今年4月の奈良県知事選挙で当選した山下真氏が5月8日に初登庁し、就任記者会見を開いた。報道によると、「近鉄奈良線を平城京エリアの外に移設」「リニア新駅と関西空港を結ぶ鉄道新設」について予算の執行を停止したという。事業を見直し、6月上旬までに停止か継続かの最終的な判断を行うとしている。
山下知事の就任会見は奈良県の公式YouTubeチャンネルに動画が残されている。奈良県公式サイトに文字起こし版と会見用資料も掲載されていた。
会見および資料によると、令和5年度予算を一旦停止する事案が21件、予算執行査定を経て一旦停止を支持または検討する事案が5件、予算の執行は停止しないが執行方法について知事と協議する事案が2件、令和5年度予算に限らず事業全般に関するヒアリングを実施する事案が20件、早急に知事が現地を視察する施設が7件あるとのことだった。このうち鉄道に関連する案件を紹介したい。
■大和西大寺駅の高架化・近鉄奈良線の移設
令和5年度予算は「1億2,500万円」だが、予算の一旦停止となる事業に分類された。
近鉄奈良線の線路が国営平城宮跡史跡公園の中を横切る状態について、遺跡保護の観点と公園の分断について問題があるとし、線路を移設する構想があった。この形態は先に線路ができた後で遺跡が発見されたという経緯がある。近鉄としては、「近鉄側に瑕疵がなく、国や県の都合で移設せよというなら費用も負担してほしい」という立場だった。
協議の進展は「踏切道改良促進法」をきっかけとしている。国土交通大臣が大和西大寺駅付近の踏切に対し、「改良すべき」と指定した。そこで大和西大寺駅周辺を高架化し、平城宮を通過する近鉄奈良線を南側地下に移設して新大宮駅を移転するとともに、新駅2駅を設置する計画がまとまっていた。
予算を一旦停止する事案に挙げられたものの、大和西大寺駅周辺の踏切解消は国土交通大臣の指定であり、無視できない。山下知事は記者の質問に対し、「西大寺とあやめ池の間の踏切を解消するということは必要だと思っていますが、西大寺以東の大宮通りの地下を走らすという計画は、あまり意味がないだろうと思っています」と答えた。
近鉄奈良線の開通は1914(大正3)年。すでに100年以上も経過している。線路ができてから遺跡保存の機運が生まれたという歴史的経緯も、考古学の認知度の歴史として興味深い。筆者はこの風景も含めて近代歴史遺産としても良いのではないかと思う。鉄道ファンや旅行者の観点で言えば、現ルートは車窓から間近に遺跡や復元建物を見られて楽しい。地下移設となれば景色が見えなくなり、つまらない。
しかし、この問題は地域が必要としているか否かが第一義だろう。新駅に期待する人もいるかもしれない。精査の結果が待たれるが、知事の答えは出ているようだ。
■リニア中央新幹線「奈良市附近駅」の早期確定と関西国際空港接続線
令和5年度予算は「4,500万円」とされていたが、これも予算を一旦停止する事業に分類された。
リニア中央新幹線の奈良県駅について、奈良県は「JR大和路線(関西本線)平城山駅周辺」「JR大和路線新駅(奈良~郡山駅間・大安寺付近)周辺」「JR大和路線と近鉄橿原線交差部周辺」の3つを挙げている。予算案では3地点について調査を進め、「JR東海など関係者と連携し検討を進める」としていた。
しかし山下知事は、「駅の位置は基本的に事業主体のJR東海が決定するもの」であり、「現時点において、県として駅をどこにするかみたいなことを調査研究する意味がどこにあるのか」と疑問を呈した。「県が調査をしてひとつに絞り込んだらJR東海は応じてくれるのか。すでにJR東海側に希望地点があるかもしれない。まずはJR東海の意向を聞いた上で調査すべき」との考えを示している。
