女性の多くが便秘などで悩んでいるが、あなたの腸の不調が将来生まれる赤ちゃんの学習能力や集中力、運動能力、情緒、アレルギーや免疫に悪影響を与えるとしたら…? 昨今「腸活」がブームだがここ30年ほどの研究で、母親の「腸活」状態が、子どもの脳機能、免疫機能などにも関与することがわかってきた。なぜ母体の腸内細菌が赤ちゃんにまで影響を及ぼすのか。また母親はいつ頃からどんなものを食べればいいのか。そして産後は…?

女性、子どもたちの診療をしている赤坂ファミリークリニック院長の伊藤明子先生に聞いてきた。

■お母さんの腸内細菌が子どもの免疫や学習能力、運動能力などに影響を与えるメカニズム

まず前提として、腸内細菌は私たち人間の健康全般に影響を持つ。およそ30年ほど前から活発に研究されていることであり、そのなかで妊婦においての腸内細菌と産まれてくる赤ちゃんの腸内細菌には相関関係があることがわかってきた。

「妊婦さんの健康状態そのものを形成するものの一つが腸内細菌。そしてお母さんが持つ腸内細菌は胎児の免疫や情緒、脳の機能、神経発達に強く影響していきます。では“いつ”それが赤ちゃんに触れるのか。その一つにタイミングは自然分娩、いわゆる経腟分娩の際。出産時に、赤ちゃんがお母さんの腸内細菌に曝露されます」(伊藤先生/以下同)

腸内細菌と一口にいうが、腸内にいるのは細菌だけではなくウイルスや菌もいるため、正確には「腸内微生物叢(そう)」と呼ぶ。そして妊娠時は非妊娠時の1.5倍の栄養を摂らなければならないが、多くの母親は十分な栄養を摂れていない。タンパク質をはじめ、ビタミン、ミネラル、食物繊維…それらが足りないだけで母親の腸内環境は乱れる。

「腸内には、あえて分けるならばいわゆる善玉菌と悪玉菌、そして環境によって善玉にも悪玉にもなりえる日和見菌(どっちつかず菌)がいますが、上記の栄養素が足りないだけでお母さんの腸内微生物叢は悪化。悪化すると腸内の微生物たちも悪玉化します。悪玉化すると微生物は生き物ですからさまざまな代謝物を分泌します。悪玉菌は私たちの体、心身に悪い影響を与えますし、逆に善玉菌は短鎖脂肪酸という私たちのからに役立つ代謝物を分泌します。これらが血液循環に乗り脳や全身へ。また血液以外のルート経路でも短鎖脂肪酸は影響するので、脳、皮膚、免疫の状況に確実な影響をもたらします」

そしてこれが出産時に赤ちゃんが母体と触れ合って受け取っていく。母体が食物繊維が少なく高脂肪食ばかり食べていると生まれた胎児の免疫、神経、発達、脳の機能にも影響する。このように「腸活」は健康な赤ちゃんを産む上で非常に重要なファクターなのだ。

■社会だけではなく、「腸内の微生物」も「多様性」がキーワードに

ゆえに「帝王切開」では母親の腸内微生物叢を赤ちゃんはあまり受け取れない。腸内微生物叢は、多様であればあるほど健康につながり、帝王切開では赤ちゃんの腸内微生物叢の情報の多様性が限られてしまう。ゆえにアメリカなどでは、帝王切開で産まれた赤子には新生児用のプロバイオティクス(善玉菌)をすぐに投与する医療機関もある。

伊藤先生曰く「私のクリニックでは行っていますが日本では乳児期早期のプロバイオティクスの案内はまだ少数派。だが取り返しがつかないというわけではなく、「帝王切開」は便宜産科の先生たちの判断で適切に行われている。

さて、アレルギー関連の学会では、「アレルギーはお腹から治しましょう」と研究に基づいて推奨されることもある。善玉菌=プロバイオティクスをしっかり摂り入れ、さらにはその餌となるプレバイオティクス…特に水溶性の食物繊維をしっかり摂ることでアレルギーが改善するという研究が複数ある。

