異業種出身の「推し農家」たち、就農の背景と強みを語る

日本各地から本イベントに駆けつけた農業経営者は、同コンソーシアムがWEBサイトなどで紹介する約150人のロールモデル農業者の中の10人。トークセッションは2部制で行われ、各セッションに5人が登壇しました。

第1部のテーマは「就農と経営」です。薄羽養鶏場の薄羽哲哉(うすば・てつや)さん、3181(さいわい)Farmの龜山剛太郎(かめやま・ごうたろう)さん、悠牧豚の川瀬悠(かわせ・ゆう)さん、やつしろサニーサイドファームの桑原健太(くわはら・けんた)さん、三ツ間農園の三ツ間卓也(みつま・たくや)さんが登壇。それぞれ、経営の秘訣(ひけつ)や、農業を職業に選んだ理由などについて話しました。

栃木県益子町で採卵養鶏と加工を手がける薄羽さんは、6年前まで都内の市場調査会社に勤めていたことを振り返り、親元で就農したきっかけについて「父の苦労を知ったこと」と説明。折しも自身の結婚報告の席で「『祖父が養鶏で負った借金を完済したので潮時にしたい』という父の考えを聞き、これまで苦労して続けてきたものをここで閉じていいのか』という思いに駆られたことで、養鶏場を継ぐ決意を固めたと言います。

壇上左から、薄羽さん、龜山さん、川瀬さん、桑原さん、三ツ間さん

元商社マンの龜山さんは非農家からの就農。月の約半分は海外を飛び回る生活から一転、農業の世界に飛び込みました。マーケットインで商品開発した玄米の冷凍おにぎりをメインに展開。「農産物は作らなくても、営業や新規開拓など自分の得意なことを生かして6次産業化から入りました」と語りました。2024年4月には、東京都渋谷区から静岡県小山町に拠点を移して1反の農地を借り、町内初の新規就農者となって農業ビジネスを加速させています。

富山市で放牧養豚をする川瀬さんはマーケティング畑の出身。市場調査で訪ねた福島県の生産者から販売で力を必要とされて農業に携わります。農業生産法人の営業を担当する傍ら現場でも3年間研修を受ける中で、障害を持って生まれた息子が将来働ける職種としても農業に可能性を感じたそうです。「地元の富山に戻るときに、福島でやっていたイチゴか養豚かで競合のいない養豚を選び、調査能力を駆使して土地を探して新規就農を果たしました」(川瀬さん)

熊本県八代市で晩白柚(バンペイユ)を生産する桑原さんは就農2年目。比較的早く就農を決意し、東京で大学農学部を卒業後、金融機関への就職を経て祖父の畑を継ぎました。「一度地元の外に出たことで、八代でしか作っていない晩白柚を強みに感じて自信を持って取り組めたし、一回社会人を経験したことで経営者から勉強させてもらえました」と朗らかに語ってくれました。

三ツ間さんは元プロ野球中日ドラゴンズの投手からセカンドキャリアでイチゴ農家に転身。2024年1月、野球ファンの集客を見込める横浜市に観光農園をオープンしたばかりです。就農までの一番のハードルは「土地」だったと強調。「各種機関に頼ると回答を得るまで時間がかかるため、候補地を調べて自分で地権者を訪問して営業しました」と振り返りました。

5人からは、経営面ではバックグラウンドとなる強みを持つことが重要であること、また、販売面ではマーケットインの販売戦略、誰に売るかで産直ECや今後それに変わる販売チャネルにアンテナを張ることなど、農家にこそマーケティングが大切であることが語られました。また、SNSの活用、クラウドファンディングでのファンづくりなど、ローリスクで市場のニーズ応えていくことなど、経営の秘訣も教えてくれました。

ロールモデル農業者と考える、地域との関わりと未来ビジョン

第2部のテーマは「地域と未来」です。登壇したのは、ベジLIFE!!の香取岳彦(かとり・たけひこ)さん、たけもと農場の竹本彰吾(たけもと・しょうご)さん、アンファームの橋本純子(はしもと・じゅんこ)さん、TROPICAL FIELD モリ之ナカの八谷耕平(はちや・こうへい)さん、フィールドマスター合同会社の林孝憲(はやし・たかのり)さん。地域との関わり方やその重要性、農業の未来を予想しての向き合い方を話してくれました。

