これからの冬のシーズン、のんびり温泉旅行を楽しみたいと計画中の読者に、穴場の温泉地としておすすめしたいのが山口県の長門湯本温泉だ。全国的な知名度はそれほど高くないが、近年、温泉街の再生プロジェクトが進められ、星野リゾートも進出するなど、注目度を高めつつある。
近隣には東洋屈指の大鍾乳洞・秋芳洞や、海に向かって無数の朱色の鳥居が連なる景勝地・元乃隅神社、さらに明治維新ロマンが感じられる萩市内の観光名所(城下町・松陰神社・松下村塾など)が存在し、上手に周遊すれば満足度の高い旅行になるだろう。
ただし、現地の鉄道の状況を見ると、2023年6月30日からの大雨により、美祢線の全区間(厚狭~長門市間)と山陰本線の長門市~小串駅間が現在も運休となっている。JR西日本の報道発表(2023年9月)によれば、美祢線の湯ノ峠~長門湯本間で80カ所(橋梁流失、盛土・バラスト流失など)、山陰本線の長門市~小串間で69カ所(橋梁の橋脚傾斜、土砂災害など)の被害が確認されたという。
山口県を旅行する場合、レンタカーを利用する人も多いと思うが、筆者は今年11月下旬に、あえて鉄道以外の公共交通機関を駆使し、2泊3日の旅行(1日目は長門湯本泊、2日目は萩市内泊)を敢行した。具体的な旅程を紹介するので、旅の参考にしていただければと思う。
再生された長門湯本の温泉街
首都圏から山口県への交通機関として新幹線または飛行機が候補に挙がるが、新幹線で向かう場合、東京~新山口間は約4時間20分かかる。もし、出発日も有効に観光に活用したいのであれば、所要時間約1時間45分の空路(羽田空港~山口宇部空港間)を使うべきであろう。
今回、筆者は羽田空港7時30分発のJAL291便に搭乗。9時15分頃、山口宇部空港に到着した。空港からは、秋芳洞や長門湯本温泉を経由して長門市内までを結ぶ乗合タクシー(冨士第一交通が運行、期間は2024年1月29日まで)を利用した。
この乗合タクシーは事前予約制で、金・土・日・月曜日のみ1日2便の運行と便数は少ないが、山口宇部空港から長門市内まで2500円という使いやすい料金設定が魅力だ。高速道路を経由し、長門湯本温泉に11時前後に到着。その後、ゆっくり昼食を取り、午後の観光を楽しむことができる。
長門湯本の温泉街はいま、若い宿泊客も増え、街の中心を流れる音信川(おとずれがわ)に設置された川床で、人々がのんびりくつろぐ姿なども見られる。しかし、ひと昔前は典型的な寂れた温泉街だったという。
かつては団体客でにぎわったものの、旅行トレンドの変化への対応が遅れ、時代とともに集客が右肩下がりとなり、2014年に江戸時代から続く老舗旅館が廃業。この状況に危機感を覚えた長門市や地元の旅館事業者らが、星野リゾートとも協働し、温泉街の再生プランを策定した。
街の中心にあった駐車場をやや離れた高台に移設し、数年にわたって道路・河川空間等の活用方法について社会実験を重ねながら、歩道を広げるなどして回遊性を高めた。また、街の中心にある600年の歴史を誇る入浴施設「恩湯(おんとう)」を建て替えるとともに、音信川の流れに沿って「絵になる場所」「立ち寄りたくなる場所」「佇む空間」を配置するなど、温泉街全体のランドスケープの大胆な見直しを行った。
「御茶屋屋敷」がコンセプトの宿
長門湯本には、日露首脳会談(2016年)が行われたことでも知られる「大谷山荘」などもあるが、今回、筆者が宿泊したのは、廃業した老舗旅館の跡地に2020年3月にオープンした星野リゾート「界 長門」だ。江戸時代に藩主が参勤交代の際に休む「本陣」として使われた「御茶屋屋敷」をコンセプトにしたという宿は、重厚な雰囲気の建物や客室に、若手作家の手による伝統工芸作品などが各所に設えられるなど、現代的なセンスも散りばめられている。
夕食では地元で福を呼ぶ魚という意味で「ふく」と呼ばれる河豚(ふぐ)をふんだんに使った会席料理を味わった。スタッフの案内による朝夕の温泉街のそぞろ歩きなども楽しんだほか、地元の人たちともさまざまな話をするなどの交流ができ、満足度は高かった。
ただし、長門湯本のまちづくりは、まだまだ発展途上という印象も受けた。伝統工芸の萩焼の器でコーヒーやケーキを食べられるカフェ等はあるものの、店舗や立寄りスポットが少なく、「何日間か滞在してみよう」と思わせるほど、街のコンテンツにボリューム感がないのだ。
こうした点について、地元の人に聞くと、新たな動きもあるという。具体的には、瀬戸田(広島県)や日本橋(東京都)で実績のあるソフトデベロッパー「Staple」が、老舗旅館のひとつを事業承継。施設をリニューアルし、宿泊・アウトドアアクティビティへの送客等も担う複合施設として、2025年春予定でオープンさせる計画とのこと。
ゆったりとした環境を生かしつつ、より楽しめる要素の多い温泉街として、今後どのように変化していくのか楽しみだ。
なお、長門湯本では、毎年冬恒例のイベント「音信川うたあかり」が、今季も2024年の1月26日から3月3日まで行われる。音信川を舞台に、長門市出身の詩人・金子みすゞの詩をテーマに織りなす幻想的な光の空間を演出するイルミネーションイベントだ。これに合わせて長門湯本に出かけるのもおすすめしたい。
山口県を代表する絶景スポットへ
旅行2日目は、午前中に「恩湯」に浸かるなどのんびりした後、昼近くに長門湯本を発ち、長門市の中心市街地にある長門市駅へ向かった(代行バスは310円、タクシーなら約2,300円)。ここから萩市へ向かう途中に、どうしても立ち寄りたい場所がある。絶景スポットの元乃隅神社である。
長門市駅から元乃隅神社までは約18kmあるが、どのように行けばいいのだろうか。長門市が運営する観光サイトを見ると、公共交通機関の場合、長門古市駅(長門市駅から2駅)からタクシーで片道約20分、料金は2,300円前後だという。
しかし、山陰本線長門市~小串間の運休にともない運転されている代行バスは、日中1~2時間に1本程度と本数が少なく(列車とほぼ同時刻)、そもそも長門古市駅まで移動するのが大変である。加えて、タクシーの台数が少ないため、帰りのタクシー手配などを気にすると、ゆったりした気分で観光を楽しめないのではないかという懸念がある。
では、レンタサイクルはどうかというと、長門市駅に隣接する観光案内所や仙崎漁港エリアの「道の駅 センザキッチン」(長門市駅前からバスで6分、運賃170円)にある観光案内所(こちらのほうが規模が大きい)で借りられる。ところが、案内所の担当者によれば、「元乃隅神社への道はアップダウンがあって、体力に自信のある人でも片道1時間半はかかる」とのこと。
筆者は残念ながら体力に自信がない。そこで結局、センザキッチンの観光案内所でレンタカー(軽自動車、1日6,600円)を借りた。元乃隅神社への道を実際に走ってみると、途中、軽自動車のエンジンがウンウン唸るような急坂があり、この道を自転車で行くのはハードルが高く、レンタカーで正解だったと思った。