらさないで』とか、そのくらいテクニカルなことも共有できる。そういう風にできるのは多分流星だけです」と絶大な信頼を寄せていた。

撮影を夏と冬に分けたことについては「これだけ著名な俳優部をそれだけの時間拘束するって、プロデュース面からするとハードルが高いんですけれども、そういうことをやってでも撮りたいものがあるというのが、自分の中では大事にしていることで。まとめて一気に撮っちゃう人もいて、別にそれはそのやり方だと思うんです。大事にしてる場所がどこかだけだと思っていて。時期を経て髪が変わったり、体型が変わったり、そういうことも大事にしたいと最初からお伝えして、それが画に出てると思うので、無駄じゃなかった」と自信を見せる。

世界への怒りから「自分たちが先に走っていけば変わることはある」というマインドに

今作については「しっかりヒットする」ということも目標に掲げているそう。監督は「商業的な部分もだし、しっかり『これは観た方がいいよ、めちゃくちゃ面白いから』と言われるような、全国でそういう人たちが楽しんで見てくれるものを作れてる自信があります。極上のエンターテイメントを作りたいという思いが、『正体』にはある」と熱い思いも。

作品のテーマとして“多面性”が掲げられている点については「多面的に人を許容することができない時代でもあり、以前は納得いかないこともすごくあったし、損している部分もあるなと思ってたんですけど、今は『得しているところが多いからいいか』と思えるんです。『正体』の脚本を書いていた時は、 世界の不条理に対しての計りしれない怒りみたいなものがあったんですけど、最近はもう『自分たちが先に走っていけば変わることはあるけど、怒っていても変わることはない』というマインドになって。『正体』も、最初はもっと暗かったけど、途中で少しマインドが変わったことで、今の映画になっています」と語った。

最後に、今作で見られる横浜の魅力について「表面的な流星だと思って観に行った時に、食らうショックはすごくでかい。周りは側面的に『〇〇の時の流星がいい』と言うと思うんです。それは本質で見てない部分なのかなとも思う。流星は鏑木慶一という1人の人間の“正体”を背負って演じてるので」と太鼓判を押した。

(C)2024 映画「正体」製作委員会