近年、さまざまな分野においてDXやSDGsの取り組みが注目されています。それは、アナログなイメージの強い一次産業も例外ではありません。
「タンパク質危機」が取り沙汰され、世界の食肉文化が危機にさらされる中、「養豚DX」の推進により、生産性向上と環境負荷軽減に取り組む企業があります。
Eco-Pork広報担当 沼澤祐介氏、同社流通担当 大向渉氏に、知られざる養豚DXの現状を聞きました。
■「養豚DX」で肉が食べられなくなる未来を変える
――Eco-Pork社はどのような会社でしょうか?事業内容やその背景について教えてください。
沼澤さん: 「食肉文化を次世代につなぐ」をビジョンに、2017年に創業した養豚を起点にしたデータカンパニーです。「養豚DX」を推進し、生産性向上と環境負荷軽減を実現することで、持続可能な養豚を目指しています。
その背景として、世界的な「タンパク質危機」があります。人口爆発で肉の供給が追いつかなくなると言われており、2040年には世界に流通する肉の半分が代替肉や培養肉になるという予測もあります。
エサ、水、エネルギーなど多くの資源を費やす畜産は、環境負荷の高さが課題と言われています。私たちは、「畜産の生産性を高めて環境負荷を軽減すれば、食肉文化を次世代に残せるはず」と考え、「食肉の未来を救いたい」という想いで活動しています。
――畜産のなかでも、なぜ「養豚」にフォーカスしているのですか?
沼澤さん: 養豚市場は世界で40兆円、日本国内でも6000億円の大きな市場であり、食肉市場としては鶏と並んで世界最大規模です。しかも、豚は何でも食べるので、人間が出した食物残渣をリサイクルできますし、豚から出た糞尿もまた、作物を育てるための肥料になります。
一方、1970年代に45万戸あった国内の養豚農家は2022年時点で3,500戸まで減少しています。こうした現状を踏まえて、私たちは、データを活用しながら、豚を中心とした循環型の社会を作ることで、未来に食肉文化をつないでいきたいと考えています。
■デジタル活用で養豚の生産性向上・環境負荷軽減を実現
――「養豚DX」とはどのような取り組みなのでしょうか?従来の養豚との違いを踏まえてお聞かせください。
沼澤さん: 養豚の現場では、いまだに紙の台帳やFAXを使ったアナログな運用が行われているところも少なくありません。養豚の現場にクラウドや、IoT(モノのインターネット)、AIソリューションを導入することで、生産効率を改善しようという取り組みが「養豚DX」です。
大向さん: 豚は生まれてから約180日で出荷適性体重になりますが、特に、子豚を育て上げていく過程に生産性を高める余地があると考えています。
例えば、「子豚」と「肥育」と呼ばれる時期では与えるエサの種類が異なります。従来は一律に誕生後の日数で切り替えていたところ、体重に基づいた最適なタイミングで、個別にエサを切り替えることで、より少ないエサで同じ体重に育てることができます。与えるエサが減ればその分環境負荷が下がるので、エサの量の最適化は環境負荷低減の第一歩なのです。
獣医師などの専門人材のトレーナーがつきっきりで管理すると、30%少ないエサで同じ体重に達することもできると言われていますが、トレーナーの雇用には高い費用がかかります。ICT(情報通信技術)、IoT、AI の3つのテクノロジーを活用することで、中小の養豚農家でもトレーナーがついているかのような生産性を実現することが、私たちが目指す養豚DXです。
生産効率を改善するには、豚にとって快適な飼育環境を整えることも大切です。豚の行動を観察していると、「頻繁に餌場に行くなど」「一日中ずっと座っている」など、健康な豚とそうでない豚が見分けられます。
人間が目で見てわかることは、カメラやAIにも判断できるのではと考えました。特に、温度や湿度のように数値化できる要素はIoTの強みが発揮できる部分です。「豚舎内の温度が○度になったら空調機器をオンにする」と決めて、空調の制御を自動化すれば、人間が手間をかけなくとも、豚にとって快適な飼育環境を整えることができるのです。
――Eco-Pork社が提供しているソリューションと、それによってできることを教えてください。
沼澤さん: 養豚経営支援システムと、制御装置を含むIoT機器、AIを活用したサービスの3つの柱があります。
軸となっているのが「Porker」という養豚経営支援システムで、豚の飼育状況を見える化することで、農場の生産性を向上させるクラウドサービスです。国内シェアは約10%(母豚数換算)で、導入農家平均で年間7%の生産効率改善の実績があります。
Porkerとの併用で相乗効果を発揮するソリューションとして、温度や湿度、豚の体重などを自動で監視して記録する「Porker Sensor シリーズ」や、「Porker Sensor」で把握した状況をもとに、温度や湿度などを自動的に制御する「豚舎環境コントローラー」、AIを活用して豚の体重を自動的に一括で管理して記録する「AI豚カメラ」などを提供しています。
当社のソリューションには、代表の神林が養豚農家に弟子入りして、養豚の実態を学んだ経験が生かされています。
■「見える化」で、現場で働く人の意識に変化も
――Eco-Pork社のソリューションを導入した養豚農家からの反響はいかがですか?
