好きなアイドルや俳優、キャラクターを表す“推し”という言葉はメジャーになり、“推し活”も盛り上がる昨今だが、もし自分が情熱を捧げる推しが、ある日、犯罪者になったら……。そんな局面を迎えたオ・セヨン氏が初監督を務めたドキュメンタリー映画『成功したオタク』が日韓で話題となり、撮影の日々についてつづられた『成功したオタク日記』(すばる舎)がこの度刊行された。

オ・セヨン氏は、集団性暴行などの罪で2020年に実刑判決を受けたK-POPスター チョン・ジュニョンのファンだった。彼のファンとしてTV番組に出たり、「(俺は)一生、 ステージの上で歌うから、頑張って勉強して親孝行もして、ソウルの大学に入れよ」と言われたりと、“成功したオタク”だったが、彼の逮捕によってそれまでの推し活を振り返るようになり、映画と本にはその記録が残されている。今回は監督を務め『成功したオタク日記』を上梓したオ・セヨン氏にインタビューし、作品に対する思いや日韓の反応の違いについて、また芸能界に望むことについても話を聞いた。

  • オ・セヨン氏

話題の映画の撮影の日々を綴ったオ・セヨン氏『成功したオタク日記』

――今回の『成功したオタク』、そして『成功したオタク日記』について、まずどんな作品か教えていただけると嬉しいです。

『成功したオタク』という映画は、「ある日、推しが犯罪者になった」ということがテーマです。私が中高生の頃に熱狂的になっていた推し活で、ファンダムを共にした友達と、傷を負いながら……いや、空が崩れるような思いを抱きながら、「推し活とはなんだったのか」「これからも推し活をしてもしてもいいんだろうか」ということを問いかけるブラックコメディであり、ロードムービーのような映画です。

そして本作『成功したオタク日記』は、映画の制作日記と、映画に入りきらなかったインタビュー、日本で上映された時の記録、それから映画についていろいろ聞かれたことに対して答えるようなエッセイです。映画に比べるとより内面的なことが書かれています。映画を観た方も観ていない方も、気楽に読めるのではないかと思います。悲しい話ではありますけれども、明るくはつらつとしたトーンで書いてあります。

――日韓で映画が公開され、韓国の反応、日本の反応それぞれどういうものがあったんですか?

韓国ではまず映画祭で公開されて、その後にちょっとした上映会をしながら、1年後に大きく映画館で劇場公開され、その時にはテレビに出たりして、かなり幅広く知られていました。一方で日本では公開前までなかなか映画祭などで知られる機会がなかったので、日本の観客の方々はこの映画に驚いたという反応が多かったです。観客の反応を見て、日本では芸能界における加害について話すのは難しい雰囲気があるのかなと思いました。

韓国では、芸能界で加害問題が起きると、大多数の人が「この芸能人は芸能界からアウトしなければいけない」と言う雰囲気があるんですけど、日本ではそこまでではないみたいで。ただこの映画を観る方は、その現状になにかモヤモヤした自分の思いを心に秘めてるんじゃないかな、葛藤を抱えながら映画館に来ているのかなという印象がありました。

日本の観客の方たちは、映画を観て泣いてしまう方も多かったんです。悲しい思いを抱えながら、この映画を観ている感じがしました。韓国では、どちらかというとブラックコメディとして、笑って「めっちゃ面白かったです」みたいな反応が多かったので。

――芸能人の犯罪をめぐる韓国の空気としては、どのような雰囲気なんでしょうか?

韓国でも陰謀論みたいなものはありますし、私も、最初に推しに疑惑がかけられた時は「同姓同名の別人じゃないのか」と思っていたので、犯罪自体を否定したくなる感情は当然だと思います。ただ、韓国ではそういう論争が起こること自体が、芸能人にとって致命的になる傾向があるんです。結婚や恋愛も論争の対象になり、議論を呼んでしまうことも多いです。芸能活動に、私生活が大きく影響するような傾向はあると思います。

「悪いことをしちゃダメだ」というのは当たり前のこと

――改めて今回の本を通して、よみがえってきた思いなどはありましたか?

