大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第34回「豊臣の花嫁」では、徳川家康(松本潤)の元へ、豊臣秀吉(ムロツヨシ)の妹・旭(山田真歩)が人質として送り込まれた。表向きは家康の正室になったのだが、家康は瀬名(有村架純)のことが忘れられず、旭に対して冷たく接する。
■SNSで健気な旭に好意的な声
家康に嫁いだとき、旭は40代で、当時にしたらかなり年配の認識であろう。そのうえ器量もよくないふうに描かれているため、ともすれば、美しくないから家康は気が進まないのでは? と解釈することも可能なのだが、『どうする家康』ではあくまでも瀬名を思ってのことと感じさせるように描かれている。
陽気に振る舞う旭を、面白い人だと歓迎する於大(松嶋菜々子)や於愛(広瀬アリス)。彼女たちの髪はまっすぐでサラサラだが、旭の髪の表面はうねっている。農家の出だからか、肌も日に焼けて荒れて見えシミもあって、ホクロも目立つ。いわゆるお姫様感がまったくない。本人もそれをわかっているから、自信なさげで、それが反転しておどけた振る舞いになる彼女の心の奥底には、実は人に言えないつらい思いが隠されていた……。
旭には夫がいたが、秀吉に強引に離縁された(夫は行方知らず)。誰も見ていないところで号泣している姿を家康は目撃し、徳川と豊臣とのいさかいのせいで、つらい思いをしている人たちがいることを痛感し、戦のない世をつくるため、豊臣の配下となることを決意する。
SNSで健気な旭に好意的な声が多くあがったのは、山田真歩の演技によるところも多いであろう。悲しい心を押し殺して陽気に振る舞っている姿と悲しみのギャップ。なにより印象的だったのは、石川数正(松重豊)が、秀吉にあえて飼い殺しの処遇にあったことが判明した終盤の場面、数正のアップのあと、旭に切り替わり、10秒間ほど彼女のアップが映る。うつむいている彼女の左の瞳にうっすら涙が光っている。その繊細な表情に心をつかまれた。10秒もの間、うつむいた表情だけで保たせるのはすごいことだ。旭によって家康は失いかけたやわらかな心を少しだけ取り戻す。
どんなにおどけてみせても、聡明さや繊細さが滲む山田は、朝ドラこと連続テレビ小説『花子とアン』(2014年度前期)の作家・宇田川満代役でも人気だった。ヒロイン花子(吉高由里子)のライバル的存在の宇田川は、『どうする家康』の謙虚すぎる旭とは真逆の、強気キャラ。花子よりも早々に売れっ子作家になり、つねに高慢ちきな態度をとるが、なんだか憎めない。「宇田川さん」として、出番を心待ちにされた。それも山田の演技によるものだろう。
山田が注目されたのは映画『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(10年)の女子ラッパー役。彗星のようにデビューしたという言葉がぴったりの、こののびやかで、かつ屈折していて、繊細で生活者たちに共感をもたらす役者は何者? と話題をさらった。だからこそ、朝ドラでも大河でも、多くの人に愛されるのだろう。
■数正が押し花に込めた思いとは?
人に言えない心のうちを誰にも言えずにいるのは旭だけでない。家康の元を去り、秀吉に仕えることになった数正もそうだ。
数正が岡崎城に残した手掘りの仏像と木箱のなかにしまった築山の花の押し花。これは戦乱に翻弄された人々の心である。夫から無理やり引き離され、駆け引きに利用された旭。悲しみを見せずに来たが、やはり戦で夫と子供から引き離されたり子供を人質に出してきたりした於大。平和を目指して活動したが力及ばずで、家康に迷惑をかけないように自死した瀬名。瀬名と信康(細田佳央太)のことを心苦しく思い続け、もうこれ以上、戦でいろいろなものを失いたくないと考えた、自らを犠牲にしたであろう数正。皆の悲しみや祈りが押し花に詰まって見える。
押し花は、『どうする家康』の序盤から登場していた。家康と瀬名は若い頃、押し花を手紙のやりとりに添えていた。第3回では、数正が家康に三河のために戦ってほしいと酒井忠次(大森南朋)と土下座して頼んだとき、家康の懐から瀬名からの押し花が落ちる。それを見て「わしは妻と子のもとに帰るんじゃ」と家康は大泣きする。もしかしたら、数正はそれを覚えていて、自分が三河のために彼を戦いに駆り立てたことに責任も感じていたのではないだろうか。
家康は戦のたびに強くならざるを得なくなり、いつの間にか押し花も木彫りもあまりしなくなる。代わりに数正は木彫りで仏を作り、築山の花を押し花にしていた。歴史の詳しいことは知らずとも、あるいはあとから学べばいいいとして、押し花に託された、たおやかなやさしい世界も大事に胸にしまいたい。
数正が決して裏切ったのではないことを知った家康は、旭に優しい言葉をかける。家康は旭や数正らの心に打たれ、戦って勝つことで戦をなくすのではなく、負けて戦を終わらせるという発想に転換するのである。
旭の登場で、変化が訪れた『どうする家康』。第35回は旭と秀吉の母・仲も人質として家康のところへやってくる(これは婚姻ではない念のため)。仲役は高畑淳子。彼女も大衆の心をぐいっとつかむ役者である。山田と共に秀吉の身内として、どんな活躍をするか注目したい。
(C)NHK
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