いよいよ残り1カ月を切った神木隆之介主演の連続テレビ小説『らんまん』(NHK総合 毎週月~土曜8:00~※土曜は1週間の振り返りほか)。脚本を手掛けたのは、劇作家で脚本家の長田育恵氏だ。無事に脱稿した感想を問われると「率直に言うと、本当にほっとしています」と胸をなでおろす。長期にわたり、初めて朝ドラの脚本を手掛けた長田氏が、今だからこそ明かす重責や、キャスト陣への感謝など、制作の舞台裏について語った。

■視聴者の声に感謝「物語を紡ぐ側になれたんだと」

『らんまん』の脚本を手掛けた長田育恵氏

『らんまん』は、高知県出身の植物学者・牧野富太郎をモデルにした槙野万太郎(神木隆之介)を主人公に、幕末から明治、大正、昭和と激動の時代に、植物を愛し、その研究に情熱を注いだ万太郎とその妻・寿恵子(浜辺美波)の波乱万丈な生涯を描く物語。舞台やミュージカルの戯曲を多く手掛けてきた長田は、NHKのドラマ『群青領域』(21)や『旅屋おかえり』(22)などの脚本も執筆してきたが、朝ドラはもちろん、長編ドラマを手掛けるのも『らんまん』が初となった。

長田氏は「無事にやり遂げられて良かったです。とにかくチームの皆さんを裏切らないものを書けたことが、いちばんホッとしているところです」と笑顔を見せたが、その後「正直なところ、重圧はかなりありました。連続ドラマも、実は5話までしか書いたことがないのに、朝ドラという全130話の依頼をいただいたので、まったく未知すぎて、私にやり遂げることができるんだろうかという恐怖心がものすごくあったんです」と告白。

「私は電車や個室など、自分の意志で出ていけない場所にいると、パニック症の症状が出るんです。朝ドラの話を最初にもらった時、家に帰ってきたら、それが出てしまって。なぜかと言うと、朝ドラの仕事が始まれば、終わるまで降りることができないということで、朝ドラを巨大な密室空間にいることと捉えてしまいました。でも、お引き受けして、具体的な作業が始まってみたら、すごく自分には向いている仕事だと感じました」

長田氏は「物理的に年間を通じて、ずっと締め切りがあるし、ずっとプレッシャーに苛まれ続けます。オンエアが始まると同時に、視聴者からの反応も追いかけてくるし、プレッシャーが消えることはないです」とした上で「私は物語を考えること、登場人物を生み出して、その行方を考えることが大好きなんです。だから登場人物たちを丁寧に追っていける媒体は、とても私に向いているなと思いましたし、本当に貴重な機会を得られたなと思っています」と目を輝かせる。

クチコミやSNSでかなり好評を博している『らんまん』だが「パニック症のこともあったので、ネットの声などは過剰に受け止めすぎちゃいけないと思ったところからスタートしました。もしも、そこで揺らぎすぎると制作チームに迷惑をかけてしまうので。でも、好評の声をいただけて本当にうれしかったです」と喜びを口にする。

「反響をいただくなかで、すごい熱量で考察をしてくださっていたり、自分が込めた思いをちゃんと汲み取ってくださったり、美術チームと連携しながら作った小道具などを拾ってくださったりしたことは、とてもうれしかったです。それから登場人物たちみんなを愛してくださっていることも。そして『明日もこの物語が楽しみです』というコメントを見た時は、本当に感動しました。私自身も元々物語が大好きで、『明日、また続きが読めるのがうれしい』とか、そういう思いが原点だったので、自分も今度は物語を紡ぐ側になれたんだと感じて、本当に感謝しました」

■万太郎を広場に見立て皆の人生が咲き誇るさまを描き出した

多くの人に愛されながらも、我道を進んでいく神木演じる万太郎は、大学での地位や上下関係にはこだわらず、横につながった植物愛好家たちのネットワークを広げていくという今日的なキャラクターだが「牧野富太郎さんから抽出したエッセンスがまさにそこの部分です」と長田氏は語る。

「やはりネットワークの力を植物学の分野で初めて意識したのが、牧野富太郎さんでした。武家と町人という身分差がある時代に生まれ、東京と地方という地域差、男性と女性といった性差別も大きかったときに、身分や年齢、性別も問わず、植物を送ってくれた人に対して、丁寧に植物学の種を植えていき、一人ひとりと対等な関係を結んでいったわけですから。今の私たちがあたりまえに持っている『身近な植物を愛する』という考え方自体を人々に伝え、浸透させていったのが富太郎さんの最大の功績だと思います」

長田氏は「私は初めから牧野富太郎という人の偉人伝をやるつもりはさらさらなかったです。草花を一生涯愛したというシンプルなテーマを持った人物がいて、その人を広場に見立て、そこに集まる人々や関係性、ネットワーク、皆の人生が咲き誇るさまを描き出そうとしました。また、富太郎さんは万太郎のモデルですが、万太郎はまったく違う人物像として作りました。今の万太郎は、富太郎さんと比べると、愛情が深い故に弱いキャラクターになっています。万太郎には、寿恵ちゃんや子供たちなど、草花以外にも大事なものがたくさんあり、それが増えれば増えるほど、彼の活動との矛盾がどんどん生じていきます」と、牧野富太郎と万太郎の違いについて述べる。

確かに、好きな研究を続けることで、借金がどんどん膨らんでしまった万太郎一家。長田氏は「普通に働いてお金を稼げば、家族を楽にさせられるし、そっちの方が楽な道だと誰もが思うと思いますが、寿恵ちゃんと結婚した時、この国すべての植物を明らかにし、図鑑を完成させることを2人で盟約として掲げたので、それは必ずやり遂げる。でも、この国の植物の総量がどのくらいあるのかもわからず、生まれた時から死と隣り合わせだった万太郎は、自分の命の時間がどれほどあるのかもわかりません。しかも新種が見つかるたびに、数か月単位の足止めも食らうし、万太郎としてはその盟約が果たせるかどうかを考えると、恐怖心もあったと思います」と述懐。

そんな万太郎を後押しするのが、浜辺美波演じる頼もしい妻・寿恵子の存在だ。「2人の夢を盟約として掲げたからこそ、寿恵子もどこまでも自分の可能性を開花させていきます。それは、万太郎と生きるからこそ花開いた寿恵子の才です。また、弱さゆえに矛盾を抱えながらも、前に進み続ける万太郎ですが、そこには、寿恵ちゃんとの約束だけではなく、自分を送り出してくれたおばあちゃん、タキ(松坂慶子)の思いや、早川逸馬(宮野真守)が自分を犠牲にして守ってくれたことなど、いろんな人の思いがその夢に詰まっているのです」