メディアサービス「アスミチ」は6月27日、アスリートのセカンドキャリア問題を語るオンライントークイベントを開催した。登壇した元プロ野球選手の斎藤佑樹さん、元Jリーガーの磯村亮太さん、鹿山拓真さんは、引退後のキャリアとどう向き合ったのだろうか。

  • 元プロ野球選手の斎藤佑樹さん(左)、元Jリーガーの磯村亮太さん(中)、鹿山拓真さん(右)がアスリートのセカンドキャリアを語る

シーソーゲームとマイナビが行うアスリートのキャリア支援

シーソーゲームが運営する「アスミチ」は、アスリートとネクストキャリアを考えるメディアサービスだ。取締役 兼 CIOを務めるのは、2006年夏の甲子園で「ハンカチ王子」として一世を風靡し、その北海道日本ハムファイターズで活躍、2021年10月に惜しまれつつも引退した、元プロ野球選手の斎藤佑樹さん。

6月27日、このシーソーゲームと「マイナビアスリートキャリア」を運営するマイナビにより、「元プロ野球選手と元Jリーガーが見た”アスリートのキャリア”の現実 ~栄光と挫折を知る彼らと共に考えるキャリア支援の未来とは~」と題したオンライントークイベントが開催された。

イベントには斎藤佑樹さんに加え、名古屋グランパスなどでMF/DFを務めた元Jリーガーの磯村亮太さんと、V・ファーレン長崎などでDFを務めた元Jリーガーの鹿山拓真さんがパネリストとして参加。2名は引退後、マイナビ アスリートキャリア事業部でキャリアアドバイザーとして活動している。

3名は自身の経験を振り返りつつ、アスリートの引退後のキャリア、セカンドキャリアに対して抱える不安や課題、そしてその解決策について語り合った。

  • トークイベントはオンラインでも配信され、多くの方が視聴した

斎藤佑樹さんがアスミチを立ち上げた理由

斎藤佑樹さんがアスリートのキャリア支援に携わろうと思ったきっかけは、アスリートは現役時代に競技に専念するあまり、引退後のキャリアを考える機会が少ないと感じたからだという。

「僕自身は小学校1年生のときに野球を始め、33歳まで野球をやらせていただきました。ずっと野球しかやってこなかったので、引退後にどんな選択肢があるのか、ほとんど知らなかったんですね。(アスミチの企業理念にもあるように)アスリートは大きな可能性を秘めていると思います。ただ、競技人生のその次への不安もある。いろんな選択肢をお見せすることでその先の不安が少しでも取り除けたらなという思いで、このアスミチを立ち上げました」(斎藤さん)

  • アスミチ立ち上げの経緯について熱く語る斎藤佑樹さん

アスミチは、現役時代に培った経験を生かして新たなステージで活躍するアスリートの紹介や、アスリートを支援する企業や団体の取り組みレポートなどを提供し、アスリート自身がキャリアを考える上で、より多くの選択肢を得られるサポートを事業としている。

アスミチの事業内容を聞いた磯村亮太さんは「僕もずっとサッカーしかしてこなかったので、情報の少なさをずっと感じていました。引退後の人たちのネクストキャリアも分からないことが多く、そういう情報を届けることでアスリートの視野が広がって選択肢も増えるんじゃないかと思いました」と感想を述べる。

また、鹿山拓真さんも「選手のときにこういったサービスがあればすごく嬉しかったなと感じています。選手時代、セカンドキャリアで活躍している人は誰ですか? と聞かれてもなかなか出てこなかったと思います。そういったところが知れるサービスということで、自分も興味深く聞かせていただきました」と、その可能性について言及した。

磯村さん、鹿山さんは引退後、2023年より「マイナビアスリートキャリア」でアスリート向けキャリア支援サービスを行っている。

磯村さんは引退後、次のキャリアの目処が立たない中でさまざまな人たちに相談し、頭の中が整理された経験からこの仕事を選んだという。鹿山さんもまた、引退後にキャリアアドバイザーが可能性を見出してくれた経験からキャリアサポートの仕事に魅力を感じたそうだ。

引退後に不安を抱える多くのアスリート

NPB(日本野球機構)が現役若手プロ野球選手に対して行ったアンケート調査によると、やはり約4割が引退後の生活に不安を抱えているという。

  • 引退後の生活に不安を抱えているプロ野球選手は少なくない

斎藤さんは、「『どちらともいえない』という回答も結構多かったんですけど、やっぱり“野球という競技を終えるまでは野球に集中しろ”という風潮はすごくあるのです。もちろんプロである以上、それは良いことだと思うんですよ。ただやっぱり引退して、自分がいざキャリアを歩むとなったときに『具体的にやったらいいんだっけ?』となる面もあるし、それは引退しないと分からないことです。その不安は次の人生に歩み出したときに取り除けるものなんだろうなと」と、アンケートを振り返る。

