「久保田」や「朝日山」などの銘柄で知られる朝日酒造は、新潟県長岡市に本社を置く日本酒の蔵元だ。国内のみならず海外でも人気を博す酒造り。その秘密は徹底した品質本位と合理化された製造工程にある。同社の主力「久保田 千寿」などを造る松籟蔵の杜氏、大橋良策氏にその魅力を聞いた。

  • 朝日酒造で松籟蔵の杜氏を務める大橋良策氏にお話を伺った

経験の数値化、工程の合理化を突き詰めた酒造り

杜氏は、酒を醸造して商品にする蔵の統括者だ。白米を中心とした原料の処理、麹造りや酵母の培養、もろみ仕込みから日本酒の完成まで、約二カ月に渡る工程の全責任を負う。朝日酒造の酒は最終的な成分が明確に定められており、適合した酒をさらに利き酒で官能検査したうえで出荷される。安定した高品質は、同社の日本酒が愛され続ける理由のひとつと言えそうだ。

  • 新潟県長岡市にある朝日酒造本社。物販店「酒楽の里 あさひ山」や飲食店「あさひ山 蛍庵」も併設されている

松籟蔵の杜氏である大橋良策氏は「私が杜氏になって、NGを出さないことにも注力しています。先代の杜氏は『NGを出したらクビ』とか、そんなことを言われたりしていました」と苦笑しながら話す。原料米の生産から瓶詰めまで一貫して品質を管理し、一切手を抜かずにコツコツと積み上げていく。正道とも言えるこの妥協を許さない姿勢こそ、同社の追求する酒造りなのだろう。

  • 朝日酒造 生産本部 製造部 杜氏(松籟蔵) 大橋良策 氏

「朝日酒造は、昔から“感覚と数字の整合性”を非常に大切にしています。感覚はものすごく大事ですが、それを定量化しなければ同じものを継続的に提供し続けることはできないからです。昔の杜氏はノウハウとして数字を一手に管理していましたが、当社の蔵人はみな社員であり、全員で情報を共有しています」と大橋氏。

現在、松籟蔵の蔵人の平均年齢はおよそ44~45歳。下は20代後半、上は50代半ばで、比較的若い人たちが中心となって日本酒を造っているが、これも徹底した情報共有によって知識の継承がスムーズに行われているが故だろう。また労働時間も概ね一定で、昔ながらの酒造りにあった“寝ずの番”などが発生することもほとんど無いという。

こうした働き方を実現する秘密のひとつは、蔵の構造にある。松籟蔵では、精米、洗米・浸漬、蒸米、製麹、仕込み・もろみ、上槽・火入れ、貯蔵という一連の工程が、4階から1階へと順番に降りてくるように行われている。これは各工程で製造されたものを、スムーズに移動させるための仕組みだ。

  • 各作業室内には入れないものの、12月~4月には一般を対象とした酒蔵見学も実施。通路には製造工程を説明するパネルもある

  • 蒸米(じょうまい)工程の様子。蒸した米は冷却されながらベルトコンベアで運ばれていく

  • 蒸米はダクトホースを使って麹室と酒母室に送られる

  • 麹室では、蒸米に麹菌を付着させ米麹を造る製麹(せいぎく)が行われたのち、仕込みに使われる

  • 酒母室では蒸米、米麹、酵母、仕込水を混ぜ合わせて日本酒の元となる酒母が造られる

松籟蔵で働いている蔵人の一人は、「毎日変わる酒の表情を見ることが楽しい。今日がんばれば、明日あれが見られるなって、それが苦労した先に見える喜びです。酒造りって全部そうなんですよ。その表情で今日の出来もわかる、かっこつけて言えばね(笑)。いつもベストを尽くしているつもりなので、今日はダメだなとは言えないですよね」と、仕事の苦労と楽しさを語ってくれた。