私は映画や本などいろんな作品をやってきた中で、この本が1番読み返すのが難しいというか……。韓国では「夜中の感情」というような言葉があるんですが、夜中になるとちょっとポエムっぽいことを書いちゃったりするでしょう?(笑) そういうことがいっぱい書いてあるので、今開くとちょっと恥ずかしいです。

ただ、改めて文字には力があると感じました。映画で吐き出した言葉というのは、その瞬間、その瞬間で過去になってしまうものなんですが、本はページを開くとそこに文字がしっかり残っていて、それでまた噛み締めたりすることができるもの。そして自分1人で作ったんじゃなくて、みんなが語ってくれた言葉によって、私の作品ができたんだなと改めて感じる機会になりました。

――改めて読むと、バイタリティというか、推し活をしてテレビに出て、大学生になったら映画まで撮ってしまうというのがすごいなと思いました。

バイタリティあふれる行動をしてきたので、たいした年もいってないのに、疲れてきちゃいました(笑)。自分自身とは20数年一緒に住んでますけど、どういう人かよくわかんないです(笑)。長い間何かを考えてやるというよりも、衝動的にやってしまうことが多いんです。後で考えると、「なんでこんなことやったんだろう?」と思うことがあります。

―― 推し活の大変さもありますが、「やっぱりオタクって面白いな」とも思いました。そういう部分は、どのようにとらえられていましたか?

オタクじゃない人がオタクを見ると、多分すごく不思議に感じると思うんです。よくわからない人のためにお金や時間を投じて、ある意味、犠牲精神みたいに見えるかもしれない。推しに対して持っているものは恋愛感情とも言えるかもしれないけれど、本当の家族、兄弟、子供みたいに思ってることもありますし。

オタクの中には、元々変で笑える人が多いというか、変わってる人が多いとは思います(笑)。映画にもたくさんのオタクが出てきていまして、アンケートを取ったわけじゃないけど、1番人気が私の母でした(笑)。次が元BIGBANGのV.Iのファンだったヤン・ヘヨンさん。はっきり言うところが人気でした。

――セヨンさんのお母さんは、チョ・ミンギさんのファンだったんですよね。

母も推しに問題があったんですが、さりげなく別の推し活を続けてるみたいで。今は『ソンジェ背負って走れ』というドラマにハマっています。娘が映画界にいるから、「ソンジェはここに行ってるけど、あなたも行かないの?」とか聞いてくるんですよ。

――ご自身は、本書の中では「今はドラマのオタクだ」とおっしゃってましたけど、そこからは何か変化などありましたか?

ちょっとこれは恥ずかしい話なんですけど、最近日本のドラマを観ていて、中でも木村拓哉の20年前のドラマを……(笑)。『GOOD LUCK!!』でパイロット役をやっている姿が、とてもカッコよくて。忙しくなるとなかなか観れないのですが、ちょこちょこ観たりはしています。

――今度も映画監督として活動されていくと思います。その中で芸能界に「もっとこうなってほしい」と思う姿はありますか?

冗談として、私自身が「インディペンデント映画界のアイドル」と言われたりもするんですが(笑)。たしかにいまは人前で立ったり広報をしたりする立場になっていると思います。そしてそういう人は、自分の仕事だけをちゃんとやればいいとは思わなくて、「映画だけちゃんと作ればいい」とか、歌手なら「歌が上手きゃいいんだ」とか、俳優なら「演技だけ上手ならいいんだ」とかでは、ないのだと。仕事をちゃんとやればいいというだけじゃなくて、正しく生きるということが大事じゃないかなと思います。

「間違いを犯しちゃいけない」ということは、難しいかもしれないけど、考えてみたら子供の頃から、「悪いことをしちゃダメだ」というのは普通に言われてることだし、例えば「ものを盗っちゃいけない」というのは倫理的な問題で、当たり前のことです。芸能界で大変なのはわかるけれども、人生を大切にして健康的に生きていくのは、芸能人にとっても望ましいのではないかなと思います。

■オ・セヨン
1999年、韓国釡山生まれ。2018年韓国芸術総合学校、映像院映画学科入学。映画『成功したオタク』が監督としての長編デビュー作となる。釜山国際映画祭ではチケットが即完売、大鐘賞映画祭・最優秀ドキュメンタリー賞ノミネート。韓国での劇場公開時には、2週間で1万人の観客を動員し、「失敗しなかったオタク映画」として注目を集めた。目標は、書いたり話したり、撮影したり編集したりする仕事を続けながら、ユーモアを失わずに生きていくこと。