ネットやSNSの発達により、近年、マスコミが「マスゴミ」と揶揄されるなど、厳しい目で見られるようになってきた。そうした中で、マスコミの中にいる主人公を通して、組織のしがらみにもがきながら、矜持を持って仕事をしていることを伝えたい思いも「正直あります」と打ち明ける。

それと同時に、自分たちの仕事が“お手盛り”にならないことも強く意識。「ここはとても難しいところでした。テレビ局の人間が活躍すればどうしてもお手盛りになってしまいますが、だからといって“テレビの報道はダメだ”と書く気にはなれないですから」と腐心した。

近年は「記者クラブ」制度も、“権力との癒着”や“発表報道偏重”といった言葉で批判されがちだが、こと「報道協定」については、「多くの方が支持するのではないかと思います」と見ている。

京都アニメーション放火事件では、犠牲者の実名報道に対してネット上で反発の声が多くを占め、サイバー攻撃を受けたKADOKAWAと犯人との交渉内容を報じたネット媒体をKADOKAWA側が非難すると、当初はそれに賛同する声が多く上がった。やはり、被害者保護を何よりも最優先とする考え方が強い傾向にあるようだ。

そんな現状も踏まえて、今後の報道協定の位置付けは、どうなっていくのだろうか。初瀬氏は「実際にSNSによって報道協定の存続が脅かされるという事例が起きないと、その是非についての議論はしづらい部分があると思いますが、個人的な意見としてはギリギリまで維持すると思います。なので、ネットに出ているのに、大手メディアが報じないという状況もありえるのではないでしょうか」と予測した。

働き方や組織のしがらみ…誰もが直面する要素

誘拐事件やマスコミという、多くの人にとっては遠い話と捉えられがちな題材を扱っている今作。「人の命がかかっている場面に遭遇することは、なかなかないかもしれません」としながらも、「どこかで決断しなければならないという場面は、誰にでもあると思うんです。特に今回の主人公は、働き方や組織のしがらみなど、どの会社にいても直面する要素があるので、皆さんに共感してもらえると思います」と呼びかける。

その上で、「誘拐は卑劣な犯罪ですが、もし今の時代に起きたらどうなるのか、自分なりのシミュレーションで描いてみたので、一つのエンタテイメントとして楽しんでいただければと思います」とアピール。

特にクライマックスは、展開が加速して緊迫感が高まり、頭の中に自然とその画が浮かぶシーンに仕上がっているだけに、「もし映像化することになったらうれしいですね」と期待を膨らませた。

  • 『報道協定』
    主人公は、東京中央テレビの局員で、数多の特ダネをモノにしてきた敏腕記者・諸橋孝一郎。しかし部下のヤラセを機に、職場で閑職へと追いやられ、家庭内でも居場所を失っていた。そんな最中、IT界の風雲児・簗瀬拓人の息子が誘拐される事件が発生。警察と記者クラブが報道協定を結ぶが、この対象とされていないネットメディアが情報をつかむ中、諸橋たちは事件にどう立ち向かっていくのか…。

●初瀬礼
1966年、長野県安曇野市生まれ。上智大学卒業後、フジテレビジョンに入社し、社会部記者、モスクワ特派員、報道・情報番組のディレクター・プロデューサーを歴任、現在はネットメディア関連事業を担当する。小説家として、13年にサスペンス小説『血讐』で第1回日本エンタメ小説大賞・優秀賞を受賞。同作品でデビューし、パンデミックをテーマとした『シスト』(16年、新潮社)、アフリカと東京を股にかけたサスペンス『呪術』(18年、新潮社)に続き、双葉文庫から『警察庁特命捜査官 水野乃亜』シリーズとして『ホークアイ』(19年)、『モールハンター』(21年)、『デビルズチョイス』(22年)を発表。24年6月に最新刊『報道協定』(新潮社)を刊行した。