他社の追随を許さない規模に

20名の従業員で、計112アールのキュウリ栽培を手掛ける株式会社下村青果商会(高知県南国市)。10アールあたりの収量は35トンに及ぶ、日本トップクラスの生産性を誇る農業法人だ。栽培したキュウリは主に首都圏を中心とした市場外流通で、コストベース(再生産価格)での販売に特化するなど、収益性の高い農業経営を実現していることは別記事で報じた通りだ。社長の下村晃廣(しもむら・あきひろ)さんは「利益を確保した販売単価の実現を意識してきました。ここでの利益を従業員への給与に反映できており、給与額は農業界では断然高く、高知県の農業法人としてもおそらく一番高いでしょう」と胸を張る。

下村青果商会が販売しているキュウリ(画像提供:株式会社日本M&Aセンター、以下同)

独自に築いた販路で軌道に乗る同社はこのほど、岡山県で下水道や焼却・水処理施設整備業を営む西日本設備管理株式会社とM&Aによる株式譲渡を決めた。下村さんは「もともと、法人化した当初から『日本一のキュウリの農業法人を作る』という目標を掲げてきました。他社の資本が入ることで、よりスピーディーに事業がスケール(拡大)するほか、販路拡大などシナジー効果も多いと考え、資本提携を決めました」と背景を説明する。

下村さんいわく、現在の資本金で経営していく上では、112アールの圃場(ほじょう)でキュウリを生産してきた現在の規模が、最も歩留まりが良かった。「現在の利益率を維持したまま規模拡大をするには、自分一人では限界がありました。それが、他社の資本が入ることで対外的信用力が高まり、銀行からの借り入れなどで経営面積を2倍、3倍に拡大していける見通しが立ちました。実現となればキュウリ農業法人としては他社の追随を許さない、日本一の規模となるでしょう」。

他社の資本を入れ、最短での規模倍増を目指す

下村さんが「日本一」の生産規模にこだわるのは、農家の立場を少しでも強くしたいと考えているからだ。「他の産業と違い、農業では農家自らが値段を決めて販売することは非常に困難です。とはいえ、日本でも小売店がM&Aによって大きくなっている中、生産者側も対等に話ができる立場になっていかないといけません。時として強気に、対等な立場で販売価格を交渉できるよう、強く農業を経営していかなければと考えていました」(下村さん)。

気になるのは、なぜM&Aの相手が、県外にある異業種の企業だったのかだ。この資本提携をサポートした株式会社日本M&Aセンターの新井純(あらい・じゅん)さんは「このM&Aに興味を示す企業は10社ほどあった」と前置きしつつ、「譲受け企業である西日本設備管理株式会社さまは、ショウガを栽培している農業法人を自社グループに保有しており、キュウリとは違った販路を持っていました。大手量販店などの新たな販路を活用することで、さらなる売上拡大につながる可能性があったほか、業歴が長く対外的信用力がある点でもベストなお相手でした」と説明する。

すでに同社からはキュウリ栽培の経営面積を最短で2倍にする事業構想が提示されているといい、1ヘクタール規模のハウス増設を可及的速やかに行っていくという。経営面積の拡大に伴い、今後は高知県内で数十人の雇用が生まれると見込んでいる。

下村さんは「自分一人で経営面積を2倍にしていくとなると5年以上かかってしまいますが、他社の資本が入ることで速やかに実現することができます。時間は経営者にとって最も貴重な財産ですので、自分一人では手に入らない環境をすぐに手に入れることができるというメリットは大きい」と強調する。

3月末日には高知県内でM&A成約式が行われ、下村さん(右)と西日本設備管理社長の鬼山昌典(おにやま・まさのり)さんが誓約書を交わした

「農業の資本提携は一般的に、いわゆる救済型M&Aと呼ばれる事例が多くを占めてきました。単独資本で売り上げも小さく、小売店や仲卸と価格交渉ができず、特定の販路しかないという会社がほとんどだったためです」と新井さん。本件は、こうした潮流とは対照的に、成長戦略を描くセンセーショナルなM&Aの事例だと目を細める。「互いのベクトルは一致しており、スピード感も共通しています。先を見通すことは難しいですが、提携後は面白い形になるのではないかと思います」と期待を込め、下村青果商会の行く末を展望した。


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