駅の位置はリニア中央新幹線の想定ルートから大きく逸脱しない範囲で、各県の要望に添う形でJR東海が決定してきた。中間駅はJR東海が全額負担で設置するからJR東海が主導する。しかし、たとえば神奈川県の候補地は「橋本駅周辺地区」「相模原駅地区」「国道16号沿線地区」があり、「橋本駅周辺地区」が選ばれた。
山下知事の発言は、「JR東海が主体的に決めていい」とも取れるし、すでに3カ所の候補を出したから、現段階でこれ以上の追加調査は不要と考えているかもしれない。たしかに名古屋駅まで開通していない段階では、調査するにしても時期尚早ともいえる。
「関西空港接続線」は、リニア中央新幹線の奈良県駅と関西国際空港を結ぶ鉄道の整備計画である。大和路線と和歌山線を改良し、3つの区間で新線を建設する。具体的にはリニア奈良県駅から大和路線の法隆寺駅、法隆寺駅から新路線を建設して和歌山線の畠田駅、畠田駅から和歌山線で御所市、御所市から新線を建設して五條市、五條市から和歌山線で紀の川市、紀の川市から新線を建設して関西空港線合流地点へ、というルートを想定している。
さかのぼれば、2019年にリニア中央新幹線支線として調査が計上され、奈良市から関西国際空港まで20~30分で結ぶ構想だった。その後、2021年7月に在来線と新線を組み合わせた「関西空港接続線」に代わった。在来線区間は高速化改良して最高速度130km/h、新線区間は最高速度200km/h。所要時間は約1時間弱だという。ちなみに現在、奈良駅から関西空港駅まで、大和路快速に乗り、天王寺駅で特急「はるか」または関空快速に乗り換えると1時間半かかる。約30分の短縮に対して事業費が見合っているか。
山下知事は「関西空港接続線」について、「必要性もないし、費用対効果も全くない。それは奈良から関空までリムジンバスも出ていますし、近鉄電車と南海電車を乗り継いだり、あるいは近鉄とJRを乗り継げば、関空まで行けますから、既にそういうバスや鉄道の交通手段があるにもかかわらず、奈良にできるリニア新駅と関空を、和歌山を通って鉄道で結ぶという事業が必要だと私は到底思えない」と否定した。査定後、6月上旬に復活する望みはなさそうだ。
■JR新駅の設置と鉄道高架化
令和5年度予算は「23億564万円+債務負担3億2,000万円」。令和5年度予算に限らず事業全般に対するヒアリングを実施する事業に分類された。ヒアリングの結果、予算の一旦停止になる場合も、ならない場合もある。
JR大和路線の奈良駅から郡山駅までの高架化と新駅を設置する事業である。大安寺付近に京奈和自動車道のインターチェンジを設置すると決まったことを受けて、周辺に新駅と新たなまちづくりを進める事業の一環で実施される。建設中の接続道路と鉄道が立体交差し、駅前広場が整備される。インターチェンジと駅を結び、周遊性を高める。
新駅周辺のまちづくりにおいて、MaaSなど先進的サービスを提供するという。しかし具体的なまちづくりが定まっていない。事業全体のヒアリングが必要と判断されたようだ。
■事業仕分けをほうふつとさせる
鉄道以外の予算停止事案を見て、2009年に発足した民主党政権による事業仕分けを連想した。山下真氏の公式サイトによると、選挙公約として「知事退職金の辞退」「大型ハコモノ事業の検証」「今後計画されている大型プロジェクト事業の再検討」によって新たな財源を生み出し、その財源をもって「教育無償化」「子育て支援」「物価高対策」「経済。観光振興」「高齢者(支援)」「医療・コロナ対策」「就労支援」を行うという。
予算執行の一旦停止といっても、すべての事業を凍結するわけではない。検討の結果、6月に凍結解除となる事業もあるだろう。鉄道ファンとしては、平城京と近鉄奈良線、関空方面の鉄道構想の行方を知りたい。6月の検討結果発表に注目だ。