レイヴェイが音楽観を大いに語る ジャズとクラシックの融合から生まれるロマンティシズム

レイヴェイ(Laufey)のサマーソニック出演は大きな反響があった。2023年、1日だけのブルーノート東京公演があっという間に完売になったこともあり、ようやく多くの人が彼女の音楽を体験することができた。レイヴェイが現れると真夏の幕張メッセにセピア色のサウンドが柔らかく降り注いでいた。SONIC STAGEがあんなに穏やかでゆったりとしたムードに包まれている光景を僕は初めて見た。紛れもなく特別な時間だったと思う。

1999年、アイスランド生まれ。バークリー音大の在学期間とロックダウンが重なったことから、自宅での弾き語りの動画をSNSにアップし始めると人気に火が付き、デビューEP「Typical of Me」はビリー・アイリッシュやBTS・Vが絶賛。2022年のデビューアルバム『Everything I Know About Love』で広く注目を集め、2作目の『Bewitched』は米ビルボードのジャズチャート1位を達成し、初のグラミー賞も獲得。最近では数千〜万単位の会場を続々とソールドアウトさせるなど、わずか3年足らずでスターの仲間入りを果たした。

そうして一気に大きな存在となったことから、サクセスストーリーの華やかさばかりにスポットが当たり、特異な作家性についてはまだ考察が行き届いていない印象も受ける。15歳でチェロのソリストとしてアイスランド交響楽団と共演。ジャズ・スタンダードやミュージカルナンバーを参照しながら、ノスタルジックな音作りのポップソングを生み出し、世界中の若い世代を魅了しているレイヴェイ。ノラ・ジョーンズからd4vd、スティーブン・サンチェス、ビーバドゥービーまで共演してきたZ世代のスターはどんな音楽家なのか。

なので今回の来日取材では音楽面にフォーカスして、じっくり話を聞いてみることにした。レイヴェイはどの質問にも饒舌に、明晰に答えてくれた。

人気イラストレーター・くらはしれい描き下ろし、「From The Start」日本版リリックビデオ

―あなたはアイスランド交響楽団でも演奏していましたよね。まずはクラシック音楽との関係について聞かせてください。

レイヴェイ:さまざまな影響の中で、クラシック音楽は深く浸透しているものの一つ。自然と私の表現になっている。クラシック音楽に精通している人はそれにすぐに気づくはず。ママはクラシックのミュージシャンで、祖父母は北京の音楽学校の先生をしていた。そんな環境で育ったからずっと身近な存在。ジャズを始めたのが13歳で、それまではクラシック音楽しか学んでこなかった。クラシックの要素はどの曲にも意識的に取り入れてる。

―特に好きなクラシック音楽のレパートリーは?

レイヴェイ:まずはエルガーの「チェロ協奏曲」。とてもロマンティックで、大のお気に入り。これはチェリストとしてのセレクト。

小さい頃からずっとピアノを弾いてきたけど、15歳の時にチェロに専念するためピアノレッスンをやめたの。何年間も毎日欠かさず練習してきたのに、いきなり疎遠になったからか、だんだん弾くのが怖くなっちゃって。間違って弾きたくないなとか、周りに下手だって思われたらいやだとか……そんな理由で、クラシックピアノはずっと避けていた。でも、2年前、LAに移住したのをきっかけに自分のピアノを買ったの。簡単な曲からまた弾き始めようって。間違わないようにしなきゃとか正しく弾かなきゃとか、余計なことは考えずにしようって。「間違えたってママや先生に怒られたりしない、ただ楽しもう!」って自分に言い聞かせながら。

(ピアノで言うと)私はフランス印象派が好き。ジャズっぽくて気に入ってるラヴェルのピアノ作品を弾いたり、ドビュッシーの子供向けの作品をよく弾いてる。

レイヴェイが選ぶクラシック楽曲のプレイリスト。エルガー「チェロ協奏曲」も18番目に収録

―クラシック音楽に精通することが今の自分に影響を与えているとしたら、どんな部分だと思いますか?

