傑作映画『チャレンジャーズ』配信開始 NINトレント・レズナー&アッティカスが「テクノ」を探求した理由とは?

ゼンデイヤ主演、ルカ・グァダニーノ監督による衝撃作『チャレンジャーズ』が早くもU-NEXTAmazonプライム・ビデオAppleTVなどで配信開始。トレント・レズナー&アッティカス・ロスによるスコアも話題の本作(サントラ日本盤CDは今秋リリース予定)。その音楽面を荒野政寿(シンコーミュージック)に解説してもらった。

進化しつづける2人の映画音楽

今年はナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)周辺が騒がしい。トレント・レズナーは4月にGQのインタビューでNINの新作のアイディアについてほのめかしたほか、ファッションブランド立ち上げや音楽フェスの計画、ゲーム会社と提携したプロジェクトも進めていることを明かした。先ごろドクターマーチンとのコラボで『The Downward Spiral』リリース30周年記念のブーツが発売されたのも、そうした新規ビジネスの流れからだろう。

Photo by John Crawford

アッティカス・ロスとのコンビで続けてきた映画音楽の仕事もすこぶる順調だ。ふたりが手がけたデヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)がゴールデングローブ賞とアカデミー作曲賞を獲得してから、このコンビは『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)と続けてフィンチャー作品の音楽を担当していずれも好評を得た。続いて2016年に『地球が壊れる前に』『パトリオット・デイ』などの音楽を制作。同年12月にNINが発表したEP『Not The Actual Events』から、長年彼らのレコーディングに参加してきたアッティカスがメンバーへと昇格した(現在のNINはトレントとアッティカス、2人のみが”正式メンバー”)。

ふたりは2018年にも『Mid90s ミッドナインティーズ』『バード・ボックス』の音楽を手がける一方、NINとしてアルバム『Bad Witch』をリリース、ソニックマニアとサマーソニック(大阪)に出演するため来日した。同年12月にはリル・ナズ・XがNINの「34 Ghosts IV」をサンプリングした「Old Town Road」をリリース、米・英シングルチャートで1位を獲得するビッグヒットとなり、楽曲の使用を許可したトレントも脚光を浴びた。

コロナ禍真っ最中の2020年3月、NINはステイホーム中のファンに向けて『Ghosts』シリーズの『V: Together』『VI: Locusts』を無料でリリース。そして11月にはNINの”ロックの殿堂”入りが実現した。この年ふたりはデヴィッド・フィンチャー監督の『Mank / マンク』と、アニメ映画『ソウルフル・ワールド』の音楽を手がけ、後者は翌年、2つ目のアカデミー作曲賞をこのコンビにもたらしている。また、2021年にはトレント・レズナー&アッティカス・ロス名義でホールジーのアルバム『If I Can't Have Love, I Want Power』をプロデュースし、ソングライティングや演奏でも大いに貢献。妊娠・出産をテーマにした本作はホールジーのイメージを覆す陰影に富んだ作品になったが、米2位・英5位と好セールスを記録した。

当初はNINの課外活動として見られがちだったトレント&アッティカスの映画音楽作りは、今やすっかり活動の中心にあり、表現の幅も作を重ねるごとに拡がっている。2022年に手がけた『エンパイア・オブ・ライト』がピアノの響きを中心とした静的な作風で統一されていたのに対し、『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』ではNIN寄りのビートを強調した楽曲も披露した。かと思えば、2023年に手がけたデヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』では”劇伴”に徹し、効果音的にエレクトロノイズを使用した曲、アンビエント寄りの曲も提供。2019年に手がけた『WAVES/ウェイブス』からの流れを感じさせる作風になっていた。

『チャレンジャーズ』における音楽面の探求

今年音楽を担当した『チャレンジャーズ』のルカ・グァダニーノ監督は、2022年の『ボーンズ アンド オール』に続くコラボ。グァダニーノ監督のリクエストを踏まえてアコースティック・ギターをフィーチャーした『ボーンズ アンド オール』の音楽はトレント&アッティカスにとって異色の試みだった。今回『チャレンジャーズ』の音楽をふたりに依頼するに当たって、グァダニーノ監督はメールで”A very sexxxxxxy movie”という風にイメージを伝えてきた、とアッティカスは語っている。監督はさらに、「レイヴコンサートとかハウスミュージックみたいな音楽はどうかな?」と具体的な提案もしてきたそう。以下は映画のプレスリリースから、トレントの発言だ。

「表面的にはテニスの話だけど、本来はテニスではなく、登場人物3人の関係についての映画だ。グァダニーノが持ってくるアイデアはいつも予想外なんだ。彼が求めていたものは、絶えずリズムを刻み続けるようなエレクトロミュージックを基盤にしたものだった。『今までに経験したことのないような勢いがある音楽が欲しい。映画の最初から最後まで乗せて行ってくれるような音楽だよ』と、彼は話してくれた」

『チャレンジャーズ』の音楽面を語るトレント・レズナー、アッティカス・ロス

三角関係にあるキャラクター……タシ・ダンカン(ゼンデイヤ)、ジョシュ・オコナー(パトリック・ズワイグ)、アート・ドナルドソン(マイク・フェイスト)について、グァダニーノ監督はLittle White Liesのインタビューで、「タシがすべてを動かしていると思っている。(中略)しかし、ある意味、彼女はアートとパトリックによって作られた」と、複雑に絡み合う3人の関係を説明している。「テニスの試合は見ない。私にとっては退屈だ」と告白するグァダニーノ監督は、マーティン・スコセッシが監督した『ハスラー2』(1986年)や、オムニバス映画『ニューヨーク・ストーリー』(1989年)の一編、『ライフ・レッスン』の感情表現を思い返し、アルフレッド・ヒッチコック監督の緊張を生み出す手法についても考えながら製作を進めたそうだ。「感情の流れ、視覚の流れ、カメラの視線、それがストーリーにどのように作用するかに興味があった」という彼は、スコアにもその”流れ”にフィットするムードを求めたのだろう。