そして、およそ8割が「引退後の進路」、7割近くが「収入面」に不安を感じていることがわかった。一方、引退後の進路について「考えている」とはっきり回答した選手は1割程度に留まっている。

  • プロ野球選手の引退後の不安は、やはり進路や収入面だ

  • 引退後の進路について不安はあるものの、しっかりと考えている選手は少ない

「やっぱりね、成績がなかなか出なくなってきて、『次の人生どうなるんだろう?』ってみんな考えるんですよ。でも『それじゃダメだ、考えを消さないといけない』って思いながらプレーするわけですね。我々はサポートする側として、普段は意識しなくても良いけど、情報だけはちゃんと提供したいな』という思いがあります。知っているか知らないかでスタートはぜんぜん違いますもんね」(斎藤さん)

これに対し磯村さんは、「何も分からないまま行動を起こす、ということは難しいですが、知識があれば行動を起こすか、起こさないかを選択できます。知った上で『いまは競技に集中しよう』であればそれで良いと思うし、知った上で引退後のことも考えようと思って動き出すのも良いだろうし、意思決定ができる状態になったら本当に良いでしょうね」と感想を述べた。

Jリーグの選手会には「就学支援金制度」があり、これを使ってセカンドキャリアのための学びを行っている選手もいるそうだ。だが現役時代の磯村さんは、制度を使う目的を明確にできず、使っていなかったと言う。

現役中・引退直前のアスリートの想いを3人が代弁

ここからはアスリートのキャリアを「現役中」「キャリアトランジション期」「現在」という3つのターニングポイントに分け、3人が各ポイントでの思いを語っていく。

  • アスリートのキャリアを「現役中」「キャリアトランジション期」「現在」から考える

1つ目は「現役中」。斎藤さんは、現役中は引退後のキャリアについて「ほとんど考えていなかったですね」と話す。磯村さんもほぼ同様で、「小学校くらいのときに教えてくれたコーチに、『短い現役の中で一生分の年収を稼げるやつがプロのサッカー選手だ』といわれて、その言葉が自分の中に残っていました」と明かす。

これを受け、斎藤さんは「現役でどれだけ稼いでも、税金で半分ぐらい持っていかれるわけじゃないですか(笑)。それをちゃんとしたとして貯めるってすごく難しいわけですよね。その稼ぎで逃げ切ることは、ほとんどのアスリートにはできないハズなんですよ」と、厳しい現実を話す。

対照的に鹿山さんは、「お二方はエリート街道だと思うんですけれど、自分は大学生の時に就活を経験しています。小学校時代では“じゃんけん”でキーパーを決めるようなチームだったので、プロの世界で活躍する自分を想像できなかったんです。だからプロを終えた後の不安もあったので、先ほどの『就学支援金制度』も使わせてもらい、資格を取りました」と自身の経験を語った。

2つ目は、引退前の「キャリアトランジション期」。

引退直前に暗闇の中にいたと語る磯村さんは、「課題は情報量の少なさだったなと思っていて、引退した人たちがどういう道を歩んでるか、本当によく分かりませんでした。運が良かったのは、一緒にプレーした選手が大企業に勤めたり、高校時代の先輩がそういう会社で働いたりしていたことです」と振り返る。

そんな磯村さんだが、入社した職場にはアスリート経験者も多く、丁寧に仕事を教えて貰えたという。こういった環境もまた、セカンドキャリアへとスムーズにチェンジできた理由だと語る。

斎藤さんは、「現役の選手にはあまり真似をしないでほしいんですけど……」と前置きし、「見切り発車で自分の会社『株式会社斎藤佑樹』を立ち上げたんですよ」と話し始めた。

「漠然といろいろな方たちのキャリアを見ている中で、“斎藤佑樹じゃないとできない野球界への恩返し”をしたいなと。では自分はどこに身を置くべきだろうと考えたら、やっぱり自分で会社を立ち上げるか個人事業としてスタートするかのどちらかだろうなって。まずは1人で歩いている姿を見せることで何か生まれるんじゃないかっていう、それだけでしかなかったんですね」(齋藤さん)

鹿山さんは、脳震盪や肺気胸を繰り返したことで自身の選手としての価値を客観的に捉え、引退の1年半前からセカンドキャリアについて考えていたという。そして学び直しを志、サッカーをしながら大学院に通い、新しい視点を手に入れていった。

「いまスポーツビジネスについて学んでいるんですけれども、スポーツマネジメントやスポーツ心理学があり、スポーツについて教えている方も数多く在籍していらっしゃるので、本当に多くのや刺激を受けています」(鹿山さん)

  • 早くからセカンドキャリアについて考えていたと話す鹿山さん

アスリートが培ってきた能力とは?