熊本県八代市で牛餌となるWCS栽培をする林さんは、20数年ぶりのUターンで親元就農。100軒の生産者から計159ヘクタールの圃場を預かっています。「信頼がなければ土地を貸してはもらえません」と言うように地元の消防団や青年農業者クラブで農業者の横のつながりをつくり、経営者として商工会にも入っているそうです。コミュニケーションのコツは「手伝いましょうかと声をかけること」だと教えてくれました。

写真左から、香取さん、竹本さん、橋本さん、八谷さん、林さん

橋本さんは大阪から移住し、香川県三豊市の農業法人に就農。会社員の利点の一つアフターファイブを利用して、地域の町づくり活動団体の副理事長、移住者の誘致とサポートをするNPO法人の会長を務めます。こうした活動によって「地域の方の理解が深まり縁がつながっていった」そうです。「移住は自分一人の力ではできません。縁をいかにつないで続けていけるかが大事」との言葉とともに、人の温かさや住み心地のよさも語ってくれました。

竹本さんは、石川県能美市で江戸時代から続くコメ農家の10代目。約50ヘクタールの経営面積で米や大麦、大豆のほか、国産イタリア米を生産しており、イタリア米を使ったリゾットなどの加工品も手掛けています。就農のきっかけについて竹本さんは、「高校3年生のとき、父から『(農家は)お米を作ることが仕事ではなく、地域の人の期待に応えるのが仕事だ』」と対面で聞かされたというエピソードを披露してくれました。

千葉県我孫子市で年間150種類のオーガニック野菜を栽培する香取さんは、農地が集まりにくい都市農業で体験と販売に力を入れています。「周囲の住宅地に農地が溶け込めるよう活動しています」との言葉通り、近隣の方が気持ちよく過ごせるように掃除をしたり、堆肥(たいひ)や耕うんなどの作業時に気遣ったりしていることが周囲に伝わり、多くの方に応援してもらえていると言います。

2021年に沖縄県の名護市と東村でマンゴー生産を開始した八谷さん。移住してくることを村民全員が知っているほどうわさが広まるのが早い地域だそうですが、「地域の人に手伝ってもらったり、草刈りなどみんなが集まる場所に出向くなどして親睦を深め、名護市では行政を巻き込んで新規就農のハードルを下げる活動もしています」とのこと。2025年に沖縄北部に開業するテーマパークをフックに地域との事業を推進していく構えです。

未来予想では、気候変動について「環境の変化に対応できるように学びを止めないこと」や「未来はわからないからこそ柔軟に時代に順応していくこと」、「循環型農業への取り組み」の大切さなどが語られました。また、今後大規模農業と小規模農業が2極化するとの予想から、小規模は地域の活性化やブランディングを事業とし、大規模化するならオリジナリティを出すことなど、就農を希望する人へのエールにもなる意見をもらいました。

交流の場で実感、仲間をつくりつながることの大切さ

イベントでは「推し農家マッチングブース」が設けられ、トークセッションの幕間や終了後にロールモデル農業者と参加者の交流がはかられました。熱心に質問をする参加者の姿が絶えず、その農産物や加工品、活動や取り組みの展示を熱心に見入る姿で、会場は熱気に包まれていました。

イベントに参加した明治大学農学部の亀谷凪沙(かめたに・なぎさ)さんは「色々なビジネスの形だけでなく、農業のリアルや体験談を聞くことができて勉強になりました。将来は農家の課題を解決する仕事をしたいと考えているので、ぜひこの経験を生かしたい」と話してくれました。

ロールモデル農業者の皆さんも、同じ農業者とのトークセッションや参加者との交流が刺激になったようです。自身の取り組みを改めて言語化できたこと、農業者が外へ発信する機会が持てたこと、また新たなつながりをつくる場になったことへの感謝の言葉もありました。普段SNSでつながっている農業者同士がお互いに顔を合わせたことで、改めて仲間意識が高まったという声も。参加者の皆さんが職業としての農業への一歩を踏み出し、新しい農業者の仲間が増えることを心待ちにしながら、イベントは大盛況のうちに幕を閉じました。