JR西日本の発表によると、北陸新幹線金沢~敦賀間の延伸開業から1カ月間の利用者数は、金沢~福井間で72.3万人だったという。内訳は金沢駅から福井方面で36.8万人、福井駅から金沢方面で35.5万人。合計を在来線時代の前年と比較すると126%、コロナ禍前の2019年と比較しても112%だった。

  • 北陸新幹線金沢~敦賀間の延伸開業から1カ月以上が経過した

北陸新幹線の延伸開業によって乗客数が増えたから、まずは「新幹線をつくって良かった」といえる数字だろう。しかし、国土交通省鉄道局の需要予測は金沢~敦賀間で86万4,210人だった。JR西日本の発表は福井~敦賀間を含んでいないので単純比較はできないものの、差分の14万人が福井~敦賀間に等しいだろうか。

この需要予測は、2023年10月に「北陸新幹線(金沢・敦賀間)開業に伴う特別急行料金上限設定認可申請について」(運輸審議会説明資料)で示していた。内訳は在来線特急列車からの転移が2万7,029人/日、航空および東海道新幹線経由からの転移が1,778人/日と見込み、合わせて2万8,807人/日だった。これを30倍すると86万4,210人になる。

JR西日本がなぜ延伸区間全区間で発表しなかったか、疑問が残る。2015年3月に「北陸新幹線(金沢~長野駅間)開業後のご利用状況について」を発表したときも、計上した区間は上越妙高~糸魚川間のみだった。これでは、「延伸全区間で比較すると予測を下回ってしまうからではないか」と勘繰りたくなる。

ともあれ、JR西日本が発表した区間は北陸新幹線の延伸開業によって乗客増という結果になった。しかし、これは東京方面の増加が大きかった結果かもしれない。京阪神・中京方面からの「敦賀駅乗継ぎ問題」の影響はあったと思われる。

福井県はマイカーも含めた開業効果か

JR西日本の発表を受けて、地元の新聞各社が地域の様子を伝えている。福井県は予想通りの活況に対して、石川県側はいまひとつ。能登半島地震の影響に加えて、政府の観光推進策「北陸応援割」の人気スポットに集中したようだ。

福井県敦賀市の観光スポット「赤レンガ倉庫」の入込客数は前年同月比約1.4倍。欧亜連絡船時代の巨大ジオラマがあるところで、北陸新幹線に乗りたい人にとって親和性が高かったと思われる。敦賀駅からの二次交通となる「ぐるっと敦賀周遊バス」は前年同月比1.8倍。つねに座席が埋まる状況という。敦賀駅周辺の商業ビルや商店街も活況で、老舗和菓子店も製造が追いつかないそうだ。

  • 福井駅西口の「恐竜広場」。恐竜ロボットが迎えるフォトスポットに

  • えちぜん鉄道の「恐竜列車」。土休日を中心に運行され、午前に福井発勝山行(行き)、午後に勝山発福井行(帰り)を設定している

福井県の観光といえば恐竜。県立恐竜博物館の入込客数は、コロナ禍前の2019年と比べて約1.7倍になった。県立恐竜博物館は福井駅から離れているものの、二次交通のえちぜん鉄道が福井~勝山間で「恐竜列車」を運行しており、活況の様子。勝山駅からのバスを組み合わせた旅行商品を販売している。携帯電話のCMでも話題となった県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館も、対前年比約1.3倍に。こちらも福井駅から遠いが、越美北線の一乗谷駅から徒歩3分で、福井駅から路線バスもある。二次交通が整っていれば、新幹線効果の恩恵があるとわかった。

朝日新聞の記事によると、3月16~31日のJR東日本管内と金沢駅以西(金沢~敦賀間)の指定席購入客数は前年同期比で1.2倍とのこと。この数字は石川県への来訪者も含むから、福井県に北陸新幹線で向かった人はそれほど多くないかもしれない。

