内視鏡検査(胃カメラ)中にAIによって医師の診断をサポートする「内視鏡AI」を開発した、AIメディカルサービスの多田智裕CEO。
灘高・東大医学部・東大病院勤務とエリートコースを歩み、今も医師と経営者の2足の草鞋(わらじ)を履く多田さんが、仕事を行う上で大切にしていることとは?
多田さんの著書『東大病院をやめて埼玉で開業医になった僕が世界をめざしてAIスタートアップを立ち上げた話』(東洋経済新報社)より、一部をご紹介します。
世界142施設と共同研究ができた
私の人生の折々に、理解者や協力者、応援してくれる仲間がいました。
どんな人でも一人ですべてのことはできません。
自分の損得ばかりで、相手側のメリットを考えないような人には、人は手を差し伸べません。他人に物事を任せることができない人も、大きな仕事はできません。
大きなことを成し遂げるために必須になってくる、簡単なようでいて難しい、「連帯する力」についてお話ししたいと思います。
AIメディカルサービスでは、2024年3月現在まで、142の医療機関から内視鏡の動画データを提供していただき、共同研究という形で連携しています。
2017年に研究を始めた頃は、がん研有明病院、東葛辻仲病院、ららぽーと横浜クリニック、私が始めた「ただともひろ胃腸科肛門科」の4つの医療機関のデータだけを使っていました。
医療機関にとって、医療データが極めて重要なものであることはご想像いただけるでしょう。しかも、個人情報のかたまりでもあります。おいそれと、データを外に提供することはありません。
もし、彼らがデータを提供してくれるとすれば、データをきちんと適切に活用してくれると確信できる相手であるときにかぎられます。
カギとなったのは、研究成果が出るたびに、そのつど論文でしっかりと発表してきたことだと思います。論文は、第三者がきちんとレビューし、その査読(学術論文に投稿された論文をその学問分野の専門家が読んで、内容の査定を行うこと)内容にきちんと返答して修正してからでしか出せません。
142の医療機関の中には海外の医療機関も含まれていますが、これも私たちの論文をちゃんと読んで、内容に共感してくれたからだと思います。
一人でやろうとしなかったからこそ
私たちの研究グループは、2024年3月時点で50本を超える論文を発表しています。
今では内視鏡AIの領域では、世界の研究の3分の1くらいを私たちが扱っているのではないか、と思えるところまで来ています。研究開発においては、間違いなくトップランナーと断言していいでしょう。日本ではなく、世界で、です。
おかげで、米国に行っても、シンガポールに行っても、「多田さん、あなたに会うのは初めてだけど、あなたの論文はずっと読んでいたよ」と言われます。
論文に関しては、2018年の途中からは、私は監修に回っています。
テレビのプロデューサーと同じで、おおまかな方針を決めて、あとは現場の優秀なスタッフに番組をつくってもらうスタイルのようなものかと思います。論文の大きな方向性を固めたあとは、複数の優れた先生方に委ねるようにしました。
たくさんの論文を出すことができているのは、このスタイルにしていることも大きいとです。すべて自分一人でやろうとしたら、こんなに論文を書くことはまずできないでしょう。
思い起こせば、クリニックも一人だけでやろうとはしませんでした。開業時は、常勤医は私だけで、あとは非常勤医師という顔ぶれでスタートしました。
その後、内視鏡検査数が年間8,000件規模になると、現実問題として回せなくなり、常勤医こそ置きませんでしたが、東大やがん研有明病院などから来た先生、大学院生や後輩など多くの人に手伝ってもらっていました。こうしたチームワークで、高いクオリティを保つことができたと思います。
ただ、日本にあるクリニックの9割以上は一人開業医。自分の理想の医療を突きつめたいと思うと、自分自身で全部やるのが確実だからです。
それは一つの考え方であり、否定はしません。実際、人に任せるよりも自分がやったほうが早いのは当然です。開業前に、あるクリニックの先生からこんな話を聞いたことがあります。
ある大学院生に内視鏡を任せたところ、患者さんから「痛かった」と何度かお叱りをいただいたそうです。バイト代を払ったうえにクレームが来る。いいことありませんよね。
それでもその先生は彼に任せ続けました。痛がる患者さんには鎮静剤を打って5分以内に検査を終わらせること、それでもだめなら患者さんには迷惑がかからないようにほかの医師が介入するから、というルールもつくって「やってみろ」と言い続けたそうです。