レイヴェイ:この質問には二つの答えがある。まず一つ目はスタミナ。クラシック音楽をやるなら、とにかく練習! 働き馬になる訓練をしなきゃいけない。幼い頃は、オーケストラやソリストになるわけでもないのに、こんなに訓練してても意味ないじゃんって思っていたけど、実はこの経験が私の土台になっているのが今ならわかる。

「どうやったらそんなに膨大な数のコンサートを立て続けにこなせるの?」ってよく聞かれるけど、私にとっては今までの積み重ねがあるからへっちゃら。今の私はどちらかというとポップミュージシャンとして活動しているから、批判や非難の声があるのが当たり前なんだって受け止める心、それに耐えることが必要で、そのマインドセットを持つにはエゴを捨てることが一番。私は自分が完璧だなんて思っていなくて、今でも「先生に怒られるんじゃないか、ちゃんとしなきゃ」みたいな気持ちがいつも心の片隅にある。でも、そういう姿勢こそが大事じゃないかなって思う。

二つ目は、ロマンティックな部分。クラシック音楽とジャズは不協和音において通じるものがある。極限まで不協和音が保たれていて、それが一音動いたらすべてが一瞬で調和することがある。それはまるで世界が元どおりになる瞬間のよう。私はそんな流れに魅了される。その緊張感はサード・ストリーム(1957年に作曲家のガンサー・シュラーガ提唱した、ジャズとクラシックの中間に位置するような音楽のこと)にある。私はそれを自分の音楽表現にも取り入れられたらと思っていて……って、そんな難しい話をしたいわけじゃないんだけどね。自分の音楽の間口を私自身の言葉で狭めたくはないし。でも、頭の中ではそういったことを考えているってこと。

サマーソニック東京会場で撮影(Photo by Nicole Mago)

―バークリー音大で学んでいたんですよね。専攻は何ですか?

レイヴェイ:実は音楽ビジネス。

―ヘえ!

レイヴェイ:チェロのパフォーマンスと同時に専攻していたの。でも、私のキャリアはコロナ禍にオンラインで動画の投稿を始めたことで一気にスタートしてしまった。なので、はやく卒業して仕事をしようとチェロの専攻を中退して、1年早く卒業して、ロサンゼルスに引っ越したという感じ。

音楽ビジネスを学んだのは実用的な側面から。他にもいろんな関連科目を受講することはできたんだけど、私は高校で経済学を専攻していたからすでに予備知識があった。だから、重複していた内容もあったりで案外楽勝だったな(笑)。そのおかげで大学時代は作曲や練習に集中できたっていうのはある。

―ジャズはどんな感じで学んだんですか。もしかして独学?

レイヴェイ:ええ。音源を聴いて、(フレーズを)譜面に書き起こして、それを練習して……の繰り返し。でも、アイスランドの高校時代にはジャズボーカルの先生からスタンダードやテクニックを教えてもらったし、バークリーでもジャズとクラシックを半々で学んでいる。それに、バークリー時代にはジャズコンボもやってたんだ。初めての経験だったし、すっごくおもしろかった。

―ジャズコンボでチェロを弾いてたんですか?

レイヴェイ:そう! 「バークリーで本物のミュージシャンと演奏するんだ!」って張り切りまくりの男子生徒のグループに入れられた(笑)。私はチェロを片手にただただ立ち尽くしちゃって。でも、学びってそういうものでしょ? 彼らが即興を始めたら、ピットに駆り出された私はとにかくやるしかない。すごく怖かったけど大きな学びがあった。バークリーでは音楽ビジネスとは別に、ジャズのハーモニー、イヤートレーニング、アレンジなど、ジャズに特化したことも学んできたかな。

レイヴェイが選ぶジャズ楽曲のプレイリスト

―チェロでジャズをやっていたということは、ロン・カーターやサム・ジョーンズがチェロで弾いていた音源も聴いてたりしましたか?

レイヴェイ:そう。でも、当時はずっとジャズ・チェリスト以外の音楽を探してた。ジャズコンボをやっていて、唯一教えてくれたのはマイク・ブロック先生で、彼の授業以外に(ジャズにおけるチェロ演奏を)学ぶ機会はなかった。チョッピングのテクニックは伴奏のために独学で覚えたし。でも、チェロが入っているジャズのアルバムはいつも探していた。クラシック音楽は(譜面を)読むことから学んでいくけど、ジャズってやっぱり耳から学ぶものだと思うから。それでもなかなか出会えなかったから、チェット・ベイカーやマイルス・デイヴィスのソロ作品を書き起こしたりしてきた。

ミュージカルからの影響「惹かれるのはシネマティックな音楽」

―あなたは度々グレート・アメリカン・ソングブックやジャズのスタンダードを取り上げたり、その影響について言及しています。それらの魅力はどんなところにあると思いますか?

レイヴェイ:私はメロディとコードのコンビネーションに魅力があると思っている。とにかくジャズの歪んだコードが好きで、綺麗すぎるポップなコードってちょっと退屈。音楽の美しさって音の緊張感にあると思うから。

それに私はミュージカルが大好き。ジャズ・スタンダードのボーカルパートはミュージカルを参考にしている。ミュージカルって数秒でメッセージを伝えなきゃならないから、歌詞はすべてストレートな表現になっているでしょ。何を食べてるとか、天気はどうとか、何を着てるだとか……情景がビビッドに想像できて、隠しごとがない感じ。それってロマンティックだなって思うから。

―特に好きな曲ってありますか?

