ヤマハ発動機がバイク向けの自動変速機構「Y-AMT」を開発した。バイクの発進や変速などを自動化する新しい機構で、「人機一体感」を向上するとのことだが、いったいどんな仕組み? これが普及するとバイク乗りにどんな恩恵があるのか。ヤマハのオンライン説明会で聞いた。
MTのバイクにAT感覚で乗れる?
ヤマハはこれまでも、二輪車における革新的な電子制御シフトを開発してきた。2006年には、世界初となる二輪車用自動化MTシステム「YCC-S」を「FJR1300AS」に採用。2017年にはYCC-Sと同じ機構を四輪バギー「YXZ1000R SS」に搭載するなど、電子制御シフトの技術革新を進めてきた歴史がある。今回の自動変速機構「Y-AMT」は、二輪車の「操る楽しさ」を増幅させ、操作にゆとりと安心感を与え、ユーザー層を拡大させる新技術だという。
Y-AMTは一言で言えば、クラッチレバーとシフトペダルを排除した自動変速トランスミッションだ。
マニュアルトランスミッション(MT)のバイクは、左ハンドルにクラッチレバーがある。ギアを変えるためにはクラッチレバーを握り込み、左の足元にあるシフトペダルで操作を行う。走る際は発進時から走行中までこの操作を繰り返すことになる。
こうした操作はMTバイクの醍醐味である一方、運転に不慣れなライダーにとっては煩わしいと感じることもある。Y-AMT採用で一連の操作が不要(ギアチェンジを自動化)になれば、ライダーはシフト操作以外の操作、つまりは加減速や旋回などに集中できるというわけだ。
クラッチレバーを握り込むかわりにシフトレバーだけでシフト操作を行えるため、ライダーの負担は軽くなる。一方で、MT車らしいライディングは損なわないよう注意を払ったそうだ。
Y-AMT搭載バイクでは「MTモード」と「ATモード」をスイッチで切り替えることができる。MTモードであれば、アクセルを開けたまま左ハンドルにあるシフトレバーを操作するだけで、スムーズかつ素早いギアチェンジが可能だ。一方のATモードでは、バイクの車速やアクセル開度に応じて自動で最適なギアを選択してくれる。
スクーターのように、アクセルとブレーキ操作だけでMT車を自在に操れるのは、ある意味で魅力的だ。ギアの変速が多くなりがちな市街地や長距離ツーリングなどではATモードが活躍するだろう。
開発思想は「人機官能」
Y-AMTは「Fun」「Confidence」「Comfort」の3つから成り立つ「人機官能」という開発思想から誕生したとヤマハは説明する。
指1本でギアを変えられて、カーブの手前では減速と体重移動がより自由自在になり、狙った走行ラインを思い通りに曲がれるようになる。これが「Fun」な部分だ。クラッチとシフトの操作をなくすことで、誰でも安心して発進から停止までを容易に行えるようになるのが「Confidence」。道路環境に応じ、変速操作なしで余裕のある走行が可能になるのが「Comfort」な部分だという。
これら3つを高い次元で達成することで、ライダーは想定した走行ラインを思い通りに走り抜け、スポーツライディングに没入できるようになる。つまり、バイクとライダーが一体となって、まるで自分の手足のように自在に操れるようになり、「人機一体感」のさらなる向上が目指せるということだ。こうした操る楽しみは、ユーザー層の拡大につながると担当者は自信をのぞかせる。
ホンダの「E-Clutch」とは何が違う?
MT車でありながらシフト操作が不要で、AT車のように操れる変速機構といえば、すでにホンダが発表済みの技術「E-Clutch」が思い浮かぶ。「Y-AMT」と「E-Clutch」は何が違うのか。
この点についてヤマハの担当者は、「E-Clutchを意識しているかと聞かれれば、もちろん意識していないはずはありません」としつつ、両者の決定的な違いとして「Y-AMTはクラッチの自動化のみならず、シフトチェンジも自動化しています。よりライディングに没入できますし、楽しめる機構になっています」と話していた。
Y-AMTは2024年内の国内発売を予定している新型バイク「MT-09 Y-AMT」に初搭載する。MT-09を最初のY-AMT搭載モデルに選んだ理由について担当者は、「Y-AMTのターゲットは、新しいもの好きで、モータースポーツを楽しみたいと考えているすべての年代のライダーです。さらに、スポーツ走行も街乗り走行もマルチにこなしたい人を対象にしています。スポーツ性能に特化し、俊敏性を有するMT-09に搭載することで、ヤマハの世界観を存分に堪能できると判断しました。また、MT-09は欧州でトップクラスの販売台数を誇っています。MT-09にY-AMTを搭載すれば、市場へのインパクトも大きいと思います」と語った。
なお、現時点で、従来のMTバイク(Y-AMT非搭載のバイク)を販売終了とすることは考えていないとのことだ。つまりY-AMTとMTの併売体制になる。
Y-AMT搭載による車両本体価格の上昇は避けられない。ただ、現時点で具体的な価格は非公表となっているものの、大幅な価格上昇にはならないとのことだった。今後は900cc、700ccのモデルを中心にY-AMTを複数の車種に順次搭載していく方針。エントリーモデルでY-AMTの導入が進めば、より多くのライダーがヤマハの世界観を堪能できるようになるだろう。