10月6~9日に福岡、熊本、大分の3県で開催される国際自転車ロードレース「マイナビ ツール・ド・九州2023」。開幕まで2カ月を切った中、国内外のトップ選手を迎え入れる九州では機運が高まっている。大会アンバサダーを務めるのは、福岡県久留米市出身で元競輪選手の中野浩一さん(67)。自転車競技界のレジェンドは、今大会が自転車業界の発展や地域活性化への起爆剤となることを期待する。(聞き手、構成=森亮輔)

大会ホームページには、アンバサダーとして「コースの一部が現役時代の練習地だったことにも深い感慨があります」とのメッセージを寄せた。

「現役時代は地元の久留米を中心に、四方の山に行って練習することがパターンだった。小石原や秋月の他、八女や佐賀にも行ったが、ほとんど山があるので、よく走った。競輪選手にとって、九州の自然環境は風景が素晴らしくて最高で、本当に練習に集中できた」

陸上競技で全国制覇、その後…

中野さんはもともと、陸上競技の選手だった。福岡・八女工高時代には2年時に全国総体の400メートルリレーで優勝。だが、右太ももの肉離れを起こし、陸上競技を続けることを断念した。その際、競輪選手だった父親の言葉が転機となった。

「何かスポーツは続けたいと考えていた中、父に『とりあえず1回、自転車、乗ってみろ』と言われたのが始まり。いざ乗ってみたら『意外と速いじゃん』と言われ、その気になり、本格的にやることにした。競技として初めて乗った自転車の感覚? しんどいなあ、と(笑)」

  • 1972年、高校総体400メートルリレーで優勝した第3走者の中野さん(右端)

「九州一周駅伝が大好きだった」

  • オンライン取材に応じる中野浩一さん

陸上選手だった時代、九州一周駅伝(2013年終了)が憧れの大会だったと振り返る。眼前をトップ選手が走り抜けていく光景は今もまぶたに焼き付いている。その記憶とツール・ド・九州を重ね合わせる。

「子どもの時は九州一周駅伝が大好きだった。中学生の頃は、地元の久留米を選手が通過する時に、わざわざ見に行った。自分は短距離の選手で種目は違うけど、同じ陸上競技として興奮した。九州一周駅伝のコースに使うために道路が通行止めになっていても、みんなが大会を認知しているから理解してくれる。ツール・ド・九州も同様に、市民の理解と協力を得られるような大会になることがすごく大事だと思う」

  • 1988年の九州一周駅伝、沿道には多くのファンが鈴なりに

「世界の中野」「ミスター競輪」「スプリントの皇帝」…。競輪選手としてのデビュー後は、さまざまな名声をほしいままにした。現役時代に意識していたことは、ギャンブルと捉えられがちな競輪のスポーツとしての認知と価値の向上だった。

「小学生の頃、親の職業を記載する書類に、父は『自由業』と書いていた。当時、競輪に対する世間のイメージは良くなく、競輪選手と言いづらかった面があったと思う。だから現役時代は、堂々と競輪選手と言えるような環境にしたいというのが気持ちとしては一番、大きかった。今は五輪の正式種目に『ケイリン』が採用された。ロードレースという違いはあるが、ツール・ド・九州には行政が積極的に関わってくれている。自転車競技に対する理解が進んできたと感じる」

かっこよさ実感 目指す人材を

現役時代は毎年のように、海外遠征を重ねた。欧州で感じたのは、社会の中での自転車競技の浸透具合だという。

「欧州の街中でトレーニングしていると、例えば信号のない交差点で車が待ってくれるなど、選手を尊重してくれていた。日本のユニホームを着ていると、わざわざ近づいて見に来てくれる人もいた。自転車競技というものに対する社会の理解を感じた」

  • 1984年、久留米競輪場で行われたレースで優勝した中野浩一さん(中央)

通学通勤、旅行先、健康の一環…。日常生活のさまざまな場面で自転車は活用されている。

「多くの人は、人生の過程で自転車に乗り始める。そういう意味で、自転車はとても親しみがある乗り物。乗り慣れてくると速く走り、人との競争をしたくなる。ツール・ド・九州が身近なロードレースとして、九州の子どもたちに自転車競技のかっこよさやスピード感を実感してもらい、楽しんでほしい。その先に『自分も自転車に乗って世界を目指してみよう』という人が増えれば、すごくうれしい」

走る姿で災害からの復興見せたい

  • 大会ロゴ

走る姿で災害からの復興見せたい

近年は脱炭素社会のかけ声の中、自転車の利用を促進する風潮もある。今年4月には改正道交法により、自転車の全利用者に対しヘルメットの着用が努力義務化された。

「自転車は環境への影響もなく、健康にも良い。こんなに有意義で便利な乗り物はない。ただ、安全に乗ることが大前提。ツール・ド・九州という国内外に注目を集める大会を通じて、ヘルメットの着用など交通ルールや安全性の面でも何か発信に取り組めたらいいと思っている」

  • 2018年、イベントで自転車の楽しさを伝える中野さん

ツール・ド・九州は、近年、九州を襲った自然災害からの復興を象徴するイベントとしても位置付けられている。

「しっかりと整備された路上を走る選手たちの姿など、復興の形がちゃんと見えるといいし、見せられるように責任を持って取り組まなければいけない。それが現地住民のためにもなる」

将来的には九州全県で

九州を代表する持続可能な大会になることを期待している。

「人が多く集まれば、地域の活性化にもつながる。そのため、世界的に有名なツール・ド・フランスでは、スタート、ゴール地点を自治体が誘致する。今回は初めての大会ということで、福岡、熊本、大分の九州北部3県が会場だけれども、将来的には九州全県に広げて開催するような形になることを期待したい。大会関係者には、最後までしっかりといい大会になるように取り組んでもらいたい」

  • 中野浩一さん

なかの・こういち 1955年11月14日生まれ。福岡県久留米市出身。高校卒業後に競輪界入りし、1975年に久留米競輪でデビューすると18連勝を達成し、新人王を獲得。77年からは世界選手権の10連覇を達成した。

ブリヂストン吹奏楽団久留米

  • ブリヂストン吹奏楽団久留米

10月7日には、福岡ステージのフィニッシュ地点で、ブリヂストン吹奏楽団久留米のメンバー約70人が大会公式テーマソング「DREAM」を演奏する。

同楽団は「世界が注目するロードレースに参加させていただき、開催のコンセプトである九州の持続可能な未来のために、私たちの音楽文化も融合させて精いっぱい盛り上げたいと思います」と意気込んでいる。