免疫細胞である白血球、そのうちのリンパ球の一種であるT細胞がアレルギーの発症に関与しており、全身の免疫細胞の約7割が腸管に存在するため、腸内環境がアレルギーに関わっている。

「次に脳機能ですが、例えば記憶力や判断力、学習能力、マルチタスキングや集中力など知的活動にも短鎖脂肪酸が関与しています。情緒にも短鎖脂肪酸は影響します。つまり腸内の微生物叢が整うことと精神面を含む脳機能の向上が期待できます。腸と脳の双方向のつながりがあり、それを“腸脳相関”と呼びます」

そして産後の栄養によって、赤ちゃんの腸内微生物叢が影響を受けて変化し、それに伴なって赤ちゃんの免疫や脳機能も影響を受ける。母乳には赤ちゃんの免疫のために必要な免疫グロブリンなどの重要な成分が豊富である。母乳栄養は赤ちゃんの腸内環境バランスを整えるためにも重要である。ただ、母乳に不足している栄養素にビタミンDと鉄があり、特にビタミンDと腸内環境は関与している。

伊藤先生は「ビタミンD不足により、骨が歪む病気になる日本の子どもが5年間で4倍増加した」ことを示す論文を書いている。

「ビタミンDは日光浴で摂れますが、紫外線にあたることは皮膚の老化や皮膚がんの原因にもなってしまうことには注意が必要です。食べ物では卵の黄身、サーモン、イワシなど。サプリでも摂れます。また日本は貧血大国ともいわれ、ほとんどのお母さんたちが鉄不足で貧血状態。粉ミルクにはビタミンDも鉄分も入っていますが、それでも赤ちゃんには足りないこともあります。

生後5ヶ月からの離乳食に関しては日本は「十倍粥」が一般的だが、メリカでは離乳食からオートミール、ヨーロッパでも野菜から始めている。日本でもオートミールやもち麦や雑穀をやわらかく煮込んだものなどの全粒雑穀、つまり食物繊維がしっかり入ったものを赤ちゃんに上げることで赤ちゃんの免疫を上げ、脳機能を上げるのに重要とされる。

■産まれてくる子どものために「腸活」を始めるのは「マイナス2年」

では、その“腸活”のために何を食べれば良いのか。「まずプロバイオティクス(善玉菌)でいえば、味噌、発酵食品、ぬか漬けなどのお漬物、お醤油が有効です。プレバイオティクス(善玉菌の餌となる食物繊維)では、もち麦、全粒雑穀、小麦ブランなどが善玉菌を増やします。特にもち麦はβ-グルカンという高い発酵性を有する食物繊維が群を抜いて含まれ、白米と一緒に炊けるので調理も簡単。カレーやオムライスなど子どもが喜ぶメニューにも使えますし、レジスタントスターチという難消化成分は冷やすと増える性質があるので、おにぎりにするのも効果的ですね」とのこと。

翻って母体から赤ちゃんへの腸内の微生物叢の影響でいえば、「ではいつ頃から腸活すれば、上記の食品を食べればいいのか」という質問が湧くが、これに伊藤先生は「マイナス2年です」と回答。受精よりずっと以前からの腸内微生物叢の多様化が重要なので、赤ちゃんのためには早く始めるにこしたことがない。

ちなみにこれは男性にもいえる。腸内微生物叢は全身の健康に影響するため、男性の遺伝子情報に影響する。男性側も自分の健康のためだけではなく未来の子どものために栄養状態を改善し、その一つである腸活も非常な大事だ。

「腸活をすることで免疫も脳機能、皮膚にもよい作用が期待できます。お子さんの免疫や脳機能にも関わるので、ぜひ“腸活”を始めてみてください」

伊藤明子先生


小児科医、社会医学系の専門医(公衆衛生学)。東京大学医学部附属病院小児科医。赤坂ファミリークリニック院長、NPO法人Healthy Children, Healthy Lives代表理事。東京外国語大学卒、帝京大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科卒。同時通訳者。医学系学会での会議通訳、米国大統領をはじめ数々の国賓の通訳に従事。近著に「小児科医が教える『頭のいい子が食べている最強レシピ』」宝島社。テレビ・ラジオ・雑誌等各メディアに多数出演・掲載。2児の母。