福井新聞の記事によると、福井県観光連盟が来訪者から収集したアンケート結果で、県外観光客のトップは愛知県の16.1%、次いで大阪府の13.4%、3位が東京都の10.6%だったという。愛知県や大阪府から鉄道で福井市内などを訪れる場合、敦賀駅で乗換えが必要になる。批判の多い敦賀駅乗換えだが、心配したほどではないかもしれない。

ただし、マイカー観光が増えているために県内や北陸の来訪者が多いという声もある。それを裏づける記事もあった。越前たけふ駅前に用意した無料駐車場が連日満車で、混雑により新幹線や高速バスに乗車できないおそれもあるという。パークアンドライド用が437台、駅に隣接した道の駅に170台、合計600台分を用意している。

地元の人々が新幹線に乗るために用意されたものだと思われるが、マイカーで近県から訪れた人が福井・金沢方面または敦賀方面へ向かっているとすれば残念に思う。越前市はライブカメラを設置したというが、これは不正利用者の摘発というより、空き状況を知らせる目的のようだ。きっぷや予約アプリで新幹線利用者のみ無料にする、あるいは道の駅で一定金額の購入を必要にするなどの対策を取ったほうが良いかもしれない。

  • 敦賀駅やまなみ口(東口)周辺も駐車場が整備されている

駐車場問題は敦賀駅にもある。敦賀駅周辺には587台の駐車場があり、混雑しているという。商業施設の利用者だけでなく、観光客や新幹線のパークアンドライドに使う人が増えているようだ。マイカーの観光客が増えているとすれば、北陸新幹線開業に伴う誘客施策の効果もあったわけで、それも含めて新幹線効果といえそうだ。

石川県の小松駅と加賀温泉駅は明暗分かれる

石川県で北陸新幹線の駅がある金沢市、小松市、加賀市の来訪者は前年とほぼ同じという。能登半島地震の影響や風評被害で下がりそうなところを「北陸応援割」が押し上げた形になった。

北陸新幹線の延伸区間のうち、石川県内には小松駅と加賀温泉駅が新設された。2駅のうち加賀温泉駅周辺の旅館は盛況で、東京からの観光客が増えた。北陸新幹線延伸開業と同時に始まった「北陸応援割」の効果も大きく、東京から来訪者が増えている。関西の来訪者から「敦賀乗換えが面倒になった」と聞いたというエピソードも紹介されているが、その来訪者は面倒を乗り越えて加賀温泉に来たわけで、加賀温泉の魅力が大きいことの裏返しだろう。

「北陸応援割」は能登半島地震の復興振興策で誘客効果が高く、北陸新幹線の延伸開業による効果が見えない。加賀温泉の集客施設の多くが被災者を受け入れている事情もあり、いまのところ対前年比で測れない面もある。

一方、小松駅は少し寂しい状況になった。駅周辺の商店街は開業日に多くの来訪者があったものの、現在は週末に観光客が少し増える程度だという。地元客向けの商店は土日に休んでしまうだろうから、新幹線開業の効果を受けにくい。観光客向けのしかけが欲しいところかもしれない。

小松駅周辺にも観光の下地はある。ひとつは駅東側に広がる「こまつの杜」。ここは建機メーカーのコマツ(小松製作所)が創業した土地で、鉱山向け巨大ショベルカー「PC4000」と超大型ダンプトラック「930E」が駅前に鎮座する。日本のものづくりの結晶であり、象徴する機械である。マシンとはいえ、大仏のようにお参りしたくなる。

  • 「こまつの杜」に展示された大型建機。北陸新幹線開業後の3月末、コモンズ投信が投資先企業のコマツとともに、小松市内の工場や「こまつの杜」を見学するこども向けイベントを開催したという

「こまつの杜」では、他にも建設機械の名機が保存されている。企業博物館として「わくわくコマツ歴史館」「わくわくコマツキッズ館」「わくわくコマツ未来館」もある。「こまつの杜」という名にふさわしく自然観察の場も設け、「いきもの観察館」「げんき里山」という体験施設がある。建機マニアでなくても行ってみたくなる施設だろう。

