何の罪もない仲むつまじい家族に、なぜこのような試練を与えるのか――そんな思いにさせられるシーンの一つが、最期の地であるスイスへ旅立つ母と娘たちの空港での別れだ。
姉妹は、悲しく暗い別れにせず、明るく送り出そう決めており、その手を離すまで気丈に振る舞っていたが、やはり実際に別れた後、涙をこらえきれなかった姿をカメラが捉えている。それでも、保安検査場を通って再び姿を見せた時には、泣き顔を見せなかったという。
「お母さんがいろいろ悩んで下した決断に対して、ある種の敬意を持って自分たちも接しようと決めていたんだと思います。だから、実際には心の中で、ものすごい葛藤があったと思いますし、受け止めきれていないところもあると想像しますが、それをお母さんに見せないという思いが、彼女たちを強くさせていた気がします」
「娘たち返すことができないことが残念で悔しい」
愛する娘たちと別れ、夫と共にスイスへ降り立ったマユミさん。自分の意見をしっかりと持ち、今回の大きな決断をしてから家族の前でも弱音を吐かなかった彼女に、山本Dは“強い女性”という印象を抱いていた。しかし、最期の日の前夜に本音を打ち明けられた時が、今回の取材で最もつらかったと振り返る。
「娘さんたちへの思いを聞いていると、“娘たちは自分に対していろんなことを考えながら言葉をかけてくれて、それがすごく支えになってうれしかったんだけれども、自分は亡くなってしまうから、それを彼女たちに返すことができないことが残念で悔しい”と、涙を流したんです。ご家族からもマユミさんは全然泣かないと聞いていて、僕もそういう姿を見たことがなかったので、やっぱり家族ともっと一緒にいたい、娘さんたちにできることをもっとしてあげたいという思いが強くあるんだとすごく感じて、その時は本当に心が張り裂けるような思いで聞きました」
その翌日、マユミさんは自らの手で致死薬の入った点滴のバルブを開けた。愛する家族に見守られながら、穏やかに目を閉じ、最期の時を迎えることになる。
●山本将寛
1993年生まれ、埼玉県出身。上智大学卒業後、2017年フジテレビジョンに入社し、ディレクターとして『直撃LIVE グッディ!』『バイキング』『めざましテレビ』『Mr.サンデー』を担当。「FNSドキュメンタリー大賞」で『禍のなかのエール~先生たちの緊急事態宣言~』(20年)、『最期を選ぶ ~安楽死のない国で 私たちは~』(23年)を制作し、『最期を選ぶ』では、「FNSドキュメンタリー大賞」で優秀賞、フランス・パリで開催された日本ドキュメンタリー映像祭「Un petit air du Japon2024」でエクランドール賞(最優秀賞)、国際メディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル2024」でドキュメンタリー・Human Rights(人権)部門の銅賞を受賞した。また、『エモろん ~この論文、エモくない!?~』『オケカゼ~桶屋が儲かったのはその風が吹いたからだ~』といったバラエティ番組も手がける。
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