東京・目黒のホテル雅叙園東京で、雛祭り展としては都内最大級の規模となる「千年雛めぐり~平安から現代へ受け継ぐ想い~ 百段雛まつり2024」が始まりました。絢爛豪華なレトロ建築に、日本全国からさまざまなジャンルのお雛さまが集う早春の恒例企画は、2010年の初回開催以来、累計約63万人を集める同ホテルの人気展。2020年以来、4年ぶり12回目となる今年のテーマは、「千年雛めぐり」。特に筆者が度肝を抜かれたのは、座敷いっぱいに約800体の人形が飾られた「座敷雛」。今年の大河ドラマでもおなじみの「源氏物語」の華やかで雅な宮中の物語が、圧巻のスケールで展開されています。

  • 雛祭り展では都内最大級の規模の同展で、度肝を抜かれたのが約800体の人形による「座敷雛」の圧倒的スケール感

    京の雅を表現した圧倒的スケールの「座敷雛」

同展の舞台となるのは東京都指定有形文化財「百段階段」、1935年(昭和10年)に建てられた同ホテルで現存する唯一の木造建築です。99段の長い階段廊下が7つの部屋をつなぎ、当代屈指の画家たちによって趣向を凝らした絵や彫刻で装飾された部屋は、江戸時代から伝わる伝統的な美意識と昭和初期のモダニズムが息づき、その絢爛豪華さで“昭和の竜宮城”とも称されていたとか。そんなゴージャスな空間を存分に活かした7つの雛景色を巡り、‟雛御殿”の中に入り込んだような没入感が味わえるという趣向です。

  • 東京都指定有形文化財「百段階段」

座敷雛のスケール感は想像以上! 「源氏物語」の名シーン‟車争い”も

福岡県飯塚市の座敷雛は、毎年行われる「いいづか雛のまつり」主会場となっている旧伊藤伝右衛門邸の座敷一面を人形で飾り、テーマを決めて独自の飾り方で雛たちが喜ぶ姿を表現するそうですが、それを再現した2つめの部屋の座敷雛の熱量が、とにかく半端ない。京都の下鴨神社と上賀茂神社の例祭「葵祭」の行列や宮中の宴、祭りを楽しむ見物人の姿といった‟京の雅”を約800体の人形で表現し、「源氏物語」の印象的なシーンも随所に盛り込まれています。お雛さまたちが織りなす華麗な平安絵巻のジオラマともいえますが、よく見るとあちらこちらでドラマが勃発していて、その情報量もすさまじい。

  • 葵祭の主役である斎王の雅なお姿

奥の御殿で華やかな宴に興じる貴族たち。葵祭の主役である斎王の雅なお姿。馬上の光源氏と頭の中将も加わった賑やかな行列。さらにそんな‟光る君”の晴れ姿をお忍びで見物しに来た正妻・葵の上の乗る牛車と、愛人・六条御息所の女同士のドンパチ。う~ん、芸が細かい。六条御息所の牛車は倒され、ただでさえ気位の高い彼女は、公衆の好奇の目にさらされ辱められたこの事件をきっかけに、怨念を募らせて生霊化しちゃうんですよね。

  • 【写真】さながら雛人形版「ウォーリーを探せ!」というか、座敷雛にはずっと見ていたくなる中毒性がある

    オレンジ色の衣が光源氏で、その前を行く黒の衣が頭の中将

  • 正妻と愛人の喧嘩が勃発! 「源氏物語」の名シーン、‟車争い”

この展示を手がけた人形研究家の瀬下麻美子さんは、「光源氏をひと目見ようと牛車に乗っている正妻の葵の上と、愛人の六条御息所が、場所取りで喧嘩をするシーンを描いています。六条御息所は生霊になって人を呪い殺すような、『好きな男のためならば』というような女性。ここは夢の世界ですから、あちらには別の光源氏と紫の上もいて、源氏物語のいろいろなシーンをあちこちで見ていただけます」と話していました。

  • さながら雛人形で表現された「ウォーリーを探せ!」のよう。ずっと眺めていたくなる中毒性がある

確かに奥のほうに目を向けると、ラブラブな光源氏と紫の上の2人の姿も。おいおい罪深すぎるでしょ光源氏! と稀代のプレイボーイに想いを馳せ、さらに別の光源氏の姿を探しながら、いつまででも眺めていたくなる、緻密で濃密でフェティッシュな世界。ぜひ生でご覧いただきたい展示です。

現代風のシュッとしたお雛さまから極小のお雛さま、ユニークな猫雛も!

