だれにでも本音と建前はありますが。「一身上の都合により退職させていただきます」の「一身上の都合」の中身としてよくあげられるのは下記のようなものです。

「職場の人間関係が限界だった」
「会社の安定性や将来性に不安があった」
「仕事にやりがいを感じない、キャリアアップが今の環境ではできない」
「労働環境や給与等条件面で生活と折り合いがつかなかった」

いずれも、会社を辞めるその人なりの理由があって、退職に至っています。

ではそのような合わない理由があった職場に勤務する社員にとってアルムナイ採用はどのような影響があるのでしょうか。

アルムナイ採用とは、会社を退職した元社員を再び雇用する制度や仕組みのことを言います。Uターン採用、カムバック採用等いろいろな呼称がありますが、一度その会社を退職(卒業=以下、アルムナイ)した人が出戻ってくるという意味合いです。

先日、共同通信社が主要企業118社に行った採用アンケート※で、転職などで会社を退職した元社員を再び雇用する制度や仕組みを導入している企業の割合が71%(84社)に上ったというニュースがありました。※2024年4月20日配信

人手不足の中、元社員に即戦力を求めるのは当然のことかもしれません。ここからは二つ事例を紹介し、社内の影響を考えていきます。

出戻り社員がきた!

(1)期待を超える形で戻ってきたAさん

K社は保育事業を営む学校法人で、先日4年前に退職した保育士のAさんを出戻り採用しました。Aさんの退職理由は親の介護で、勤務時間と折り合いがつかず退職していました。

退職後Aさんはフリーランスでベビーシッターをしていたとのことでした。フリーランスであれば介護と折り合いがつきやすかったのでしょう。生活も落ち着き、やはり「子供が好き」「もう一度自分の能力で貢献したい」といった熱意が原動力となり在籍時の職場の友人の後押しもあり自身で応募しました。

改めて書類を確認したところ、保有資格が格段に増えていました。聞けば介護を経験する中で勉強が必要になり、せっかくならと栄養士の資格や様々な福祉資格を取得したとのことでした。

これは幼児保育の現場でも非常に役立ちました。結果、Aさんは保護者からの栄養相談の窓口になったり、園内の保育動線の改善を提案したりと、期待のはるか上の貢献をし、一緒に働く保育士のモチベーションになっています。

(2)不穏な空気を作り出したBさん

アパレル業のJ社は3年前に退職したBさんを先日出戻り採用しました。退職後、自身のキャリアアップのため、同じアパレル業界で勤務していたBさん、その経験も加味し相応のポジションでの再入社でした。

J社の企業風土も十分に理解しているので問題ないと思っていました。が、在籍時のBさんの後輩だった現在の上司とのギクシャクした関係や、過去の経験を引きずり現在の運用に適応できない点などから「置き場に困る」存在になっていきます。

さらに本人の「私のころは●●だった」といった「これくらいのことは入社半年でできていた」といった過去を自慢する態度も相まって、職場のモチベーションは格段に下がり、最終的には「一緒に働くのはキツい」と若手社員から異動願まで提出されてしまいました。

出戻り社員を再び雇用するメリット・デメリット

次に、上記事例を振り返りながら出戻り社員を再び雇用するメリット・デメリットを整理します。

メリット(1)採用コストが抑えられる

アルムナイ採用では採用方法が会社から直接オファーだったり、退職者と在籍者のネットワークの中からの自己応募だったりします。「求人媒体・サービスを使う」といったことがないので、通常の中途採用で必要な求人広告の掲載料や人材紹介に伴う金銭的コストは圧倒的に抑えられます。

メリット(2)いち早く即戦力になる

在籍時のデータがお互いにあることで、会社としては、すでに人物像や一定のスキルが把握できていて、社員本人も社内風土や組織としての動きを経験済みの状態です。そのため、本人との相互理解の時間と工数は少なくて済みます。

