長崎大学は、キリンホールディングスが研究開発を行っている「乳酸菌 L.ラクティス プラズマ」(以下、プラズマ乳酸菌)を用いて、新型コロナウイルス感染症患者を対象とした症状緩和効果についての特定臨床研究を2021年12月に開始。その特定臨床研究の成果に関する発表会が開催された。

  • (写真左より)泉川公一氏、山本和子氏、迎寛氏

本発表会は、プラズマ乳酸菌の医薬品開発の可能性を探索するもので、長崎大学から研究成果を発表。発表会には、長崎大学副学長(新型コロナウイルス感染症対策担当)で、長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 臨床感染症学分野 教授、長崎大学病院感染制御教育センター センター長を務める泉川公一氏、長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 展開医療科学講座 呼吸器内科学分野(第二内科) 教授の迎寛氏、長崎大学 客員教授で、琉球大学大学院 医学研究科 感染症・呼吸器・消化器内科学講座(第一内科) 教授の山本和子氏が登壇した。

まずは泉川氏が、長崎大学での取り組みを紹介。長崎大学では“PLANETARY HEALTH”、地球の健康への挑戦を2020年から2023年のAction Planとして掲げており、未知の感染症の克服も目標のひとつであると話す泉川氏。長崎大学は、日本で一番古い医学部を持ち、かつてから感染症の研究に力を入れていたが、最近では、BSL-4施設として「高度感染症研修センター」を設置するなど、「感染症対策は国防である」という視点を重要視する同大学の姿勢を示した。

  • 長崎大学 副学長の泉川公一氏

続いて迎氏が、今回の研究を取り巻く社会背景として、新型コロナウイルス感染症の現状について解説。第8波も収まりつつあるものの、依然として予断を許さない状況が続いている中、昨年6月から冬にかけて猛威を振るったオミクロン株の「BA.5」が、現在では20%くらいまで減っており、さらなる変異株が出てきているという現状を紹介する。

  • 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 展開医療科学講座 呼吸器内科学分野(第二内科) 教授の迎寛氏

4月初めの時点で、日本国民の26.8%が新型コロナウイルスに感染しており、死亡率は0.22%。第1波の頃の死亡率5.3%と比べるとかなり減ってきているが、感染者数自体は非常に増えていることを示し、第7波より第8波の死亡率が少し上がっている点については、第8波の特徴として高齢者の罹患者が多くなったのが原因であると指摘。日本においては、コロナで亡くなっているのは高齢者が中心であるという。さらに、新型コロナウイルスの問題として“後遺症”を挙げ、中等症以上の入院患者のその後を調べたところ、筋力低下や呼吸困難感などの罹患後症状が、1年後でも平均で13.6%残っており、コロナの後遺症も大きな問題となっていることを言及した。

そういった状況の中、政府がGW明けに5類に移行することを決定しているが、新型コロナウイルス感染症を他の人にうつすリスクについて、厚労省の発表では、発症2日前から発症後7~10日間ほどウイルスを排出していると言われている。結局、強い感染力が5類になって弱くなるわけではないので、感染症対策が自己責任となる今後は、それを踏まえた行動が必要になるとの見解を示した。この3年間に医学の進歩によって、ワクチンや様々な薬が開発され、新型コロナウイルスの治療に関しては、だいたいの形ができあがっている。しかし、経口の抗ウイルス薬は非常に高価であり、保険を適用しても数万円かかってしまうという現状があり、金銭的にも治療が受けづらい状況が起こるのではないかと予測する。

また、新型コロナウイルス以外にも様々な感染症があるが、その中でもインフルエンザは、コロナが流行した3年の間、ほどんと見られなかった。しかし、2022年~2023年にかけての冬季は、インフルエンザ感染者が急増。コロナ流行以前と比べると、まだまだ少ない状況だが、これはマスクやアルコール消毒などの感染症対策の効果で減っていたものが、逆に感染症対策の徹底によって集団免疫が低下したことが原因ではないかと推測し、今後はコロナだけでなく、インフルエンザやそのほかの感染症への対策も必要になってくると指摘する。なお、今回の研究で鍵となる“プラズマ乳酸菌”は、コロナ以前からインフルエンザへの有効性が認められており、プラズマ乳酸菌を摂取していた人は、インフルエンザにかかりにくく、症状も軽減していたとことが確認されているという。