沼澤さん: 一番よくおっしゃっていただけるのが「現場で働く人の意識が変わった」ということです。Porkerを導入することによって、豚舎で起こっていることがすべて見える化できるので、自分が行った作業が全体の中でどんな意味を持っているのか、去年と比べてどう変わったのかなどが一目瞭然になります。
経営者の方からは「現場から提案が上がってくるようになった。それによって、チーム一丸となってより良い飼養方法を検討することにつながるので非常にありがたい」という声をいただいています。
――養豚DXを推進する難しさ、今後解決していかなければならない課題についてお聞かせください。
大向さん: 現場と経営陣が同じ方向を向いて、Porkerの利便性を実感していただくまでのプロセスが課題と言えます。
経営層がPorker導入の意思決定をしても、現場で働く従業員が「そんなものは必要ない」と考えていることもあります。データがある程度溜まってくると生産性向上につながるので、最終的には「使ってみたら便利だった」と感じていただけるのですが、その手前でただデータを入力する時期は、特にデジタルに不慣れな方には負担に感じられるようです。
その過渡期を乗り越えていただくため、当社では紙の帳面やエクセルファイル等をもとに、データを代行入力するサポートも行っています。
また、DXに興味を持つ養豚農家が増えているとはいえ、まだまだDXに前向きでない経営者も少なくありません。私たちのソリューションを知ってもらう以前に、「養豚DX」という概念自体をもっと世の中に浸透させていく必要があると感じています。
■"第3の価値観"の確立で食肉文化を次世代に残す
――養豚農家向けのBtoB事業だけでなく、一般消費者向けのBtoC事業も始められたそうですね。
大向さん: 2023年4月から、当社のソリューションをお使いいただいている農家が生産した豚肉を、ECや卸で一般消費者向けに販売しています。
私たちのソリューションを使って生産された豚肉は、相対的に環境負荷の低いエコなポークですが、スーパーに並んでいる豚肉を見ても、エコな豚肉とそうでない豚肉の区別はつきません。そこで、「環境への配慮」「安全・安心への取り組み」「動物福祉」など8項目のうち6項目以上をクリアした生産者の豚肉には「Eco-Pork認証マーク」を貼り付けて「エコなポーク」としてブランド化し、私たちのイチオシのお肉として紹介しています。
BtoC事業は、養豚農家の支援に加えて、一般消費者に「エコなポーク」を広く知ってもらうための取り組みです。環境負荷の低減を実現している「エコなポーク」が埋もれてしまわないようにするためには、私たちが主体的に「エコなポーク」について発信する必要があると考えました。
「おいしい」「安い」だけではない、「エコ」という第3の価値観の浸透は一朝一夕にはいきませんが、1人でも多くの方にEco-Porkの価値観を共有し、食べることで応援してもらえるようなプラットフォームにしていきたいです。
――これから強化していきたいこと、新たに取り組みたいことなど、今後の展望をお聞かせください。
沼澤さん: 私たちが何より達成したいのは、「食肉文化を次世代につなぐ」ことです。
そのためにも、DXした豚舎をパッケージ化して販売することを考えています。DXを前提にした豚舎を作り、あらかじめDXの設備を搭載することで、新規の就農者も始めやすい、付加価値の高いサービスになると考えています。
また、BtoC事業を通して、日本全国のおいしい「エコなポーク」をより多くの方に召し上がっていただくことで、日本の養豚が置かれている状況や、食肉を取り巻く世界の状況を知ってもらいたいです。それによって、豚肉と養豚農家の価値を高め、持続可能な養豚に貢献していきたいと考えています。