また、入社後の教育についても、在籍当時と現在の変更点を中心とした研修のみですぐに現場に移せるのも大きなメリットです。

メリット(3)新たなイノベーションが起きる

一度退職して、他で働いてきたということは、残留社員が経験しえない体験や新たなスキル・ノウハウを持ち帰ってくることが多いです。

同じスキルだったとしても、他社での研鑽から卓越した技術者になっていたり、別の視座からの修正が行われていたりとそれ自体が精緻になっています。

こういったノウハウを社内に還元することで新商品が開発されたり、業務改善に取組む際の有益な情報源になったりするので、生産性の高い組織になるきっかけになります。

デメリット(1)残留社員から不満が出る

どれだけ会社にウェルカムな制度や姿勢があったとしても、そこでずっと働いてきた社員から見た場合「一度うちを辞めた人」です。社内で地道にキャリアを築いてきたメンバーからは、「面白くない」という意見は一定数出ます。

さらに、他社での経験を加味しての役職付き再入社の場合など、自社での継続した努力を認めてもらえないと感じモチベーションが下がるリスクがあります。

また出戻り社員と残留社員の「当時の先輩後輩といった関係性」や、昇進昇格によって立場が違ってしまっている場合など、コミュニケーションに悩む場面も多くなり、周囲が「働きづらい」と感じる可能性があります。

デメリット(2)現在の運用に順応できない場合がある

会社も常に変化しているので、出戻り社員が当時経験したことがそのまま通用しない場面も出てきます。

特に、最終的な成果物が同じであれば「自分の時はこうだった(これでもうまくいく)」と全体最適を無視し個人を主張しがちです。本人が新しい運用に順応する努力をせず、過去の経験にとらわれて学び直しをしない場合があります。

デメリット(3)安易な退職を助長してしまう可能性がある

この制度の目的は「優秀な人材を確保する」であって、「いつでもだれでも戻ってくることができる」ではありません。しかし内容を誤解し、社員が安易に退職を選ぶ可能性があります。

職業の選択は人生の大きなターニングポイントです。にもかかわらず、「いつでも戻ってくることができる」という認識で、退職自体を「売り手市場だから」「ミスが重なってしまったから」等、現在の外部要因だけで安易に選んでしまうリスクになり得ます。

出戻り社員と残留社員の間で軋轢を生まないためには

社員からの「一度やめたのになぜ……?」という視線はアルムナイ採用において必ず出る課題です。

そもそもアルムナイ採用は中途採用の一つの方法であって、選考基準が甘いわけでも、採用後縁故を理由として何か優遇されるものでもありません。

中途採用の目的は「その会社に必要な優秀な人材を確保しより生産性の高い企業になること」です。明確な目的があって採用し、訴求先がアルムナイというコミュニティというだけです。

この部分を残留社員にしっかり理解してもらう事が必要です。アルムナイ採用を社内カルチャーとして定着させることで、軋轢なく働きやすい風土が醸成されます。

次にマネジメントとして、「現在の採用基準」、「現在の能力」で業務やポジションを判断する、評価することが肝要です。

会社も変化しています。過去の「ここの部署でこの業務だった」「これが得意だった」だけでなく「退職後どんなスキルを得、どんな経験を積んだのか」で採用可否を勘案し、全社員共通の公平公正な評価基準のもと明確に期待役割を言語化、評価することが重要です。

これによって、決して特別扱いでないことがわかり、残留社員に対しての公平感も保たれます。また、出戻り社員に対しても労働条件・業務内容等待遇面におけるトラブルが防ぐことができるでしょう。

終身雇用も崩壊した今、働き手側も自身のキャリア構築や市場価値を高める為に転職するという職業観にシフトしつつあります。つまり、さらに自分を高められる職場として出戻ってきたとも言えます。出戻り社員は裏切り者ではないのです。

現在どこの会社も人手不足で現場は疲弊しているうえ、少子高齢化により今後も採用難は続きます。アルムナイ採用をうまく活用できるかどうかは社内のカルチャーを変化させることと、現場のマネジメントにかかっているのです。

著者プロフィール:鈴木麻耶(すずき・まや)

特定社会保険労務士、採用定着士。大槻経営労務管理事務所所属。
実家の寺院を継ぐことになり、子の小学校入学を機に夫とともにUターン。現在フルの在宅勤務。事業規模、業種ともさまざまなクライアントを担当し、「離れていてもできる! 伝わる! やりきれる!」を実践中。