コメから高収益作物へ

2023年5月に茨城県が策定した「茨城農業の将来ビジョン~30年後を見据えたグランドデザイン~」。2022年に7万5200ヘクタールあったコメの作付面積を2050年には6万6000ヘクタールとなるように減らすとうたう。実に12.2%の減だ。減少する9200ヘクタールは、山手線の内側の面積およそ1.5個分に相当する。

茨城県はコメから高収益作物への切り替えを掲げる()

農業政策課の杉本健太(すぎもと・けんた)さんは茨城農業の将来ビジョンについて「日本は、予想を上回る急激な少子化と人口減少、超高齢化に直面している。今後、人口減少社会とともに、本県の農業者も大幅に減少するなかにあって、農業を魅力ある産業として次世代に引き継いでいくためには、農業の収益性を高めていくことが一層重要になる。少しでも早く対応を進めるため、これまでの分析や議論の蓄積を踏まえつつ、有識者の意見を頂きながら、新たに『茨城農業の将来ビジョン』を策定したところ」と説明する。特徴として「コメについては、国内需要の減少を踏まえ、高収益作物への転換を推進するなどにより、コメを減らすというところが大きな話」と説明する。

茨城は「首都圏の台所」という異名をとる食料供給基地だ。そのコメ生産量は2022年産で全国6位。1~5位には新潟、北海道、秋田、山形、宮城と米どころが並ぶ。茨城は関東随一の米どころである。

8月に刈り取りを始め通常の新米が出回るよりも前に出荷する「早場米」の産地である。と同時に、外食や中食用に使われるいわゆる業務用米の有力な供給地でもある。

「もうかる農業をやっていく以上、コメよりも所得の高い高収益作物に変えていこうということ」(杉本さん)

将来ビジョンでは、2021年に4263億円だった農業産出額を、2050年に5000億円という最盛期の水準にまで回復させると明記する。農業経営体の所得を1000万円に引き上げるという野心的な目標も打ち出している。

もうかる園芸にシフト

杉本さんは30年後の農業産出額を引き上げるためにどんな農作物の構成がいいのかを考えたと説明する。コメの減産を決めた理由はこうだ。

「根底にあるのは、日本の人口が減って胃袋がどんどん小さくなっていくなかで、主食であるコメは単価が安いという事実。農家の所得を上げないと、農業をやりたいという次の世代が現れてこない。いかに1経営体当たりの所得を伸ばしていくかというなかでは、コメから園芸にシフトしたり、同じコメにしても他と差別化できる特色あるコメづくりや、輸出などで新たな販売先を作ったりすることを目指していく」

園芸にシフトするか、コメをよりもうかる形にするかは、ほ場の条件次第だ。産地振興課の水野浩(みずの・ひろし)さんが説明する。

「水はけが悪いといった、ほ場の条件でコメしか作れないところは、コメの大規模化、良食味米などの特色あるコメづくり、輸出用米の推進などに取り組む。畑にポンプで水を入れて水稲を栽培する陸田のような畑作に転換しやすいところは、サツマイモやレンコン、麦、大豆などの高収益作物の作付けを推進する」

土地改良事業を推進する地域で、現状の水田を「水田エリア」として維持するところと「畑地化エリア」として排水をよくするなどして畑地に転換するところにゾーニング(区分け)していく。

水田エリアのなかでも、低コストでの生産を目指すエリアでは50ヘクタール以上を目指す経営に農地を集積する。ほかに付加価値の高い特色あるコメづくりをする地域、輸出用米を作る地域、和牛の生産拡大に向けた耕畜連携に取り組む地域を想定する。耕畜連携に取り組む地域では、主食用米の生産を家畜の飼料となる稲WCS(稲発酵粗飼料)に転換する。

畑地化エリアは露地栽培だけでなく施設園芸団地も形成することを思い描く。
水田を畑地化し、収益性の高い農産物への品目転換を推進する。それとともに、交通の利便性が高く、基盤整備により農業生産性の向上が図られた地域には、施設園芸団地を形成し、農業法人などの参入を推進する。こうして、農業所得を高めて雇用を増やす意図が見て取れる。

廉価販売からの脱却を目指す

茨城農業の強みといえば「生産量があることと、さまざまな農産物が作れること。需要に臨機応変に対応でき、大消費地に近いこと」(杉本さん)である。ただし、大産地という強みは「廉価販売」に陥りやすいという欠点にもなる。

