がむしゃらに働くことが美徳とされた時代と違い、今は仕事もプライベートも充実させてナンボ。それは、社会人アスリートにも同じことが言える。

フィンスイミング日本代表選手の渡部力さんも、平日は電通デジタルのビジネストランスフォーメーション部門で働くビジネスパーソンだ。入社一年目で仕事とフィンスイミングの“二足のわらじ”を履く渡部さんの働き方に迫った。

  • フィンスイミングの日本代表・渡部力さん

■圧倒的なスピード感! フィンスイミングにハマったワケ

――まず、フィンスイミングはいつ頃から始められたんですか?

大学からです。小学生の頃から競泳をしていたのですが、高校を卒業するタイミングで一度競泳には区切りをつけました。でも、水に関わるスポーツは続けたかったので、知り合いの勧めもあってフィンスイミングをやってみたんです。

もともと競泳でもドルフィンキックが得意だったので、フィンスイミングは適正があると思いました。もちろん、最初は全然上手くできなかったのですが、逆にそれが楽しかったし、スピード感も競泳とは全然違うので面白いと思いましたね。

――競泳とフィンスイミングでは、それほどスピード感が違うものなんですか?

全然違います。競泳の世界記録は50メートル自由形で20.91秒ですが、フィンスイミングの世界記録は13秒70。フィンスイミングのほうが約1.5倍も速い計算になります。

――競泳と違って、フィンスイミングは練習できる場所も限られているのではないでしょうか?

そうですね。僕の家の近場には練習できる場所がないので、主に東京辰巳国際水泳場と横浜国際プールの2拠点で練習をしています。

■就活と競技は「切り離して考えたほうがいい」

――就職活動はどういった軸で動いていたんですか?

もともと理系の大学と大学院に通っていたので、何となくエンジニアのような技術職に就くのだと考えていました。でも、ゴリゴリの技術系より、もっとクライアントに近いところで、共に成長できるパートナーのような仕事がしたいって思うようになったんです。いわゆるITコンサルのような仕事ですね。

ちょうど就活中にDXも流行り始めたこともあって、「消費者やユーザーの体験に寄り添うことが大事なんだ」と感じ、ユーザー思考もしっかりとキャッチできる職場で働きたいと思いました。電通デジタルであれば、広告もやりつつ、デジタル技術でクライアントの成長に寄り添えそうだと考えたんです。

――「フィンスイミングを続けやすい企業」という視点はなかったんですか?

競技ありきでの就活はしていません。フィンスイミング選手は、昼間は普通に働いている人が多く、フィンスイミングをしている先輩のもとにOB訪問をした際も、「就活はあくまでキャリアの話だから、競技とは切り離して考えたほうがいい」とアドバイスをもらいました。ですから、フィンスイミングはプライベートで続けることにして、そのぶんしっかりプライベートも充実できるような働き方をしようと考えました。

――電通デジタルに入社を決めた理由を教えてください。

電通デジタルは、社員のプライベートも大事にしている印象が強かったんです。競技を続けるにしても、辞めるにしても、プライベートも充実できる働き方をしたかったので、電通デジタルの社風は魅力的でした。

■フィンスイミング日本代表のリアルな平日の過ごし方

――実際に働き始めていかがでしょうか?

すごく働きやすい環境で働けていると思うし、こんなに楽しくていいんだろうかと心配になるほどです(笑)

良くも悪くも新卒には優しくしてくれる会社なので、プライベートでフィンスイミングをやっていても歓迎してくれますし、応援もしてくれます。仕事とプライベートが両立しやすい会社だと実感しています。

一方で、最近感じているのは、「社員のプライベートは応援するけど、そのぶん仕事は仕事でしっかりと評価しますよ」という風土もあるということです。個人的に、その姿勢はとてもいいなって思っています。

――スポーツでの功績も評価されたほうがいいんじゃないですか?

