8月のある日、メールをチェックしていると、「ウクライナ人の力強さを感じる手作りマグ」という件名のプレスリリースが目にとまりました。開いてみると、そこには頑強そうな木製マグカップの写真が。樽みたいなそのマグは、例えていうなら海の覇者・ヴァイキングが酒を飲むときに使っていたかのようにワイルドなビジュアルで、当時Netflixのヴァイキング物ドラマにドハマりしていた筆者はたちまち心を奪われ、思わずポチッ。そして数カ月後、このマグが届きました。

  • ウクライナの港湾都市オデーサの工房でひとつひとつ手作りされている木製マグ

    ウクライナ・オデーサの工房で作られている木製マグ。応援価格16,500円で購入した

届くまでに期間を要したのには理由があって、実はこれ、ウクライナ南部の港湾都市オデーサの工房でひとつひとつ手作りされているもの。2022年2月に始まったロシアの侵攻によって、黒海に面したオデーサも激しい攻撃にさらされています。人々の命と生活、街のインフラが破壊されている中で、今も“現地で自らの仕事を続けているメーカーの商品の輸入を通じて、彼らの経済生活を守ろう”というクラウドファンディングの企画で応援購入したものなんです。

木の手触りと風合いに惚れ惚れ! 樽ごと飲んでる気分になるマグ

  • まんま、樽みたいなどっしり感。ほのかに木が香り、風合いも良い感じ

見た目はウイスキーやワインの樽に持ち手を付けて、そのままマグにしたみたい。どっしりと重厚感があって、胴体周りにかけてちょっぴり丸みを帯びています。正面の刻印は“カリーナ”というウクライナのシンボル的な木と日本の桜、ウクライナの国章、そして「自由・意思」のウクライナ語があしらわれた特別仕様のデザイン。素材はウクライナオークで、鼻を近づけてくんくん嗅いでみると、ほのかな木の香りが。使い込んでいくほどに木の風合いが増し、味わい深くなっていくのは間違いなく、最初に写真をみたときにイメージしていたまんまのビッグなサイズ感で、ガラスのジョッキと比べてもこの通り。

  • まあまあ大きい中ジョッキと比べても圧倒的なボリューム感

こんなに力強い見た目ながら、持ち比べてみると、重さはガラスジョッキの半分くらいで、満杯にしても居酒屋で飲む生中よりずっと軽い。4本の指がラクラク入る持ち手は、親指でしっかりと支えることができるので、安定感も抜群。ハンドルのカーブが手に馴染みが良く、木の温もりが感じられてずっと握っていたくなる、そんな手触りです。

  • 木をついばむキツツキみたいな形状の持ち手は、カーブがついていて持ちやすく、しっくりと手に馴染む

中のカップはステンレス製で、容量はたっぷり600ml。缶ビールなら500ml缶+泡が余裕で入り、ハイボールのメガジョッキなら、ちょい少なめの量でしょうか。

  • フチは木の厚みで幅が約1センチあるので、最初はけっこう戸惑ったが、慣れると「こうじゃなくっちゃ」という気分になってくる

飲み口のフチは幅1センチほどもあるので、最初は「太っ、ぶ厚っ」と戸惑いますが、3口目くらいからはすっかり慣れてきて、いやむしろこのくらいぶ厚くないと物足りないね! となってくるから不思議です。飲み干したカップの底に自分の顔が映るほど大きいので、樽ごと飲んでいるようにワイルドで、まるで「ロード・オブ・ザ・リング」のホビットにでもなったように愉快な飲み心地。このマグで飲むようになってから、家飲みのクオリティが爆上がりしたことは言うまでもありません。

  • 中のカップはステンレス製で、容量はたっぷり600ml。缶ビールなら500ml缶+泡が余裕で入る。飲み干したカップの底に自分の顔が映るほど大きく、樽ごと飲んでいるような飲み心地

    缶ビールなら500mlがちょうどいい

オーク樽をヒントに誕生した木製マグ

この木製のマグを製作販売しているのが、オデーサの家族経営メーカー「WeddingIsComing」です。今回、クラファンを企画した輸入代理店レーヴドーレの林さんを通じて、イタリアで避難生活を送っているテティアナさんに、近況も含めてコメントをもらうことができました。