  • 酒母造りの後は、もろみ製造工程へ。初添、仲添、留添と4日かけて三段仕込みが行われる

  • 25~30日間が経過したもろみをこして原酒と酒粕に分け、原酒をろ過、火入れし、タンクへ

  • 松籟蔵から、建屋間を繋ぐパイプを使って貯蔵棟へ日本酒を移動。保存された日本酒は瓶詰めと検査を経て出荷される

こうして造られた朝日酒造の酒の風味を、大橋氏は「淡麗辛口」と一言で表す。スッキリとしてキレが良く、料理にも合わせやすいのが特徴だ。その味わいの根幹となるのは「水」と「米」。創業地内を流れる地下水は新潟県内でもとりわけ硬度が低い軟水で、醸造の際に穏やかな発酵を促すという。

また「酒造りは、米づくりから」をモットーに、農地所有適格法人「有限会社あさひ農研」を設立し、酒造適性の高い酒米の栽培と研究を行っている。これは、かつての杜氏が残した「酒の品質は、原料の品質を越えられない」という言葉に重きを置いてのこと。環境保全型農業の米作りも推進している。

杜氏が薦める朝日酒造の銘柄と飲み方とは?

朝日酒造には、「久保田」のほかにも「朝日山」「継」「越州」「洗心」といった銘柄があり、さらに銘柄の中にさまざまな商品がある。ここで、杜氏である大橋氏が個人的に好んでいる銘柄や、おすすめの商品について伺ってみたい。

「普段、自宅で飲んでいるのは『朝日山 百寿盃』ですが、オールシーズンおいしいのは『久保田 千寿 純米吟醸』かな。比較的軽くてスッキリしていて、よく“純米らしくない”と言われますけれども、千寿らしい感じは残っているお酒です。涼やかな青色の瓶なので、夏にはピッタリでしょう」

  • 杜氏が個人的に薦める「久保田 千寿 純米吟醸」と「久保田 純米吟醸にごり」

「また、2月限定出荷でいまはあまり市場には残っていませんが、『久保田 純米吟醸にごり』も面白いお酒です。にごりでありながらも、さらっとして甘酸っぱく、すごくおいしいです。にごり酒が苦手な方にも試して欲しいですね」

日本酒は「何かで割って飲んではいけない」というイメージが強いが、大橋氏は飲み方も自由だ。とくに温めた酒に氷を入れた「燗ロック」が好みで、口当たりが良く軽やかな味わいになるという。興味のある方はぜひ試してみていただきたい。

  • 大橋氏が好きな飲み方だという「燗ロック」

「意識して作り上げる」ために経験と情報を蓄積

生産年齢人口の減少が進む中で、酒造りを担ってきたベテランの引退が進んでおり、日本酒業界にとって技術の継承は大きな課題といえる。朝日酒造が行っている徹底した数値管理や合理的な製造工程は、こういった課題を解決する一助ともなるだろう。

「当社が行っているような結果の裏付けは、これから大きなウェイトを占めてくるんじゃないかな。ただ、酒造りにおいては数字に表せない感覚も絶対に必要です。今後、そのウェイトが何割になるのかはわかりませんが、入れ替わりのレスポンスに対応していけるかどうかが重要だと思います。お客さんが欲しいと言ってくれたお酒を再び提供するために、『なんとなくできてしまった』ではなく『意識して作り上げる』という再現性を常に考えています。そのために経験と情報の蓄積、両方をやっていかなくてはならないのです」

コロナ禍においては飲食店へ日本酒を卸すのが難しくなり、多くの酒蔵が影響を受けた。しかし朝日酒造は小売りへの流通を拡大し、家飲み需要をうまく捉えることに成功。まだ従前の売り上げを超えてはいないものの、完全に回復基調にあるそうだ。「久保田」はもともと海外でも人気があり、国外需要も復活してきているという。日本酒は、売り方にもさまざまな可能性を秘めている。

大橋氏は最後に、日本酒造りという仕事について次のように思いを語った。

「酒蔵の働き方は、よく世間で『やる気さえあれば』と言われますけれども、そんなにハードルが高い業種でもありません。デスクワークをする会社ではないので、それなりに体力が必要なこともありますが、笑って仕事ができる環境です。蔵は常にウェルカムなので、お酒を造りたいという気持ちのある方にはぜひ現場を見ていただきたいですね。もの作りの楽しさを感じてもらえると思います」