Clear社が手掛ける日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」は、四合瓶一本数千円が一般的な日本酒業界において数万円~数十万円の高価格帯で日本酒を販売。今年の7月には1600万円の酒蔵ツアーを提供するなど、その戦略は他社と一線を画す。同ブランド立ち上げから5年を迎えた昨年(23年)の累計売り上げは40億円を達成した。

  • SAKE HUNDREDブランドオーナー 生駒龍史氏

高級日本酒市場の開拓者ともいえるSAKE HUNDREDは、フラグシップ日本酒である「百光」のアップデートを実施し、冬には「新百光」として登場させる。そこで今回は、同ブランドの戦略とともに、百光へのこだわりをブランドオーナーである生駒龍史氏に聞いた。

美味しさを超えた価値提供をする日本酒ブランド

「SAKE HUNDRED」は、『心を満たし、人生を彩る』をブランドパーパスに掲げた高級日本酒ブランド。スペックや美味しさを超えた価値を提供することで、日本酒の魅力を世界に発信していくという。

では、"スペックや美味しさを超えた価値"とは、どんなものなのか? 生駒氏に尋ねると、ラグジュアリーブランド『HERMES(エルメス)』での体験を例に挙げた。

「(エルメスで)"時計のバンドを買う"という30分で終わる行為を、僕は1週間前からカレンダーに入れるんです。店に入るだけでドキドキして、買い物を終えたら高揚感を得て、誰かに共有したくなる。これがブランドですよね。エルメスが僕に提供してくれたものは、バンドの機能を超えた"人生のときめきや彩り"なのです」

続けて、「これだよな、と。これが日本酒でできるようになれば、金額やマーケットという壁も越えていける。日本酒が大好きでこの仕事をしているので、どうすれば(市場が)広がるかをいつも考えるわけです。その答えが、情緒的な価値を伴ってラグジュアリーなブランドをつくっていくこと。これが数十年、百年先の未来をつくると考えています」と言葉に熱を込めた。

日本酒の出荷量は1973年をピークに減少しており、日本酒市場は年々縮小していっている。これを右肩上がりにするべく、生駒氏はグローバル市場においてラグジュアリー指標で評価されるブランドを目指し、SAKE HUNDREDを誕生させた。

時代を切り拓く酒「百光」

そんな同ブランドが、最初に手掛けたのは「百光」という日本酒だ。3万8,500円という高価格帯ながら、2024年醸造分の1万本の抽選販売に対し、7万人の応募が殺到。まさに入手困難な酒といえるだろう。

  • 百光(3万8,500円)

実は筆者も2018年の発売当時、百光を見かけたのだが、1万6,800円(現在は3万8,500円)という価格に驚き、購入することができなかった。そのことを生駒氏に伝えると……

「びっくりしていただいたのは、僕らにとってみれば手応えを感じるところ。まず驚かれない商品では、市場に広がらないんですよね。『5,000円で美味しいものが飲めるのに、なぜ2万弱なの?』って。でも、驚かれるぐらいのことをやらないと市場は絶対につくれないと思いますし、消費者の意識は変わらないと思います」と価格設定の狙いを明かす。

続けて「この酒は百に光と書くのですが、100年先まで光照らすようにという想いと、日本酒産業の新しい100年をつくる銘柄にするという明確な意図を持って造りました。百光が生まれることによって、時代が変わる――。ビフォー百光、アフター百光じゃないですが歴史の転換点をつくると決めていました」とその想いを語った。

「常にその時代を切り拓く存在でなければいけないので、品質とともに値段もアップデートされていきます。今、周りを見てみれば2~3万円の酒がいっぱいある。まさにアフター百光です。ですが、変わらず僕らが1万6,800円で売り続けるってことは、(時代を切り拓く)役割を果たせなくなってしまう。だからこそ、常にその時代の最前線に位置するべきだと思っている。それもあって金額も上げていっています。ですので、僕らはきちんと製造レベルを上げ、信頼に足るようなものを造っています」

"ど真ん中の価値"を提供する酒

では、具体的にどんな日本酒なのだろう。

「市場を切り拓いていく存在になるためには、変化球じゃダメなんです。クセがあるとか、奇をてらった『なんか面白いね』と言われるような酒は絶対ダメ。ど真ん中の価値を提供する必要があります」

"ど真ん中の価値"とは?