感染症の流行の可能性が、今後5類になってますます高まり、感染から自分を守ることが自己責任になる時代においては、ウイルスに対する免疫を手軽かつ安全に高められる医薬品を探索することが社会的に強く求められている。そこで、インフルエンザを含めて、感染予防効果としてのエビデンスがあるプラズマ乳酸菌が有望な候補になると考え、長崎大学にて新型コロナウイルス軽症患者への臨床試験を行うに至ったという経緯が説明された。

続いて、山本和子氏が臨床試験の結果を発表。まず“プラズマ”という名前は、「プラズマサイトイド樹状細胞(pDC)」と呼ばれる免疫細胞に由来するもので、このpDCは人間の身体にもともと備わっている細胞であり、外敵が入ったときに比較的早く反応して、排除するような免疫を発動する非常に重要な免疫細胞で、いわば“免疫の司令塔”のような働きをするという。

  • 長崎大学 客員教授の山本和子氏

この細胞から司令を受ける細胞としては、身体の中で抗体を産生する「B細胞・形質細胞」、外的に侵された細胞の殺傷を行う「キラーT細胞」、ほかの免疫細胞に働きかけて、さらに免疫を強めていく「ヘルパーT細胞」、異常細胞を殺傷する「NK細胞」などが挙げられ、pDCの活性化は、全体の免疫を活性化することに繋がると紹介。そして、キリンが2012年に、世界で初めてpDCを活性化する“プラズマ乳酸菌”を報告。これまでプラズマ乳酸菌を使って、キリンと研究者が様々な研究を行っており、新型コロナウイルスはもちろん、デング熱などの熱帯感染症、下痢症の原因になるロタウイルスにも効果があることが示されてきているという。

今回の臨床試験は、長崎市内にある長崎大学関連7病院を含めた多施設での共同研究となっており、新型コロナウイルス感染者の中から軽症者を100名を集め、50名にプラズマ乳酸菌が入ったカプセル、残りの50名にはプラセボカプセルと呼ばれる、見た目は全く同じだが中には何も入っていないカプセルを、それぞれ14日間投薬。臨床試験は、ちょうどオミクロンのBA.1が長崎県で流行りだした2022年1月に開始され、主要評価項目は自覚症状がメインで、副次評価項目として、ウイルス量やpDCの活性化状況、そして抗ウイルス物質の発現量などが調査された。

試験の結果は、自覚症状として、「咳・呼吸困難感」「倦怠感」「頭痛」「味覚・嗅覚障害」「食欲不振」「胸部痛」をスコア化したものの合計を比較したところ、プラズマ乳酸菌を投薬したプラズマ乳酸菌群とプラセボカプセルを投薬したプラセボ群の間に大きな差は見られなかったという。なお、今回の試験はオミクロン株の流行前に策定されたため、デルタ株の特徴的な自覚症状が採用されており、オミクロン株に特徴的な、鼻水や鼻詰まり、喉の痛み、発熱などが入っていなかったことが、あまり結果に差が見られなかった原因ではないかと推測されたが、「味覚・嗅覚障害」に関しては、9日目以降で、プラズマ乳酸菌群において症状がなくなった人の割合が高くなっており、一部の症状には効果が見られた。

そして、ウイルス量の変化率では、プラズマ乳酸菌群において、4日目にウイルス量が減っていることを確認。8日目にはプラセボ群も同じように減っているため、プラズマ乳酸菌によって、通常よりも早くウイルスが消失する可能性が示唆された。さらに、血中のpDC量を計測したところ、プラズマ乳酸菌群は、最初から最後まで、pDC量が変わらずに維持されたが、プラセボ群では血中から減っていくという結果になった。pDCの血中からの消失は、新型コロナウイルスの特徴的な傾向であり、プラズマ乳酸菌によって、しっかりとpDCが維持されることが検証された。

今後、新型コロナウイルスが5類に移行することで、様々な問題が発生する可能性がある中、軽症患者に対する手軽な対処法がいまだ確立されていない現状において、今回の研究結果は、「軽症者に対する手軽で求めやすい補助療法として、今後の課題解決に向けての一助になる可能性」を示しているのではないかと総括し、発表会を締めくくった。なお、本研究で得られた成果は特許出願中となっており、新型コロナウイルス感染症に対する新たな予防、治療法のひとつになることが期待される。