現在も優れたクリエイターは日本に数多く存在するが、前述の課題が生まれた理由を、瑠東監督が所属した映像制作集団「g」の設立者・重松圭一氏(『僕の生きる道』『SMAP×SMAP』など)はこう分析する。

「海外ではいい作品を作ったらそれだけ高額なお金や権利を要求するのは当たり前。ですが日本には、ある特殊な文化がある。それは“謙虚さ”です。実際、日本の優秀な監督、スタッフさん、誰にお話を伺ってもすごく謙虚なんです。すごい作品を創られているのに“いやそんなことないですよ”と謙そんする。これはエンタメ業界に限らないことでしょう。もしかしたらこの謙虚という“美徳”がある意味でゆがみとなり、クリエイターの地位が上がりづらい原因になったのかもしれません」(重松氏)

重松氏はこの状況を危惧し、「g」を作り、クリエイターの権利や地位を守ろうとしている。日本人の美徳である謙虚で現場の熱量が減らないよう、「g」が盾となり交渉しようというわけだ。

「特に瑠東監督はクリエイティブにのめり込み過ぎる部分がある。その貴重な熱量を生かすために『g』に入ってもらい、面倒事は僕たちが担当。俯瞰(ふかん)して瑠東監督の苦手部分のかじ取りをやらせてもらっています」(重松氏)

こうしたクリエイターとかじ取り役のタッグで想起されるのは、スタジオジブリの宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサーの関係だ。この2人に当てはめるのは多少強引ではあるが、クリエイターの情熱を守り、ある種コントロールする人がいることで、数々の名作が生まれたといういい例でもある。瑠東監督が持つ情熱や熱量、それが今後どのように花開くのか、期待せざるを得ない。

視聴者をバカにすると絶対にしっぺ返しを食らう

そんな瑠東監督が現在取り組んでいるのが、『ビリオン×スクール』。日本を代表する財閥系グループのCEOの主人公・加賀美零(山田涼介)が身分を隠して高校の教師となり、生徒と共に成長する姿を描いたオリジナルストーリーだ。この作品にかける熱量を、瑠東監督はこう語る。

「僕は視聴者をバカにすると絶対にしっぺ返しを食らうと思うんです。例えば昨今の若者は結果が分かりやすいものが好きだから、とか、F3・F4層はこういうものが好きだからとか、妙に分析されていますが、いや、そんなことはない。くくること自体がおこがましい。それよりも、主人公がきちんと描かれているか、その人の言葉としてしっかり届けられるか。登場人物の気持ちは、心情は。

 『おっさんずラブ』もそうでしたが、そこをちゃんと押さえて、僕らが感じる熱と面白さを乗せて作れば、若者だろうが古くからの年配のテレビっ子であろうが、絶対観てくれると思ってて。つまり視聴者に合わせるという消極的な考えではいけない。僕たちが面白いと確信できるものを、“観て笑ってほしい”、“心が動いてほしい”、“喜んでほしい”と。きちんと熱量を持って届ければ観てもらえるはずだと」(瑠東監督、以下同)

人はそれぞれ問題や悩みを抱えている。それを「僕たちが解決できるとは思ってない」という瑠東監督。それでも、「問題自体は取り除けないが、観てくださる方の心をちょっと押してあげることはできるのではないか。そんな作品になっているかどうかを僕は大事にしています」と熱く語る。

  • (左から)奥野壮、水沢林太郎、瑠東東一郎監督

    (左から)奥野壮、水沢林太郎、瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ

主演の山田については、「まず人間として魅力的な人。努力を積み重ねて今があることがはっきりと分かり、それが背中から見える。それでいて誰にでも優しく接し、その吸引力で現場全体を巻き込んでいく力には舌を巻きます」と解説。瑠東監督の情熱と山田の強い重力のマリアージュが、今後作品にどのような化学反応を起こしていくのかが楽しみだ。

「本作は学園ものではありますが、普遍的に社会が透過できる作りにしています。そして今後ですが、さまざまなジャンルに挑戦しつつ、人の心が前を向くような作品を創っていきたいですし、そこに僕の情熱をありったけ注ぎ込んでいきたいです」

かつて栄華を誇った日本映像界の情熱の遺伝子は、香港にだけではなく、瑠東監督の中にも脈々と息づいているようだ。