新入社員の早期離職は、企業にとって頭の痛い問題。内航海運業界でも、若手船乗りの離職率を下げる方法を探している。イマドキの子どもたちの特徴は?企業は何をしたら良い?島根県境港市で7月12日に開催された「若年船員離職対策セミナー」を取材した。

  • 島根県境港市で「若年船員離職対策セミナー」が開催された

■高校の授業はICT活用へ

「若年船員離職対策セミナー」は、中国地区内航船員対策協議会の主催によるもの。全国から20あまりの内航海運事業者(30名弱の担当者)が参加した。

  • 会場となった、みなとテラス(境港市民交流センター、鳥取県境港市上道町3000)

  • セミナーのサブタイトルは”若年者の心をつかむ船社とは”

講師を務めたのは、島根県立隠岐水産高校で進路指導を担当している大門伸之先生。同校は創立117年の歴史を持ち、現在も全国から優秀な生徒が集まっている。

  • 島根県立隠岐水産高等学校 進路指導部 教諭の大門伸之氏

  • 隠岐水産高等学校は創立117年の名門

セミナーの前半では、校内の日常風景を紹介した。最近はICTを使った授業も増えているとのことで「協働的な学びというところでは、たとえばGoogle Meetを利用して他校の生徒同士で分からないところを教え合うこともあります」と大門先生。

  • 他校の生徒とオンラインでつながり情報を共有する

学校では授業を動画に残し、生徒がいつでも視聴できるようにしているが「子どもたちは、普段からYouTubeで動画を見ている世代。ボクの授業も2倍速で見ているらしいです。理由を聞くと『時間短縮です』と答えるんですが、ボクが聞いても言葉が聞き取れないくらいの速さで視聴しています」と苦笑いする。

  • 動画でいつでも振り返り学習ができる環境になっている

■最近の生徒の傾向

セミナー後半のテーマは、就職について。最近の進路指導では、教諭側から企業を推薦しなくなったという。生徒が希望した船種、地域、条件の中でいくつかの候補は提示しても、あくまで自分の意思で企業を決定させている、と話す。

最近の子どもの特徴についても報告した。「うちの学校の生徒に限った話かもしれませんが」と断ったうえで「最近の傾向として、想像力が弱いと言いますか、例えば教科書の図が読めない子が出てきました。平面で描かれたものを立体的に想像できない、展開してみることができない。部品を見ても、何のために使うのかイメージできません」と大門先生。

自分の言葉で表現することが苦手な子も多くなった、と感じている。「分からないことがあればすぐにインターネットで検索し、複雑なことは動画で理解してきた影響かも知れません。たとえば質問しても、回答が返ってくるまでに数分も時間がかかる。授業で当てても緊張しちゃって何も答えられない。あとで理由を聞いてみると『不安なんだ』と答えます。自分が正しいことを言えるのか不安、間違ったことを言わないか不安、ということなんです」。

  • 授業もプライベートも、インターネットを介する機会が増えた影響?

人に叱られることも苦手で「叱られ慣れていない」と大門先生。実は教員のなかにも、叱ることが苦手な人間が増えてきた、と明かすが...

「それでも弊校には、まだ雷オヤジみたいな思い切り叱ることのできる教諭も残っています。海の上は危険があるため、思い切り叱らないといけないケースもある。来週は海洋訓練があるので、1年生は思い切り叱られると思います。そこで少し叱られることに慣れてほしい」。

あとは、自己肯定感が低い傾向があるそう。「自分のやったことでも、自分で認めてあげられない、そんな子が増えたように感じています」。

  • 最近の生徒の特性

良いところについては「動画になっている情報、目で見る資料の理解は早いです。普段、何の動画を見ているのか聞いたところ、エンタメもニュースも、色んなものを見ているそう。船舶関係の最新ニュースも調べていて『こんなことがあったよ』と教えてくれます。3分くらいのショート動画をどんどん見ているみたいです。だから彼らに何かを理解させたいときは、短い動画にしたら受け入れられやすいのでは、と思います。ただ、いろんな情報をそのまま鵜呑みにする傾向もある。怖いのは、口コミなども全部、鵜呑みにしてしまうことです」。

それでいて、性格は真面目な子が多い。「私も水産高校の出身ですが、自分の学生の頃と比較すると、皆んなとても真面目。失敗を恐れている側面はありますが、何でもしっかりちゃんとやろう、っていう意識を感じます」。

指導の中で気をつけていることについては「例えば1年生の水産海洋基礎という教科で、基礎実習のロープワークをするとします。クラブヒッチ、ボーラインノット、シングルシートベント、リーフノット、などひと通りの結び方を教え、生徒もしっかり結べるようになりました。でもあるとき、曖昧に『いいように結んでおいて』と指示すると、途端に固まってしまいます。正解が分からない状態で、間違ったことをして怒られたくない、だから動けなくなっちゃうんですね。そんなときは具体的に『この結び方で』と指示しないと動いてくれません」。

■会社を辞めたい理由とは?

ある日、大門先生のクラスの卒業生から電話が入る。船の人間関係でちょっと困っていて、仕事を辞めたいんです、という相談だった。

「そこで会社に連絡しようと思った矢先、その会社からお電話をいただいたんです。先方も早期離職について普段から悩んでおられる様子でした。そこで理由を聞いたところ、彼が立ち入り禁止区域に入ったまま佇んでおり、とても危ない状態だったので船員さんが見かねて厳しく叱った、とのことでした。私から平謝りしました。叱られ慣れていないので、叱られたときに『叱られた』という現象だけが頭に残って、その理由についてまで考えられなくなるんですね。怖くなって、動き出せなくなってしまう」。

  • 叱り方にも工夫が必要な時代になってきた?

大門先生は今回「若年船員離職対策セミナー」の講師を務めるにあたり、プレゼンの内容に不安があったため、クラスの生徒に事前に見てもらったそう。すると、こんな思いもよらない答えが返ってきた。

「今の時代、その仕事を辞めたとしても他にも選択肢がたくさんあるので、あまり危機感がないんだと思います。いろんな働き方があって、企業にもたくさんの選択肢がある、それが離職しやすさにつながっているのかも知れません。私も海の仕事がしたいという強い意志で学校に入って、いまこうして学んでいますが、希望の仕事を10年先も続けている姿は想像できないです」

真面目な生徒からの、思いもよらない告白だった。「もちろん長く勤めたい、何年も頑張ってキャリアアップしたい、と考えている子もたくさんいます。でも結構、こんな感じで就職を捉えている子もいるんだろうな、と気付かされました」と大門先生。

  • 企業の担当者から質問が寄せられた

質疑応答で、ある企業の担当者は「新卒の子と話していて感じるのは、これまで大人と接してきた時間が少ないのでは、ということです。先生と親としか話す機会がなかったんじゃないか。叱られ慣れていない、というお話もありましたが、そもそも大人に対する耐性がないような気がしています」と指摘。これに大門先生は大きくうなずいたうえで「コロナ禍もあり、長い期間、インターンシップもできないでおりました。昨年から少しずつ企業との交流も再開したので、また取り組みを進めていければと思います」と回答していた。