レイヴェイ:ありすぎるから答えるのは無理! 強いてあげるなら、「Everything Happens to Me」は大好きな一曲で、TikTokで流れててもおかしくないような現代的な曲だなって思う。出かけたらいつも天気が悪いし、パーティーを開けば文句を言われるし、極めつけにはいつも間違った相手に恋する。何をやってもうまくいかない人生を書き連ねた歌詞はすごくセンチメントで、ロマンティック。他に好きな曲……うーん、ありすぎてまったく選べない。私にとって、これってすごくいじわるな質問だと思う(笑)。

―すみません(笑)。グレート・アメリカン・ソングブックに関して、あなたに影響を与えた作曲家でいうと誰になりますか?

レイヴェイ:私の影響源の大半はグレート・アメリカン・ソングブック。その中でも最も影響が大きいのは、ジョージ・ガーシュウィンとアイラ・ガーシュウィンかな。(ジョージ・)ガーシュウィンは、ジャズとクラシックの融合を成功させた作曲家だと思うから。彼は両方とも十分に理解していたから、どちらのコミュニティも彼を作曲家として認めていたし、二つのジャンルを行き来しても違和感を感じさせなかった。「ラプソディ・イン・ブルー」「ピアノ協奏曲」は名作だし、「But Not for Me」「Embraceable You」もジャズミュージシャンなら誰でも知っている。ちなみに、私のお気に入りのミュージカルは彼の書いた「巴里のアメリカ人」。

―どんなところが好きなんですか?

レイヴェイ:ストーリーが明快で、とてもロマンティック。なんたって舞台はパリ! 色彩豊かで、アバンギャルドな演出。クラシック・バレエの要素も含まれたモダンダンス、ジャズ、クラシック、すべてが詰め込まれた世界観が大好き。「But Not for Me」「'S Wonderful「Liza」と、お気に入りのジャズスタンダードばかり使われているしね。

―今、ミュージカルやダンスの話をされてましたが、映像的な音楽やストーリー、情景が見えるものに特に惹かれてきたのではないですか?

レイヴェイ:まさにそう。強く惹かれる音楽はある意味でシネマティック。それは映画音楽って意味じゃなくてね。映画音楽に関しては最近気になってるジャンルって感じ。壮大な風景ってやっぱり魅力的! 私はビジュアルから学ぶタイプだから。

―自分で曲を書く時も、視覚的な感覚やストーリーテリングを念頭に置いている?

レイヴェイ:ええ。すべての曲にはストーリーがある。特別意識しているわけじゃないけど、一枚の写真をもとに歌詞を書いていく感じ。そうやって曲を作っている。

サマーソニック大阪会場で撮影(Photo by Nicole Mago)

音楽を作るのは「この世界の誰か」のために

―あなたの音楽は印象的なストリングスが添えられていたりアレンジが多彩ですよね。そこも映像的だなって思います。作曲時にアレンジもセットで浮かんできたりしますか?

レイヴェイ:うん。私にとって、歌とストリングスは同じくらい大事なもの。作曲時には歌声とチェロを特に意識している。歌声とチェロは補完関係にあるけど、実際のところストリングスに時間を費やしているほうが多いと思う。それにストリングスのアレンジを考えるのはすごく楽しい。プロデューサーのスペンサー(・スチュワート)と一緒に制作していて、彼は映画音楽、私はクラシック音楽のバックグラウンドを持っているから、その中間点を探るのがいつも楽しい。制作は、最初に私がメロディを書いて、そこにいろいろ付け加えてレコーディングして、そこにまた付け加えて……っていう繰り返し。レコーディングの大半はチェロだけなんだけど、まるでオーケストラが演奏してるように聴こえるでしょ?

レイヴェイがチェロを弾く/ストリングス・アレンジを手掛けた楽曲のプレイリスト

―たしかに。最新作の『Bewitched』を聴いていると、ピアノの響きの質感や音色が曲ごとにまったく違っていたり、すごく細かな音作りをしているように思いました。そういった響きや質感も作曲時に一緒に浮かんでくるんですか?