もうひとつは小松駅と小松空港を結ぶ自動運転EVバス。北陸新幹線金沢~敦賀間開業に先立ち、3月9日から通年運行を開始している。途中停留所なしの直行便で、所要時間は15分。小松空港発は1日5便、小松駅発は1日6便あり、北鉄加賀バスが小松市から受託して運行している。この組み合わせだけでも、乗り物好きには魅力的といえる。

  • 小松駅と小松空港を結ぶ自動運転EVバス。小松市やBOLDLYなど5者が2022年8月に連携協定を締結し、2023年10月から長期試験走行を実施。3月9日から通年運行を開始した

小松駅からIRいしかわ鉄道の列車で16分の加賀笠間駅付近に、「トレインパーク白山」もオープンした。北陸新幹線白山総合車両所に隣接した見学・体験施設で、加賀笠間駅から徒歩15分で行ける。加賀笠間駅と「トレインパーク白山」「道の駅めぐみ白山」を結ぶシャトルバスもある。小松空港と「こまつの杜」「トレインパーク白山」を巡れば、飛行機と北陸新幹線を組み合わせた回遊ルートができる。じつは小松駅周辺も、観光振興の可能性を持っていた。

名古屋からは鉄道離れ、福井はナイトエコノミーが課題に

北陸新幹線の延伸開業効果が報じられる中、課題も指摘されている。「敦賀駅乗換え問題」は京阪神以上に中京圏のダメージが大きい。名古屋~福井間の高速バスは利用者が増え、3月は対前年比で1.4倍になったという。特急「しらさぎ」と北陸新幹線の組み合わせは所要時間の短縮が限定的で、面倒な乗換えが増えた。それでいて、北陸新幹線によって特急料金が約2,000円アップ。乗車券と合わせて8,260円である。

  • 特急「しらさぎ」は名古屋・米原~敦賀間の運転に

一方、高速バスは名古屋~福井間で3,600円。所要時間は2時間50分で、鉄道よりも1時間余計にかかるが、観光やビジネスの所要時間として約3時間は受け入れられやすい。高速バスは名鉄バス、ジェイアール東海バス、京福バス、福井鉄道の共同運行で、昨年12月に1日8往復から1日10往復に増便している。

名古屋~金沢間の高速バスも、3月の対前年比は約1.4倍になるとのこと。その一方で、富山地方鉄道は高速バスの減便を決めた。5月から修学旅行シーズンを迎え、貸切運行が増えるためで、名古屋便26本、東京便16本、新潟便12本、京都大阪便2本を減便する。理由は乗務員不足で運行を維持できないからと説明している。北陸観光ブームの商機が来ている中で、乗員不足という厳しい現実がある。

名古屋から北陸方面における高速バスの優位は、北陸新幹線が新大阪駅まで開通したとしても変わらない。新幹線の京都駅乗継ぎだと所要時間も運賃・料金も増える。

観光客でにぎわう福井県も悩みどころがある。夜になると観光客が去ってしまうという。地元の人々は、「観光は福井、宿泊は石川または滋賀という定番コースになっているのではないか」と危惧する。せめて福井県内の芦原温泉に泊まってもらいたい。ナイトエコノミー開発が課題となりそうだ。

石川県は福井県から宿泊客を獲得しているとはいえ、能登半島地震の影響が残る。地域の復興や生活再建が進んでいるものの、まだ7割の被災者が一次避難所で過ごしている。地元の観光業界としても、観光推進に力を入れたい一方で、交代制でもいいから被災者に旅館で過ごしてほしいという思いもあるだろう。

まとめると、北陸新幹線の延伸区間の成績は好調だが、沿線はまだ観光、経済の実力を発揮できていない。これからの施策に期待しつつ、沿線各県が北陸新幹線の恩恵を受けるためにも、能登半島地震からの復興が重要だ。