「それは米の旨味です。旨味があって、透明感があって、甘みがあって、後半にかけて軽やかに伸びていくような。日本酒のエッセンスの純度を高めた商品ですね。初心者も玄人も、"誰が飲んでも絶対に美味しいと思うお酒"です」

透明感を出すには米を磨く必要があるが、その分だけ米の旨味を感じられなくなってしまうことが多い。だが、そのバランスを実現させたのが百光だ、と生駒氏は話す。精米歩合18%でありながら、口に含むとみずみずしい甘みと、ふくよかな旨味、そして雑味を感じさせないクリアな味わいに仕上げているという。

実際に筆者も味わったが、精米歩合18%とは思えないとろみのあるやわらかいテクスチャーと華やかな香り、そして旨味の広がりに驚いた。このフラグシップ酒は、世界最大級のワインコンテスト「IWC(インターナショナルワインチャレンジ)2019」で、スタートアップで手掛けた酒では初の金賞を受賞。その後も世界で、5年の間に10を超える賞を獲得した。

激戦区で勝つための販売戦略

「世界で1番の日本酒激戦区は日本。激戦区で勝てないブランドが世界で勝てるわけがないというのが僕のポリシーです」と、はじめに日本での地盤固めを行ったSAKE HUNDRED。では、いかにして売上を上げていったのか? その答えはいたってシンプルだった。

「努力と根性です。もうとにかく営業をしまくっています。ラグジュアリーブランドを目指しているからといって別に優雅にやっているわけじゃなく、裏にはものすごい営業努力があります」

創業当時、百光を持っていくと"高い酒は売れない"と言われることもしばしば。だが、落ち込むことはなかったという。

「(高い酒が売れないのは)僕たちがいなかったから。僕たちがやろうと思っているから売れる。(商品に)すごく自信があるので、認めてもらえないことは残念だなとは思いますが、へこんだり、揺らいだりすることは1秒もありませんでした」と、その熱意を語った。

その後、一流といわれるラグジュアリーホテルやミシュランの星付きレストランを中心に、地道に、そして熱心に魅力を伝え続けた。すると、徐々にその価値が認められ、各店のメニューにリストアップされるようになる。また、カンヌ国際映画祭やG20関連カンファレンスでも提供され、その地位を確立させていった。

進化し続ける「百光」

こうして、ラグジュアリー日本酒として人気を博すようになった「百光」。だが、他社とさらなる差別化を図るため、2024年醸造の百光から"ある原材料"を変えた。

それが、麹をつくるときに使われる菌「種麹」である。日本酒づくりにおいて重要な工程を『一麹・二酛・三造り(いちこうじ・にもと・さんつくり)』と表現するが、麹は味わいを決める上で最も重要な役割を担う。

「多様性が大事だと言われる日本酒ですが、酒造りに使われる種麹の選択肢はあまり多くありません」と生駒氏。

そこでSAKE HUNDREDでは、種麹屋の協力のもとオリジナルの種麹づくりに挑戦し、原材料からの差別化を図った。百光では、そのオリジナル種麹を使用することで、より理想の味わいを実現しているという。

「(酒蔵を持たないブランドだけに)造りがいいだけでしょと言われかねない。ですが、PDCAを回してつくった種麹を持っていき、これを使っているから美味しいんですよと伝える。営業やブランディングだけでなく、研究など常に新しいことをやっています」

SAKE HUNDREDは酒蔵を持たないが、実は社員が企業研究生として東京農業大学で研究に取り組んでいる。麹と同じく酒の香味を大きく左右する「酵母」という菌があるのだが、この菌は土や木、葉など自然界に多く存在する。生駒氏はそれらを自ら採取し、オリジナル酵母として生み出すために提案。同ブランドでは、将来それらを使い、新たに至極の一品を生み出そうと必死に研究を行っている。

「百光」の楽しみ方

百光はどう楽しむとよいのだろう?

「基本的にお客様が美味しいと思う方法をとっていただければと思いますが、百光は温度が低い方が甘みが研ぎ澄まされます。少し酸がたって、非常にいいバランスになるんです。冷凍庫に入れて、マイナス2度~マイナス5度ぐらいになったときに飲んでいただくとシャープな味になって最高です。冷やしてキンキンの状態で飲んだあとは、室温で自然と温度を上げると膨らみが出てきて美味しいです。その変化も楽しんでほしいですね」

では、食べ物と合わせるなら?

「シャインマスカットが手軽で間違いないペアリングです。ほかにも爽やかで甘酸っぱい酸味があるような桃などの果物もおすすめ。白身魚とも合いますし、レモンをしぼれば味のブリッジをしてくれます」

今後の展望は?

「引き続き、オリジナルの酵母で(商品を)つくっていきたいと思いますし、酵母の開発は続けていきます。ただ、完成はないので"今より美味しいものは何か"を追い続ける旅なんだろうと思います」

新型コロナウイルス拡大の影響で断念したリアル店舗についても尋ねてみると、「ブランドづくりはリアルな体験もセット。エルメスで体験したことを、今度は提供する側になりたいですね」と、まっすぐな眼差しで伝えてくれた。

日本酒ブランドを越え、世界のラグジュアリーブランドを目指すSAKE HUNDREDの100年先を照らす挑戦は今後も続く。

写真:曳野若菜