  • こちらは日本一の人形の町、埼玉県岩槻市の老舗人形店「人形の東玉」のお雛さま。丸みを帯びたお顔が福々しい

平安時代が起源とされるお雛さまは、その時代ごとのトレンドや世相、ライフスタイルの変化も反映します。一昔前は大きくて豪華なものが人気で、昭和40年代は七段飾りの最盛期で15人がメインだったそうですが、現在はサイズも小さく人数も減り、男雛・女雛の2人が主流なのだとか。

  • 羽子板の雛人形や、お雛さま用の着物たちも素敵

お雛さまは、地域によって形も表情もデザインも異なります。最初の部屋では雛人形の原型、平安時代の流し雛がルーツとなる「立ち雛」や、京生まれのきらびやかな細工や衣装が特徴の「享保雛」、大正時代に流行したミニサイズの「芥子雛」など、地域や時代ごとに異なる特色を持つ、さまざまなお雛さまが登場。

  • 人形師「東之湖」氏が手がけた「清湖雛物語」はマザーレイク・琵琶湖を舞台とした物語のジオラマ

  • 大谷翔平選手のような抜群のスタイルのお殿さまにも注目

そんな伝統的お雛さま像とは全く異なる、スタイリッシュで現代的なお雛さまも登場します。滋賀県の人形師「東之湖」さんのお雛さまは、凛とした顔立ちと八頭身を超える抜群のスタイル。麻を染めて作られた着物は、柄や刺繍ではなく重ねた色のグラデーションで魅せ、透明感のある涼やかな美を醸し出していました。

  • 魚やタコ、サンゴなど海の生き物のモチーフが可愛い「猫雛」櫻井魔己子/ねこたちの雛まつり

  • 階段に猫たちが集まった一瞬を切り取った作品「猫雛壇」細山田匡宏/ねこたちの雛まつり

そうかと思えば、手のひらに乗るほど極小の雛道具ばかりを集めたミニチュアのお雛さまや、10名の作家による‟猫のお雛さま”を集めたユニークなものも。「へー、こんなお雛さまもあるんだ」という楽しい驚きが続きます。

  • 象牙製芥子雛と七澤屋の雛道具/極小の雛道具(川内由美子コレクション)

最後となる7つめの部屋には、「丸く収まる、ご縁を作る」という意味を持つハレの日の贈り物、「てまり」が日本各地から集結。てまりは優しい気持ちを込めて「幸せになってね」という気持ちを込めて作るものだそうで、ここでは秋田から沖縄まで、地域ごとに個性が際立つ多彩なてまりを紹介。そんなてまりに加えて、雛まつりをイメージした‟てまりインスタレーション”が、格好のフォトスポットになっていました。

  • 福岡のてまりのお雛様(柳川伝承まり・さげもん研究)/早春を彩るてまり

  • てまりインスタレーションには、実はハートのてまりが1つ隠されています

雛文化が生まれた平安時代から現代まで、地域や時代によって姿かたちを変えながら引き継がれてきた雛文化を、絢爛豪華な文化財建築で堪能できる同展は、3月10日まで開催しています。

■information
「千年雛めぐり~平安から現代へ受け継ぐ想い~ 百段雛まつり2024」
会場:ホテル雅叙園東京 東京都指定有形文化財「百段階段」
期間:3月10日まで(11:00~18:00)
料金:当日券1,600円、大学・高校生1,000円 / 小・中学生800円