アゼルバイジャンで奇跡は起こった。11月4日、同国の首都バクー開催の『RIZIN LANDMARK 7』でフェザー級王者ヴガール・ケラモフ(アゼルバイジャン)に鈴木千裕(クロスポイント吉祥寺)が挑戦。圧倒的不利と見なされていた鈴木が僅か78秒でKO勝利、新チャンピオンになったのである。

  • 大番狂わせの勝利で王座奪取を果たした鈴木千裕はケージ内で何度も絶叫、喜びを爆発させた。左はRIZIN CEOの榊原信行氏(写真:RIZIN FF)

今年(2023年)7月の『超RIZIN.2』で朝倉未来(トライフォース赤坂/現・JTT)に何もさせず完勝した強者ケラモフに、なぜ鈴木は勝てたのか? なぜ勝負強さを難なく発揮できたのか? その理由を考察する─。

■下からのパウンドでフィニッシュ

「オーッ!」
11月4日の深夜、いや5日の早朝と言うべきか、午前3時過ぎにアゼルバイジャンからのライブ配信を観ていた多くのファンは、そう唸ったはずである。
驚きを隠せなかった。私もそのひとりだ。

試合開始から50秒後、王者ケラモフが得意の片足タックルを決めテイクダウン。
万事休す―。
誰もが、そう思った。 鈴木はストライカー、グラウンドの展開に持ち込まれれば圧倒的不利。朝倉未来と同じようにケラモフに仕留められてしまう、と。
しかし、そうではなかった。その十数秒後にケラモフの意識が飛び、そこでレフェリーが試合をストップ、鈴木の勝利を告げたのだ。

何が起こったのか?
自らが優位な展開に持ち込んだケラモフは、ここから丁寧に攻め込もうとしていた。鈴木はグラウンドの展開から脱出を試みようとすぐにムーブ。両足を上げて下から三角絞めを狙うような動きを見せた。
もちろん、これはフェイクだ。鈴木が三角絞めで勝った試合を観たことがない。
それでもケラモフは反応し腰を浮かせて距離を取り、決めさせないように対処する。その直後、鈴木は両足を素早く動かしケラモフを蹴りつけると、右足の踵が頭部にクリーンヒット!一瞬、ケラモフの意識が飛ぶ。鈴木は下の体勢から顔面にパンチを連打し、王者を失神に追い込んだのだ。
下からのパウンドで試合がストップ。これまでに見たことのない珍しいフィニッシュシーンとなった。

  • テイクダウンを奪われた後、鈴木は三角絞めを狙うと見せかけケラモフに腰を上げさせた。この後、右足の踵を王者の頭部に叩き落とす(写真:RIZIN FF)

  • 意識が飛んだケラモフに鈴木は下の体勢からパンチを高速連打。開始から78秒、レフェリーが試合をストップした(写真:RIZIN FF)

■前向きで強靭なメンタリティ

今回はケラモフの凱旋試合。よって「楽に勝てる相手」として鈴木が選ばれたとの雰囲気が漂っていたが、まさかの大番狂わせ。
総合力と戦績でケラモフ上位、闘いの舞台は敵地…そんな不利な状況下で、なぜ鈴木は勝てたのか?

彼は戦前にこう話していた。
「みんなが俺の負けを予想していると思う。ケラモフが強いことも知っています。でも同じ人間じゃないですか、怪物じゃないんですよ。だったらできないことはない。俺は勝ちますよ」
「(ケラモフには)穴がない。打撃も組みも寝技もできるバランスの良い選手でトータル的に秀れている。それが(ケラモフの)魅力であり強さ。でも、突出しているものは何もない。俺には、突出しているものがある。打撃で倒しますよ。ケラモフは、どうせタックルしか狙ってこないし、俺とは打ち合ってきません。それでもチャンスを見出します」

試合後には、こう言った。
「カラダが勝手に動きました。作戦は特に考えていなかったです。考えて出来るわけないでしょう、あんなの(笑)。練習は、めいっぱいやった。あとは、闘いの中で答えを見つけるんです。闘いの中でチャンスをつくる、それが俺のやり方。今回の試合もそうでした」

臆することなく平常心を保てた鈴木は、自分の感覚を信じ自由に動いた。咄嗟の判断も的確で、それらが結果につながった。つまりはメンタリティの強さがもたらした勝利だったのである。

■無茶ぶりオファーも断らず

もうひとつ。
無理をしてでもチャンスを逃さずに闘ってきたことも、挙げておきたい。
RIZINは、選手に対してよく無茶ぶりをする。
調整期間も保てない状況で「試合に出てくれ」とオファーするのだ。もちろん選手サイドにも断る権利はある。だが、鈴木は受け続けた。

たとえば、今年7月の『超RIZIN.2』でのパトリシオ・ピットブル(ブラジル)戦。これは大会直前の緊急オファーだった。
その1カ月前(6月24日)に鈴木はRIZINフェザー級王座奪取を目論みクレベル・コイケ(ブラジル/ボンサイ柔術)に挑むも完敗(クレベルの体重超過により公式記録はノーコンテスト)。フィジカル、メンタルともに整えるのは難しい状態にあった。しかも相手はBellatorフェザー級王者であり、ほとんどのファンが「鈴木が負ける」と思ったマッチメイクだ。

それでも鈴木は「闘う!」と決める。そして、周囲の予想を覆すKO勝利、大金星を得たのだ。
もしあの時に鈴木が、パトリシオ戦のオファーを断っていたら今回のケラモフ戦は実現していなかったし、快挙達成もなかった。闘いに対して常にアグレッシブな姿勢を貫いたことも、大きな勝因と言えるだろう。

  • キックボクシング(KNOCK OUT-BLACKスーパーライト級)と合わせ「二刀流チャンピオン」となり歓喜する鈴木千裕。(写真:RIZIN FF)

新王者となった鈴木の次の相手には、金原正徳(リバーサルジム立川ALPHA)が予定されている。しかし、今回の試合で鈴木は右手を負傷しており、大晦日『RIZIN.45』のリングに上がるのは難しそうだ。それでも金原戦は、来年早々にも実現するだろう。
ここで勝利すれば、その先にパトリシオとの再戦も待っている。この試合は、RIZIN、Bellator両フェザー級のベルトをかけたWタイトルマッチになる可能性が高い。堀口恭司(ATT) に次ぐ両団体王座統一を果たせるか?
「天下無双の稲妻ボーイ」は、まだ24歳。可能性は無限に広がる─。

文/近藤隆夫