パリ2024パラリンピック開幕の約1年前にあたる2023年の9月。フランスに滞在したライターの生島淳さんは、現地で何を見て、何を感じたのか。パラリンピック半年前にあたり寄稿してもらった。

2023年秋、フランス。
ラグビーワールドカップ(W杯)の取材で、この地で6週間を過ごした。いちばん長く滞在したのはトゥールーズで、そのほか、マルセイユ、ボルドー、パリといろいろな街を転々とした。

フランスでの体験を端的にまとめると、こうなる。
困ったところも多いし、「もう最高!」というところも山ほどある。

フランスは「人を運ぶこと」が苦手!?

はじめに困ったところを書いてしまうと、フランスは「人を運ぶこと」が苦手な気がする。
日常生活ではエレベーターの品質が最低で、6週間住んでいたアパートメントでは「ゴトン」と数10cm落下することを何度も体験したし、あるときには行き先階の表示が消え、エレベーターが勝手に上下しだして死を覚悟した。日本に帰国して、なにに感動したかというと、赤坂にあるTBSのエレベーターに乗ったら滑らかで静か、しかも扉が開いてからフロアとの間に段差がない。日本のエレベーターはすげえ、と感動してしまった。

パリ市内の地下鉄。時刻表はあってないようなものだ
photo by AFLO SPORT(2023年9月撮影)

それと、特急列車の定時運航率は感覚的にはイチローの生涯通算打率とどっこいどっこいのような気がする(メジャーでは3割1分1厘)。2時間、3時間の遅れはザラにあるので、旅の終わりを迎えるころには「5分の遅延は遅れでもなんでもない」と思うようになり、もはや感覚がまひしていた。
だから日本に帰ってきて、車掌さんが「ただいま、3分遅れで運転しております」と聞いたとき、謝らんでもいいと個人的には思った。

ただ、ターミナル駅では感心したことがある。改札からホームが直接つながっている昔ながらの構造で、車いすの人には使いやすいと思った(日本ではJR上野駅がこのような構造。鉄道黄金時代の名残りだ)。
ところが、フランスでは乗車する際には階段があるため、車いすはリフトで上げる形で列車内へと格納されるのを目撃した。
このように、フランスの仕組みはすべてが満点ということはなく、一長一短という場合が多い。

それと日本のみなさんに伝えておきたいのは、フランスは自転車旅の人には最高だということだ。改札とホームがつながっているから、そのままホームまで乗り入れられるのがまず便利。日本のように自転車を「輪袋」に入れて運ぶ必要がないので、みんなそのまま。しかも自転車専用車両まであるのだ!

フランスは人を運ぶのが苦手と書きましたが、訂正します。アイデアは良いのだけれど、運用が苦手なんだと思います。

環境の意識が高いフランス

アイデア、発想力の豊かさは最高である。運輸だけではなく、それはW杯の取材の現場でも感じられた。

今回、とくに感じたのは「環境」については、日本よりもフランスの方が意識が高い。

まず、取材IDを受け取ったときに渡されるメディアキットにはタンブラーが含まれていた。

2019年のW杯日本大会を思い出すと、ペットボトルの水は飲み放題(それに加え、ヤマザキの「ランチパック」が数種類用意され、これが海外メディアに大人気だった)。

しかし、W杯フランス大会はプラスチックごみの削減に積極的に取り組み、各都市のプレスルームにはボルヴィックのタンクが用意され、自分のタンブラーに注ぐ形になっていた。
フランスでは驚くほど、ペットボトルがないのだ。

2023年7月に開催されたパリ2023世界パラ陸上競技選手権大会のメディアキットにもタンブラーが入っていた
photo by X-1

この流れは2024年のパリオリンピック・パラリンピックにも引き継がれ、組織委員会は「使い捨てプラスチックを使用しない、初のメジャーイベントにする」と宣言、環境問題に配慮した持続可能な国際大会にすることを目指す。それに対応して、主要スポンサーのコカ・コーラ社は、大会期間中は再利用可能なボトルと、200以上のソーダファウンテンを提供するという。

この発想はスポーツイベントだけではなく、私がボルドーのジャズクラブへライブを見に行ったときも、アーティストはマイタンブラーで水分補給をしていた。

ただし、この現実を目にしても、「フランス、いいね! 日本、遅れてる……」と単純には言えない。
日本ではなぜ、これほどペットボトルが普及しているのか。それはこの国が安全、安心だからだ。
駅、職場には自動販売機が設置され、それが破壊される心配はほとんどない。そしてコンビニエンスストアは全国各地に存在し、社会インフラとなっているが、この業態が広まったのは運輸網が発達し、かつ深夜の時間帯でも強盗被害の不安が少ないからだ。

つまり、ペットボトルの普及は、日本の治安の良さの証明なのである。
だから、フランスが良くて、日本が遅れているとは一概には言い切れない。
むしろ、日本がペットボトルの削減に取り組むとするなら、フランスよりもハードルが高いということになる。なんといっても、ペットボトルは軽くて持ち運びしやすいだけでなく、何種類もの飲み物が選べる。
これは豊かさの証明だ。

削減に取り組むとするなら、その便利さ、豊かさを捨てることになる。つまり、理性を働かせなければならない。21世紀、日本人に課せられた大きな課題なのではないか、とW杯の取材のあとに感じた。

ラグビーW杯開催期間中、外国人観光客でごった返すモンマルトルの丘。パリ2024大会で現地に行く人はスリやひったくりに気をつけよう
photo by Shinji Akagi

花の都はどう変わる?

2024年夏、パリオリンピック・パラリンピックという大会は、国際スポーツイベントの運営のスタンダードを決める意味では大きな意味を持ちそうである。

パリは古くて、新しい。

社会インフラには、19世紀のものがいまだに活用されている。それは持続可能という視点では評価できるのかもしれないが、現代の社会福祉ニーズに応えてない場合もある(メトロの駅にエレベーターが設置したくてもできない場合もあると聞いた)。
しかし、プラスチックごみの削減をラディカルに進めるあたり、刺激的でもある。

さて、「パリ2024大会」を開催することで、花の都はどう変わるのだろうか。

オリンピックとパラリンピックのシンボルが掲げられたパリ市庁舎(2023年7月撮影)
photo by X-1ライター 生島 淳
宮城県気仙沼市出身。1999年からスポーツライターとして活動し、ラグビー、野球、駅伝を中心に執筆。テレビ、ラジオにも多数出演。取材で印象に残っているパラアスリートは、女子マラソンの道下美里。

editing by TEAM A
key visual by Shinji Akagi