「夫のオレクシーはクリエイティブな人で、面白いアイディアを思いついては自らの手で作ることが大好き。本革のバッグやベルト、天然木製のマグカップや食器を、さまざまな素材やデザインで試しながらユニークで実用的に仕上げて、友人たちにプレゼントしていたんです。私は彼のそんなクリエイティビティを世界に広げたいと、彼が趣味にしていた手仕事を『Etsy』(※)に出品し、事業にしました。この木製マグのアイディアと製造技術で特許も申請しています」。
※ハンドメイド、ヴィンテージ、クラフト、アートに特化した米国創業の世界最大級のオンラインマーケットプレイス。

  • オレクシーさんとティアナさん一家

オレクシーさんとテティアナさん夫妻は、世界のさまざまな国の伝統や製法を学ぶなかで、“人生で何よりも大切なのは家族”という世界共通の価値観に気づき、家族や友人への贈り物にふさわしい温かみのある木製アイテムを、商品ラインアップの中心に据えたそう。

夫はオデーサに残り、妻と子どもはイタリアへ避難した

「オーク材を使った製品は、キエフ公国にまでさかのぼる、ウクライナの歴史と文化を伝えるもの。オークは丈夫で耐久性があり、食品に風味を加える、キッチン用品に最適な素材です。古代ルーシの時代から、アルコールの熟成やピクルスの保存容器としてオーク樽が用いられてきました。私たちはそのオーク樽をベースに、マグカップを製作したんです。内側は魔法瓶のようにステンレス製のフラスコで二重構造に。持ち手も改良を重ねて、手に持ったときに一番快適に馴染むよう、現在の形に進化していきました。

さまざまなアイディアや新しい計画がふくらんでいき、事業拡大のために工房の作業場を拡張していた矢先の2022年2月24日、ロシアが私たちの国の領土に侵攻し、戦争の恐怖ですべての夢は一瞬で崩れてしまいました。私たちは子どもたちの安全だけを考えて、彼らの命と精神、そして十分な教育機会を守るために、子どもを連れてイタリアへ。夫はウクライナに残りました」。

  • ※テティアナさん提供

  • ※テティアナさん提供

現在オレクシーさんは母と2人でオデーサの工房で製作を続け、テティアナさんが避難先のイタリアでネットストアでの販売を請けています。しかし、現地では絶え間ない攻撃によって電力が不足。材料が購入できない、郵便サービスの中断で商品が発送できないといった、多くの問題にも直面しています。そういった制約が増す中で発電機を購入、車を売却して価格が高騰する材料の購入費に充て、なんとか商品の製作を続けているそうです。

  • ※テティアナさん提供

  • ※テティアナさん提供

「幸運なことに、日本の林さんがネットで私たちのストアを見つけ、協力を申し出てくれました。このプロジェクトでサポートをしてくれた方たちに感謝しています。そのおかげで収益のほとんどを、ウクライナの独立と自由の戦い、そして将来のための支援に費やすことができました。私たちは家族の団結と、将来の計画が実現することを望んでいます。たくさんの方に製品を知ってもらい、買ってもらうことが支えになります。なぜなら仕事と創造性なくしては、自分たちの将来の生活を想像することはできないからです」。

ウクライナへの軍事侵攻が始まって、まもなく650日。衝撃的な一報にショックを受け、連日のニュースに釘付けになっていた頃に比べて、関心が日々薄れている実感は、正直あります。自分や身近な人のことでない限り、どんな出来事も関心を持ち続けることはむずかしいものです。偶然ひと目惚れしたウクライナのマグが海を渡ってはるばる日本まで届き、自分の暮らしに馴染んでいく。そうして使う度に思い出し、心を寄せることはできるんじゃないか。マグに愛着が湧いてきはじめた今、そんなことを感じています。

オレクシー&テティアナ夫妻の「WeddingIsComing」の木製マグと関連商品は、「レーヴドーレ」で取り扱いあり。