先月、ryuchellさんの自死が報じられた。直接的な原因であるかは定かではないものの、再びSNSでの誹謗中傷が注目され、政治家たちから規制強化や「逮捕すべき」の声が上がっている。だが、政治家が規制に意欲を示すことに「言論統制」「言論弾圧につながる」といった懸念の声もある。
繰り返される誹謗中傷による悲劇には、歯止めをかけなければならない。だが、それは本当に「言論統制」「言論弾圧」につながるのか。「表現の自由」とは法的にどこまでを指すのか。また週刊誌やネットニュースなども、これら悲劇に加担していないのか。
2020年5月に亡くなった木村花さんの母・木村響子さんらとともに、SNS上の誹謗中傷問題等に取り組み、侮辱罪の厳罰化(刑法の法改正)にも尽力した、レイ法律事務所の山本健太弁護士に見解を聞いた。
■明治時代に作られた侮辱罪がネット時代に合わせて厳罰化
まだ記憶に新しいryuchellさんの自死。これに伴い、SNS上でryuchellさんへ「死ね」などの誹謗中傷をしていたアカウントが次々と自らアカウントを消していき、「逃亡」などと騒がれる現象が起こった。この行動は「特定されて罰せられる可能性がある」ことを恐れてのことのように見える。ここで適用される侮辱罪は昨年、厳罰化されたが、どのように変わったのか。
まず侮辱罪とは「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した」ときに成立する犯罪である。改正前は、法定刑が「拘留(1日以上30日未満の刑事施設への収容)、または科料(1,000円以上1万円未満の金銭の支払い)」だったのが、改正法では「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」となり、時効も1年から3年へと引き延ばされた。
「侮辱罪というものは100年以上前、明治時代にできたものですから、ネットでの加害行為を想定したものではありませんでした。ですがSNSでの誹謗中傷が増え、侮辱行為が命にも関わることがある中で刑の重さとして抑止力が弱いのではないか、見合ってないのではないかということ。また、時効の期間は法定刑から決まるところ、投稿者の特定に時間がかかる中で1年という時効期間は短いのではないかという問題点などから、厳罰化が行われたという背景があります」(山本弁護士、以下同)
■“正義”を振りかざして自己肯定感を上げるユーザーも
ryuchellさんの自死を境に、大阪府の吉村洋文知事や自民党の牧原秀樹衆議院議員ら現役の政治家が、「さらなる規制を」とSNSなどで発言。これに関して一部のユーザーからは「言論統制や言論弾圧が始まる」などの反発が起こった。また、「誹謗中傷が嫌ならネットをするな」「有名税だ」などの声も。法的見地ではこれらの意見はどうなのか。
「まず『有名税』という言葉に関しては、確かに有名になればなるほど、多くの人の注目を集め、その言動を評価される機会、その数も増えると思います。しかし、それは、あくまでも正当な批判に対してのみ許されるものだと考えます。ですから例えば人格を否定するといった社会的に許容されない言葉遣い(ブス、バカ、キモい、死ねなど)での誹謗中傷、また真実に基づかない誹謗中傷は、『有名税』という言葉によって正当化されるものではありません。また言論統制、言論弾圧については、そもそも公共性や公益目的があって、真実であることに対し、かつ社会的に許容される言葉遣いでの正当な批判は、法的に規制を受けることはありません」
つまり、「いかなる発言内容であったとしても規制する」ということであれば言論統制、言論弾圧となるが、「正当な方法で批判する」ことは何ら規制されていないのだ。山本弁護士は「人の権利を侵害せず、法的に正当な方法で批判することは十分にできるはず」と語気を強める。
「正直、SNSで誹謗中傷されて嫌な思いをしない人はいないと思います。そうではなく、批判するにしても、それを見る相手に配慮した形で、かつ前向きな議論につながる形での批判ができるかどうかが大切であり、批判・発言する側の“力量”が問われているように感じます。例えば、バカ、あほ、死ねなどと言っているだけでは、その投稿で世の中が良い方向に変わるとは思いません。ですが厳罰化が進んだにもかかわらず、その手の投稿は後を絶ちません」
この現象の理由について、山本弁護士はこう分析する。
「誹謗中傷をしてしまう方については、炎上を単に楽しむタイプなどいろいろいますが、中には安易に情報を鵜呑(うの)みにして自分が“正義”との感覚の下、安易に投稿している方も一定数いるように感じます。また、ネットでの投稿では自らの発言を支持してくれる人が集まりやすく、間違った形で自己肯定感を上げる方法として利用されているようにも感じます」
では正当な批判・意見と、名誉毀損罪・侮辱罪の線引きはどこにあるのか。それは、「公共性、公益目的のもと、真実を前提として、社会的に許容される言葉遣いで行うかどうか」だ。匿名であることで気分が大きくなり、罵詈雑言(ばりぞうごん)を放つ人も少なくないのではないか。
「ネットの匿名性のメリットとしては、告発や世の中への問題提起を行う場合、自分に不利益が及んだらどうしようと考えてしまい、行動にブレーキがかかってしまいがちです。しかし匿名であれば、気軽に声を上げやすいということがあります。デメリットとしては、直接自分の発言に責任が向けられないとの誤った安心感から、情報があいまいでも安易に書き込みをしてしまい、かつ過激な発言になりやすいことだと思います。さらには匿名であれば、情報の正確性を担保しづらいという側面もあります」