人口減少が続くなか、全国の市区町村は懸命に移住促進を進めている。そんな自治体の魅力発信でいま注目を集めているのがメタバースだ。香取地域の市町が1月28日にリアルとメタバースで同時開催された香取地域移住セミナー&相談会について聞いてみよう。
移住先として選ばれる自治体になるためには?
少子高齢化により、日本全体で人口が減少している。全国に1,700強ある市区町村はどこも移住者の増加を望んでおり、地方ほど渇望しているのが現状だ。すでに全国で人口の奪い合いが始まっており、移住促進に力を入れていない地方自治体はほぼ無いと言って良いだろう。千葉県香取地域の一市三町、香取市、神崎町、多古町、東庄町もそんな自治体のひとつと言える。
しかし、移住先として選ばれるためには「その街に住みたい」と強く思ってもらう必要がある。移住する側としても、いま居る土地を離れ、新しい生活を始めるのは非常に大きなチャレンジとなるからだ。だからこそ地方自治体は街の魅力を発信し、知名度を上げるためにさまざまな取り組みを行っている。
千葉県 総合企画部 地域づくり課 地域活性化室の室長を務める東海林智之氏は、「やはり個別に市町が情報発信したり、移住イベントをやったりしても、なかなか名前を知っていないと来ていただくのは難しい状況があります」と、その難しさを語る。
メタバースに活路を見いだす自治体
一方で、香取市の佐原地区は水郷の町として栄え、“小江戸”と呼ばれたその町並みがいまもその姿を残す観光スポットになっている。さらに江戸時代の天文学者・地理学者・測量家として名高い伊能忠敬の旧宅もある。
「日本人なら誰もが知っていると言っても過言ではない、この伊能忠敬旧宅をなんとか使って、香取地域全体の知名度を上げたいと我々は考えました。ですが、いくら来て欲しいと思っても、美しい町並みのアピールはどの市区町村でも行われていて、なかなか差別化できません」(千葉県 地域づくり課 東海林氏)
そんなときに見かけたのが、京都のメタバースだ。京都は世界的にも非常に人気が高い街であり、京都を再現したメタバース空間が沢山ある。海外の人たちはこの空間で京都を体験し、NFT(Non-Fungible Token/非代替性トークン)を使いアバターに着物を着せて楽しんでいる。
また、新潟県長岡市の山古志地域という限界集落はメタバースを使って“旧山古志村”を再現し、「デジタル村民」を募集した。ニシキゴイをモチーフにした一点もののデジタルアートを「デジタル住民票」としてNFTで販売したところ、約10カ月で現実の村民人口を上回る数が購入され、世界的に注目を浴びたという例もある。デジタル村民と地域住民との交流は広がりを見せ、現実でのイベント開催にも繋がった。
「我々も、まずはメタバースの中で佐原地区を体験してもらい、可能であれば実際に来てもらうというところまで繋げられないかと考えました。NTT東日本さんから『DOOR』という仮想空間プラットフォームの提案があり、まずはメタバースの中で佐原地区を体験してもらい、可能であれば実際に来てもらうというところまで繋げられないかと考え、伊能忠敬旧宅を中心にメタバース空間を構築しました」(千葉県 地域づくり課 東海林氏)
DOOR内に再現された伊能忠敬旧宅
「DOOR」は、2020年11月に日本初の3D空間型オウンドメディアとして開設された、NTTコノキューが提供する仮想空間プラットフォームだ。自作空間を用いた簡易利用であれば無料で使用することができるため、まずはメタバースを試してみたいというタイミングにはうってつけと言える。
こうして2022年の秋ごろより、千葉県とNTT東日本 千葉事業部は共同でメタバースの構築を進めることになる。目的は、佐原地区をフックとした香取地域全体の知名度向上だ。千葉県は伊能忠敬旧宅を中心に作り、NTT東日本はその周辺にある佐原の町並みを制作。さらに旧宅の土蔵に仮想セミナールームを作った。
「伊能忠敬旧宅は国指定史跡であり、立ち入りが禁止されている場所が沢山あります。しかし、こういった箇所を正確に再現するためには中に入らなければなりません。関係各所の説得や調整がなかなか大変でした。実際には入れない畳の上や板の間などにも入れるので、歴史ファンはぜひ体験していただきたいと思います」(千葉県 地域づくり課 東海林氏)