レイヴェイ:壮大でシネマティックな曲になるか、ボーカルのトーンやストーリーテリングを重視した曲になるかは直感でわかるかな。『Bewitched』は曲それぞれが個性を持っていて、それを生かしたアルバムにしたかった。ミュージシャンとしてのいろんな側面を映し出したいから、似たようなサウンドばかりの曲は作りたくなかったのもある。異なる響きやスタイルがあるにも関わらず、それを歌って作曲してプロデュースしているのは私。その一点ですべては繋がり合っている。どの曲もそれぞれの色を持っているって素敵だと思う。

―『Bewitched』では、これまでよりも多様なノスタルジックさを参照しているような気がしました。どんな音楽がインスピレーションになっていたんですか?

レイヴェイ:ボサノヴァをたくさん聴いていて、特にアストラッド・ジルベルトの『Beach Samba』は大好き。ちょっと風変わりで陽気で、いい意味で洗練されてない。その雰囲気はすごく参考にしている。それに、あの玩具みたいなサウンドも絶対に取り入れたかった。それから、昔のカントリーもよく聴いていたかな。クラシック音楽はもちろん、エラ・フィッツジェラルドにチェット・ベイカー……でも、『Bewitched』の一番のインスピレーション源を挙げるとすれば、やっぱり『Beach Samba』かな。

―A&M系のポップなボサノヴァってことですか、なるほど。

レイヴェイ:あと、あのアルバムでは、すべて生楽器のサウンドを使いたかった。シンセとか電子楽器は使いたくなかったってこと。これは自分への挑戦でもある。生楽器だけのサウンドで若いオーディエンスを失わずにいられるかってチャレンジ。最近の音楽って、ほとんどがプログラミングされてるでしょ? 私のEPだってそうだった。それは単にオーケストラやミュージシャンに依頼する予算がなかったからなんだけどね(笑)。あの頃は金銭的な問題でできなかったけど、今はやっと本物のサウンドで自分のアルバムを作れるようになった。だから、どうすれば昔の音楽をリファレンスしたアルバムが作ることができるのか、「Lo-Fiのフィルター」を通さずに(本物の)昔のようなサウンドを作れるか考えた。そのためにビンテージのマイクや、昔のレコーディングテクニックを使ってみたりもしている。

―ビンテージのマイクを使うアイディアは、あなた自身が指示を出したんですか?

レイヴェイ:うん。

―エンジニアリングやミックスに関しても知識があるんですか?

レイヴェイ:いや、バークリーでは授業を取っていたけどテクニカルなことはすごく苦手。私ってシンプルな人間だから(笑)「そうだ、チェット・ベイカーが使っていたマイクを使おう!」とか、そういったアイデアをパッと思いつく程度かな。自分でもうまくできたらいいんだけどね……まあでも、周りにすばらしいエンジニアたちがいるから大丈夫。

―自分の音楽にどういう音がふさわしいのか、自分でわかっているってことですよね?

レイヴェイ:もちろん!

サマーソニック東京会場で撮影(Photo by Nicole Mago)

―最後に少し大きな質問を。あなたはSNSなどでファンと交流し、ファンのリクエストやアイディアを曲に反映させたりしてきましたよね。それで思ったんですが、もともと音楽は個人の表現だけでなく、自分のコミュニティのために作って演奏されてきたものです。作った曲を「アーティストのもの」ではなく、「みんな=リスナーのもの」としてシェアするあなたのやり方は、大昔の音楽のあり方に立ち戻っているようにも思いました。あなたにとって音楽を作り、ストーリーをシェアすることはどんな意味をもつ行為なのでしょう?

レイヴェイ:私が聴いてきた数々の音楽には、ある目的を持って作られたものがあった。例えば、宮廷で王様に捧げられた音楽。それは娯楽であって、喜びや悲しみ、感情を引き起こす目的があった。誰かのために目的を持って音楽を作ることは、私が作り手になる以前――私が演奏者であり、リスナーだった時から音楽に求めていること。

自己満足のために音楽を作ろうとはまったく思わない。内側で塞ぎ込んでいる気持ちを「アート」という形で昇華することで、この世界の誰かに届いて、たった一人でもいい、誰かの救いになるとしたら、それが私の救いにもなる。音楽制作はセラピーのようなものでもあると思う。だから私はコミュニティに向けて音楽を作っているし、ファンのみんながどう思ったか、何が共鳴したのか知りたい。もし自分のためだけに音楽を作るなら、わざわざ世に出す必要はないと私は思ってしまう。私はみんなの声が聞きたい。それは会話みたいなもの。こういう方法で音楽を作るのも一つの芸術だと思っている。

レイヴェイ

『Bewitched: The Goddess Edition』

日本盤CD:発売中

再生・購入:https://LaufeyJP.lnk.to/BewitchedTheGoddessEditionJapan