ドデカいサイズの富士山が間近に見える機織の街、山梨県富士吉田市に、昭和レトロな佇まいの「西裏」という飲み屋街があるのをご存じでしょうか。かつてここには200軒を超える店があり、最盛期にはなんと700人の芸者さんが活躍していたほど、関東では屈指の歓楽街でした。太宰治が何度か足を運んでお気に入りの女性にアタックしていた、なんて逸話も残っているとか。そして近年、昭和の面影を残すこの地区に新たな店が次々と生まれ、ノスタルジックな魅力を放つディープスポットとなっています。

  • かつての関東屈指の歓楽街に新たな店が少しずつ生まれ、ノスタルジックな魅力を放つディープスポットに

このほど、“布の芸術祭”プレスツアーの一環で、西裏の飲み屋通りのひとつ、「新世界乾杯通り」をマネジメントしている小林純さんこと“じゅんべ”さんに、夜の西裏を案内してもらいました。

昭和レトロな風情に妖しいネオン……西裏は路地裏のラビリンス

中心市街地の真ん中に、富士山に向かって延びる「本町通り」が走り、織物問屋街として栄えていた東側が「東裏」、西側が歓楽街の「西裏」。ちなみに本町通りは今、フォトジェニックな写真を撮るために、インバウンド観光客が大挙して訪れる人気スポットでもあります。

  • 富士山に向かって延びる「本町通り」

昭和40年代までの富士吉田は、生地を織れば飛ぶように売れ、「ガチャマン時代(ガチャンとひと織りすれば1万円儲かる)」と言われたほどの好景気。となれば夜の街にも当然人は集まるわけで、富士山に向かって縦に走る「本町通り」をつなぐ細い横丁に、寿司屋に居酒屋、バーやスナック、さらに芸者さんがいるお店などが所せましと軒を連ね、昼にハタオリで稼いだお金で、夜は豪勢に西裏で遊ぶ。そんな風に街の中で経済が活発に循環していたそう。そんなに羽振りの良かった西裏でしたが、繊維産業の衰退とともに次々と店は廃業、ネオンは消え、人影も減っていきました。

  • 名物ママさんがいる、50年以上続く老舗のスナック「ぎおん」

それでもハタオリの街とあって、若手のテキスタイルデザイナーや職人など、ここに惹かれて移り住む人たちも少なくありません。そうした新たな移住者たちが原動力になって、「ハタオリマチフェスティバル」「B TAN MARKET」「布の芸術祭」といった、オシャレ好き&アート好きの心を掴むイベントを開催したり、個性的な民泊やゲストハウスを開業したり。

  • 子の神通りの人気店、ジャズバー「NOW」

  • リノベしたかつての空き家に、新しい店が増えてきている

ちなみに案内人のじゅんべさんは山梨出身、東京で映画関係の仕事などをしたのち、酒場好きが高じてUターン的に富士吉田に移住し、新世界乾杯通りの復活プロジェクトを担当。廃墟だらけのかつての歓楽街をライトアップしてフォトジェニックな演出をほどこし、空き家をリノベーションして新店舗を呼び込みました。そうして、焼き鳥屋や焼き肉屋、イタリアンレストランやバーなど新しい店も少しずつ増えていき、老舗の店と共存しながら新たな風を吹き込んでいます。

  • 【写真】強烈なインパクトを放つ「愛人」は、廃業した店の看板をライトアップで演出。ほかにも「フォーエバー」「セクシー」など、レトロ感満載な店舗の跡があちこちに

    インパクト大のこの店はすでに廃業し、看板をライトアップして演出している

  • 廃業した寿司屋も提灯の明かりで幻想的な雰囲気に

店ごとに異なる「西裏ハイボール」で“はしご酒”が楽しい

そんな西裏が推す新名物が、提供する店ごとに異なる「西裏ハイボール」です。“刺激、強め”でおなじみの炭酸水ウィルキンソンは、富士吉田の水で作られているのですが、「西裏ハイボール」の定義は、そのウィルキンソンを使うことと、オリジナルデザインの“西裏ハイボールグラス”を使うことの2つだけ。レシピはお店の自由なので、いちごやブルーベリーなどの果物をたくさんいれたカラフルなハイボールもあれば、ウイスキーとジンを組み合わせた大人のハイボール、さらには日本酒ベースの斬新なハイボールまでバラエティ豊か。これはもう、はしご酒をしないわけにはいかないでしょう。ちなみにデイタイムには、“本格発酵ノンアルハイボール”を出すカフェもあるそうです。

  • 「ニシウラハイボール」のポスターがお洒落

  • 「NOW」の西裏ハイボールは、ニッカウヰスキー社のカフェジンと余市の組み合わせ

もうひとつ、ここ最近の目玉が、アジアで絶大な人気を誇る台湾出身のアーティスト、Cherng(チェン)氏の人気キャラクター、LAIMO(ライモ)とのコラボ企画。シュールで可愛いマレーバクのLAIMOが、西裏のあちこちに、街の歴史やストーリーにちなんだ描き下ろしのイラストで登場しています。富士吉田を訪れるインバウンドの旅行者で一番多いのが台湾からの観光客だそうで、そんな背景もあって、開催中の布の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK 2023」の期間には、西裏の路地裏を散策しながら、壁画や提灯にいるLAIMOを探す楽しみも。こちらは12月17日までとなっています。

  • 提灯に描かれたLAIMO

  • 路地裏の建物の壁面にもLAIMO

昔も今も地元の呑兵衛たちに愛されてきた西裏。空き家をリノベした新店舗が軒を連ねる「新世界乾杯通り」を始め、「ミリオン通り」「ウエストキング通り」「子の神通り」と路地ごとにユニークな名前がつき、個性的な店が集っています。一見さんにはなかなか入りづらい、敷居の高そうな店もありますが、「西裏はしご街」のサイトで紹介されている店なら、どこもウェルカム。富士吉田周辺を泊りがけで観光する機会がある方は、ぜひ昼間の景色とはまったく異なる路地裏のナイトスポットで、ディープな西裏の夜を堪能してみてはいかが。

  • スナック「ぎおん」の名物ママ・寿美子さんの手にも西裏ハイボール