3つ目の「現在」では、3人がアスリートの能力について語った。スポーツという世界の中で生きてきたアスリートがセカンドキャリアに悩む理由がここまで示されてきた。だが、勝ち負けのはっきりした世界で切磋琢磨してきたからこそ培われた能力もまたあるはずだ。

斎藤さんは「アスリートには乗り越えなければならない瞬間があり、アスリートの多くはそこに向き合ってきました。だから何かに挑戦する力があり、みんなで一緒に達成する力があり、それをやり遂げられる能力があるんです。どんな世界に行っても、自分が頑張ろうと気持ちを入れさえすればなんとでもなると思うんですよね」と、アスリートという人材が持つ力について話す。

またキャプテンシーについても触れ、「僕も大学時代に100人以上居るチームのキャプテンをやらせていただきましたが、みんなちょっとずつ向かう方向が違うんですよ。優勝したい人、ホームランを打ちたいという人、就活のために頑張っている人もいます。このみんなの思いを何となくで良いから優勝という目標に持っていく、モチベーションをうまくまとめていくためにはコミュニケーションがすごく大事になると感じていましたね」と述べる。

鹿山さんは「アスリートの方は、瞬間瞬間で多くの決断を重ねてきていると思います。これは強みであるのと同時に、『実社会でどのように活かせるか』というところで言語化できないことが弱みにもつながっているのかなと感じます」と話し、その強みを見つけ出し、言語化できるようにすることがキャリアアドバイザーの仕事だと強調した。

同様にキャリアアドバイザーの仕事をしている磯村さんは、「スポーツに限らず、何かに真剣に取り組んできた人は失敗の数も多いと思っていて、その経験値が一番の価値になるんじゃないかなと思います」と話す。

「多くの方をサポートしていく中で、やっぱりアスリートは目標を見つけたときの推進力や成長度合いが本当にすごいなと感じています。本当に何がやりたいかを追い求めていくと、多分サッカーだったらそれ以上のものは見つからないかもしれません。でも、斎藤さんは“自分なりの野球界への恩返し”っていう目標をちゃんと見つけて、だからこそ行動が取れたと思います。“アスリート自身がどうしたいか”を見つけられるように僕らもサポートしたいですし、それが見つかったときの強さがアスリートの本当の価値になってくるんじゃないかなと思っています」(磯村さん)

  • 「失敗を繰り返してきた経験値が一番の価値」と語る磯村さん

3人の元アスリートが思い描く夢と目標

プロ野球選手、Jリーガーという、子どもたちのあこがれの仕事をしてきた3人。スポーツの世界を離れた現在、将来に向けてどのような展望を描いているのだろうか。

斎藤さんは「野球界への恩返しっていろんな形があると思うんですね。自分はケガと向き合った時間が長かったので、ケガに対して何かアプローチできる方法はないかなと模索しています」と話す。

「いま自分が夢として掲げていることは、少年・少女専用サイズの野球場を作ることです。日本の野球場って河川敷や校庭でやることが多いので、ランニングホームランが多いんですよ。でもオーバーフェンスをすることによって、しっかりダイヤモンドを一周して帰ってくる、その経験を子どもたちに味わってほしいなと思います。その先の野球人生においてもこの経験はすごく糧になると思っています」(斎藤さん)

  • 「少年・少女専用サイズの野球場を作る」という夢を語る斎藤さん

磯村さんは、「漠然としていますが、Jリーガーの価値を高めたいなと思っています。セカンドキャリアに携わる身として、まず自分が失敗したら『やっぱりJリーガー駄目じゃん』と思われてしまうので、まずはこの会社の中でしっかりと評価される人間になっていく。それが今後の選択肢を増やせることにつながるかなと思っています」と、着実な一歩に向けたコメントを残した。

そして鹿山さんは、「自分の目標は、大学の先生になることです。いまはキャリアに関する仕事に携わっていますが、小学校で出会う指導者や先生方、そういった根っこの部分から変えていかないといけないなと思うんです。研究者としてデータを元にアプローチを行い、ゆくゆくはスポーツだけでなく、いろいろな視点を持てるアスリートが増えていくと良いなと思っています」と、他の2人とは違う視点から夢を語った。

アスリートとしての栄光と挫折を知る3人だが、その中身は三者三様。そして、セカンドキャリアに関する考え方や対応の仕方もそれぞれ大きく異なっていた。しかし、その根本にあるネクストキャリアへの不安はやはり変わらないようだ。

いま現役で活躍しているアスリートもまた、3人と同じように不安を抱えていることだろう。アスミチやマイナビアスリートキャリアなどのサービスが、そんなアスリート達の不安を払拭し、全力でプレーできる環境が整っていくことを願いたい。