1年間はなかなかうまくいかなかったそうですが、3年から4年経過する頃にはみるみる上達し、クリニックに欠かせない戦力となりました。
人に何かを任せるときは、点ではなくて、線で物事を見るべきだという例です。
「多田君、別に組織を大きくしたくないのだったら、自分の目の届く範囲でやればいい。けれど、大きくするのであれば、最初に仕事を任せる大変な時期は乗り越えないとだめなことだよ」
この先生はそうおっしゃっていました。
仕事を人に任せるうえで大切なこと
どんな仕事でも、最初は誰でもミスします。自分でやったほうが早いし、ミスされて、自分がカバーして、しかも給料が払われている…… 割に合わないと思うこともあるでしょう。ただそれは、部下を成長させ、会社を大きくするために、誰しも越えなければいけない壁です。
クリニックを開業して一つわかったことがありました。適正にお金を使うと、それがもっと大きくなって返ってくるのです。
がんばってくれる人にはもちろん気持ちでも報いますが、きちんとお金でも報いるべきです。
がんばりに対して目に見える形でも報いること。人に何かを任せるうえでカギになると思います。4人でスタートしたAIメディカルサービスは、今では100人を超える規模にまで大きくなっています。
違う人たちと連帯することの重要性
連帯といっても、同じような価値観の人間と交流するのとはまったく違います。自分とは違う考え方を持つ人、社内なら別の部署、もっと広く別の業界の人と連帯することで、新しい価値を生み出そうという意味です。
卑近な例でいえば、セミナー一つ開くのでも、自社だけでやるより、他社と共同開催するほうがよほど効果が期待できます。費用は半額で済みますし、お互いのネットワークを使って宣伝できるので、たくさんの来場者も見込めます。
いわば、コストは半額、集客は2倍です。セミナーの内容もバラエティーに富みますから、満足度も高いでしょう。
そういう点では、業界団体の活動というのも意味があると思います。私も、AI医療機器を開発するスタートアップでつくる「AI医療機器協議会」を発足させ、会長としてスタートアップ同士の連携を推進しています。
新規分野であるAI医療機器や、プログラム医療機器については、定まっていないことがまだたくさんあります。
自分たちの開発しているプログラムは医療機器に該当するのかどうか、薬事承認はどうやって取ったらいいのか、患者さんの個人情報や医療データはどのように同意を取って集めるのか。
関連する法律も個人情報保護法であったり、薬機法であったり、臨床研究法であったりとさまざまです。
得てして「誰かに聞けば〝秒〟で終わるのに」ということでつまずいたり、悩んだりするものです。その点、協議会内では最新の情報やベストプラクティスを共有し合えますので、みんながウィン・ウィンになっていると思います。
多様性の科学
最後に、自分とは違う考え方を持つ人と連帯することの大切さについて、もう一つだけ付け加えたいと思います。
マシュー・サイドさんが書いた『多様性の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)があります。
私も読んで、一番響いたのは、「天才でも難しいことにチャレンジした場合にイノベーションを起こす確率は18%ぐらいしかない。一方、凡人でも多くの人が集まって、いろんな考え方を持ち寄った場合にイノベーションを起こす確率は99.9%に上がる」という部分です。
「9.11の米国テロは、CIAは優秀だが多様性に乏しい画一的集団だったから、発生を防げなかった。もし一人でもアラブ人がその中にいれば、予兆はつかめただろう」という話も出てきます。多様性がないと集合知が発揮できない、ということです。
一流の人ばかり集めれば、そこそこ成功はするけど、多様性のある意見を集めたほうがもっといい。一人でトライするのはもってのほかである。連帯力の重要性を見事に言い表していると思います。
著者プロフィール:多田智裕(ただ・ともひろ)
株式会社AIメディカルサービスCEO
1996年東京大学医学部卒業、2005年東京大学大学院医学系研究科外科学専攻修了。東京大学医学部附属病院などを経て、2006年「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。2017年AIメディカルサービスを設立。