監督との打ち合わせ後、トレントは「テクノをツールキットみたいに使おう。テクノを1つの楽器として使い、それを基盤にどのようにストーリーを感動的に届けられるだろう?」と考え、「このテンボで、どうしたら音楽に勢いを感じるのか、どんな音楽ならライバルと競う感覚、そして羨ましいと妬むような感覚を得られるだろうかと思いを巡らせた」と明け透けに語っている。

「私達は実験を始めた。ここからは場面に沿って、ビートをリズミカルな線状に繋げることがとても重要になる。そしてそれは、私達の普段のやり方とは異なるものだった。でも映画に合わせて音楽としてまとめ上げていくうちに、気づいたんだ。彼のアイデアはすごく革新的で大胆だったけれど、グァダニーノの直感はピッタリ当たっていた、と」

2006年から2019年まで13年にわたる3人の愛憎劇が描かれていく本作は、トレントの言葉通り大きく”テクノ”として括れるサウンドで統一されており、従来のインダストリアル色は飾り程度。アシッドハウス、ベルリン産のテクノなど80s以降のあらゆるサウンドを巧みに混ぜ合わせ、ヴィンテージシンセも駆使しながら構築した本作のスコアには、”かつて存在した感じ”がするのに年代を特定できない妙味がある。NINという枠内では見えにくかった、テクノ・ミュージックに対するトレント・レズナーの審美眼が浮き彫りになっているという点でも実に興味深い作品だ。

タイトル曲「Challengers」と「Challengers: Match Point」、「Yeah x10」と「Stopper」、「L'oeuf」と「Final Set」、「The Signal」と「The Points That Matter」、「Brutalizer」と「Brutalizer 2」がそれぞれ同じ主旋律を持つ対になる曲。「Pull Over」では「Brutalizer」の高速ビートを引き継ぎながら途中に「L'oeuf」の不安を煽るメロディが挿入される……という具合に、あたかもDJプレイのような鮮やかさで画面が彩られていく。冷涼なシンセの響きをボールを打つ音が遮る「I Know」は劇伴ならではの遊び心が溢れているし、ディスコビートに歪んだベース音を組み合わせた「Yeah x10」のポップ性も刺激的だ。

また、メロディの美しさが際立つ30秒ちょっとの小曲「Lullaby」や、英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンによる合唱曲『キャロルの祭典』から選ばれた挿入曲「Friday Afternoons, Op. 7: A New Year Carol」のカバーでは、これまでのサントラ仕事からも垣間見えていたクラシカルな側面が窺える。1枚のアルバムとしても起伏を楽しめる構成になっているのがうれしい。

トレントが妻のマリクィーン・マンディグ(トレント、アッティカスと組んだグループ、ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズのシンガーでもある)のバック・ボーカル付きで歌う「Compress / Repress」は、数字や単語が記号的に羅列された歌詞が印象的。しかしよく詞を読んでいくと、この映画全体の総まとめになっていて面白い。この詞を書いたのは誰あろうグァダニーノ監督で、「気に入ったら最後の曲に使ってみて!」とトレント&アッティカスに詞を送ったところ、この曲が出来上がってきたそうだ。

今のところ『チャレンジャーズ』のサウンドトラック・アルバムはダウンロード販売及び配信でしかリリースされていないが、日本ではソニーミュージックからCDが他国に先駆けて秋に発売される予定。リリースに飢えていたNINファンには特に歓迎されるだろう。また、配信のみだが本作のキートラック9曲をボーイズ・ノイズがミックスした『Challengers [MIXED] by Boys Noize』も公開されており、これが絶品。サントラ盤ではやや寸足らずに思えた曲も含めて見事に再構築しており、ぜひ本家と併聴して欲しい。さらに『チャレンジャーズ』の世界に浸りたい人は、デヴィッド・ボウイやブルース・スプリングスティーン、ファイン・ヤング・カニバルズ、ネリーなど、劇中の挿入曲をまとめたオフィシャル・プレイリストが重宝するはずだ。

トレントは先述のGQのインタビューで、映画音楽の仕事を通して「NINを過去数年よりもずっとエキサイティングなものにすることができた」と、モチベーションの回復について語っていた。この後、マイルズ・テラーとアニヤ・テイラー=ジョイが主演する『The Gorge』、そしてダニエル・クレイグが主演するグァダニーノ監督の新作『Queer』(原作はウィリアム・S・バロウズ)の音楽を手がけたことがわかっているトレント&アッティカス。ほぼ日課のように曲作りを続けてきたという日々を経て、インスピレーションが満タンの状態でNINが充実した新作を届けてくれる日もそう遠くなさそうだ。

『チャレンジャーズ』オリジナル・スコア

音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス

日本盤CD:2024年秋リリース予定

配信:https://sonymusicjapan.lnk.to/challengers

『チャレンジャーズ』

2024年6月7日(金)劇場公開

配給:ワーナー・ブラザース映画

監督:ルカ・グァダニーノ

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/challengers/