とくに昔は質より量の産地という印象が強かった。現状を水野さんに聞くと「今は品質的に他県に遜色ないと思っています」とのことだが、「ですが」と言葉を続ける。
「PR下手というか……。ブランドイメージを持ってもらえるような農産物として、消費者に訴えることに力を入れていなかった面もあります」

たとえば生産量と販売額でともに全国1位の茨城県のメロン。夕張メロンや、マスクメロンの最高級ブランドとして知られる静岡県産「クラウンメロン」に比べ「あまり知られていない」(水野さん)

露地の園芸作物において同県は「廉価販売から脱却し、付加価値の高い差別化商品へシフト」すると掲げる。

「もちろんサツマイモも引き続き支援していくし、白菜やキャベツなどを大規模に栽培する農家もいるので、そういった作物の産地づくりを推進していく。サツマイモは輸出がかなり伸びているので、輸出用の産地も育てたい。白菜やキャベツの一部は栄養価が高い、甘みが強いといった差別化できる商品も交えながら、ブランド化も図っていこうと取り組みを進めているところです」(水野さん)

労働時間の増加といった課題も

稲作から園芸に移行する際、課題になるのが誰が担い手になるかということだ。稲作は、ほとんどの作業を田植え機やコンバインといった機械でこなせる機械化一貫体系が確立されている。対する園芸は労働集約型で人手に頼る部分が多い。

労働時間の差は歴然としている。コメの10アール当たり労働時間は個別経営において2021年産で22.29時間。一方で、茨城県の「主な野菜の10アール当たり生産費等」という資料によれば、茨城で生産が多い冬春ピーマンの施設栽培は1506時間、やはり生産の多い夏秋トマトの施設栽培は464時間である。

補助金の手厚い稲作に比べ、園芸は補助金への依存度が低いぶん稲作以上に経営センスが求められる。肥料や農薬、マルチ、段ボール、ビニールハウス、暖房に使う重油など資材費がよりかかってくる。近年の資材高騰の影響も受けやすい。

もう一つの課題は、県で園芸への転換を指導できる体制を築けるかということ。園芸はコメに比べて行政の関与がもともと少ないからだ。

茨城県は目下、基盤整備を行ってほ場を大区画化し、園芸を手掛ける既存の農業法人や新規参入する企業の誘致を思い描く。

念頭にあるのは、県南西部の常総市が「農業の6次産業化」をテーマに戸田建設と連携して2017年から整備している「アグリサイエンスバレー常総」だ。常総インターチェンジのすぐそばにある農地を大区画化し、道の駅や企業用地、商業施設などとともに約14ヘクタールの農地エリアを整備した。観光農園が入居するほか、ソフトバンクグループの農業法人がミニトマトを生産する。

「アグリサイエンスバレー常総では企業が入居し、ミニトマトが大規模に作られ、イチゴの観光農園もある。そういう企業の農業参入についても、積極的に支援していく」(水野さん)

若い世代と法人が未来のけん引役に

茨城県は「販売農家」の数が4万4000(2020年)で全国一多い。販売農家とは、経営耕地面積が30アール以上、または農産物の販売金額が50万円以上の農家をいう。数が多いからいいかというと、そうではない。そのかなりを零細な農家が占めていて、彼らは後継者を確保することが難しい。

販売農家が今の流れのまま減り続ければ、2050年には1万2500という、現状の3割にまで落ち込むと茨城県は見込む。かたや育成に力を入れている法人経営体は現状の2倍以上に増える可能性がある。同県は15~49歳の若い世代と法人経営体が2050年には農業のけん引役となると期待している。

「本業として農業に取り組み、農業を主たる収入源としている人たちをしっかり支援していく。本県農業のけん引役として期待される法人経営体や意欲ある農家に支援を厚くしていくことになる」(杉本さん)

茨城県は、農業分野における外国人技能実習生の受け入れ数が最も多い。とくに園芸で受け入れが多く、人手の確保に苦労していることが表れている。
「どんなに機械化や生産の向上に努めても、人手が必要な場面は必ず残る。農業で高い所得を得られないと、外国人からも見向きもされなくなってしまうという危機感もあります。対策は、農業をいかに魅力的なもうかる産業にしていくかに尽きるのかな」(杉本さん)

魅力的でもうかる茨城農業。その実現に向けた挑戦は始まったばかりだ。