また、NTT東日本 千葉事業部 ビジネスイノベーション部 ビジネス企画グループ 第二ビジネス企画担当 担当部長の高砂淳氏は、「解像度を上げるほどポリゴン数が増えてロード時間や通信帯域を要すので、高精細さとのバランス調整には気を遣いました。極力、忠実に再現できたと思います」と技術面からのこだわりについてコメントした。
リアルとメタバースで同時開催された「香取地域移住セミナー&相談会」
1月28日、DOOR内で再現されたこの伊能忠敬旧宅で「香取地域移住セミナー&相談会」が実施された。場所は、伊能忠敬旧宅の土蔵に設けられた仮想セミナールームだ。千代田区有楽町の東京交通会館でも同時開催され、リアル空間で行われたセミナーなどの内容は、ライブ中継でメタバース空間にも届けられた。
香取地域振興事務所 企画課 課長の高梨泰明氏は、「自然豊かで田園が広がる香取地域をより多くの方に知っていただき、移住・二地域居住先として関心を持っていただけるよう、香取地域振興事務所と当地域の一市三町が合同で開催しました」と、その趣旨について説明する。
香取地域ではこれまで市・町単独で相談会を行っており、香取地域合同での開催は今回が初ということで、例年に比べ知名度がそれほど高くないイベントだったが、メタバースでのイベントという目新しさもあって、予想以上に関心を持ってもらえたそうだ。
そのうえで実際に有楽町に来た方は「リアル会場は直接現地の方と話せる」ことを、仮想セミナールームを訪れた方は「遠隔地からでも気軽に参加できる」ことをメリットとして上げていたそうだ。また、先輩移住者の声を聞くために移住説明会を訪れる方は多い。メタバースなら双方が自宅にいながらそういった声を聞くことができるのも強みとなる。
「今回のイベント開催にあたり、準備を進めていく中、通信状況などの影響で、個々の端末からメタバース空間に入室できない、音声が上手く聞こえない、共有された資料が見られないなどの不具合が生じる可能性があることがわかりました。今後はより安定した通信環境や、初めて参加される方へのサポートの充実、そしてメタバースのメリットを活かしたイベントの開催方法を検討していきたいと考えています」(香取地域振興事務所 高梨氏)
まずは大きなトラブルなく終了した、1月28日の「香取地域移住セミナー&相談会」。NTT東日本の高砂氏は取り組みを振り返り、次のように抱負を述べた。
「DOORの特徴は、アプリをインストールせずともブラウザからアクセスできるため、スマホでもPCでも端末を問わずメタバースに参加できることです。一方、端末上の別アプリでマイクやカメラを使用していると、音声や映像が上手く使えないというデメリットもあります。TPOに応じたプラットフォーム選択も大事ですし、私共もお客様の業務や課題をよく理解した上で、コンテンツ制作の工夫や、新サービス・新機能の活用という努力を続けていきたいと思います」(NTT東日本 高砂氏)
日本の縮図「千葉県」から課題解決の展開を
千葉県は東京に近く、電車でも自動車でもすぐにアクセスできる。二地域居住が容易で、テレワークに向いている上に、海も里山も田園風景もあり、多様な環境を内包している。香取地域に目を向けると成田空港が近く、交通の面でも利点は大きい。「田舎だが、不便ではない」のが大きな特徴だ。「千葉県は日本の縮図」と言われており、千葉県で展開できる地域課題解決は、全国で展開が可能だろう。
「今回は香取地域に拠点を構築しましたが、今後は千葉県全体の魅力を発信していきたいと思っています。DOORは、扉を開けるとまったく別世界に行くことができます。たとえば、札幌の雪まつりを見てからドアを開けて、伊能忠敬旧宅を見てもらうようなことも可能です。それゆえに、なかなか我々だけで広げるのは難しい。この記事を見た企業や自治体、教育機関などで、我々と連携したいという方が居ましたら、ぜひお声がけをいただきたいと思います」(千葉県 地域づくり課 東海林氏)
※所属役職は取材当時のものです。