そこは分けて考えるべきだと思っています。小中高の頃って、まさに「スポーツができれば勉強ができなくても仕方ない」っていう雰囲気があったじゃないですか? 僕はそれに疑問を感じていました。学校は勉強する場所なので、勉強で評価されるべきだと思っていたんです。

特に仕事の場合は責任も生じますから、仕事以外のところで評価されるのは嫌で。「外で頑張るのは偉いけど、仕事は仕事で評価します」という電通デジタルの姿勢はすごくいいと思いますね。

もちろん仕事に関しても、自分のキャリアに関して常に上長たちが気にかけてくれたり、今後のキャリアを実現するための仕組みづくりをしてくれたりもしますし、本当にこの企業で働けてよかったと感じています。

――仕事とフィンスイミングは問題なく両立できているのでしょうか?

もちろん仕事は最優先ですが、週5〜6のペースで練習に取り組めています。練習といっても、毎回必ず東京辰巳国際水泳場で練習するわけではありません。日によっては地元のジムでウェイトトレーニングをするときもあるし、ジムのプールでフィンを着けずに自主練することもあります。

――1日のスケジュール感を教えていただけますか?

辰巳で練習する日は、フィンを会社に持っていかないといけないのですが、これがかなりの大荷物になるんです。なので、満員電車を避けるために朝は自宅で仕事して、昼過ぎに出社、18時過ぎに業務を終えて辰巳に向かいます。1日の練習が終わって、自宅でお風呂に入るのが大体22〜23時という感じですね。業務が多い日は満員電車になる前に出社することもあります。

辰巳に行かない日は自宅で勤務開始し、20時くらいには地元のジムでウェイトトレーニングをするといった流れですね。1日の練習時間は、辰巳でもジムでもだいたい2時間くらいだと思います。

――フィンスイミングの経験が仕事で活かされていると感じることはありますか?

やっぱり体力はあるほうですよね(笑)。どんなに仕事が忙しくてもしんどいと感じることはありません。「今日も1日、働いたなぁ! 」と感じるくらいで、そのあとジムに行ったりもします。それと、フィンスイミングはまだ答えがないスポーツだといわれているのですが、その部分がちょうど仕事にも活かされている気がします。

――というと?

歴史の長いスポーツはある程度の最適解が確立されており、そこに向かって練習していくことが多いです。しかし、フィンスイミングの歴史はまだ浅く、未だに泳ぎ方の正解もわかっていません。つまり、この業界はまだ“解”のないところで試行錯誤しながら正解を突き詰めている段階です。だからこそ頭を使わないといけないし、それはまさに仕事での思考力にも活きていると感じています。

■“二足のわらじ”で意識していること、今後の目標について

――仕事とフィンスイミングの“二足のわらじ”を履く中で、何か意識していることがあれば教えてください。

ひとつは目的意識を見失わないようにすることです。フィンスイミングにはまだプロの世界がないので、あくまで趣味でやっているということになります。極論を言えば、別にやらなくてもいいんですよね。でも、僕はフィンスイミングが好きだから続けているし、競技を通じて自分自身をアップデートする感覚も好きなんです。

それを見失って、フィンスイミングの練習自体を目的にしてしまうと、絶対にしんどくなります。正直言えば、フィンスイミングはただ好きでやっているだけなので、頑張っている感覚もありません。仕事と両立するために頑張っているつもりさえないんです。

仕事を頑張るのは当たり前だし、プライベートを充実させるのも当たり前。だから、僕はフィンスイミングをとにかく楽しんでいるだけなんですよね。

――それでは最後に、今後取り組んでいきたいことや目標について教えてください。

まずフィンスイミングについては、「世界で○番になります! 」……と格好いいことを言いたいところなんですけど、自分の実力ではまだそこに至れないことがわかっているので、まずは日本選手権でしっかり日本代表に内定し、今年のアジア選手権のリレーでメダルを、そして来年の世界選手権では決勝進出を目標にしています。

電通デジタルの社員としては、今後はデータ活用コンサルができるような人材になりたいと思っています。とはいえ、まだデータ分析の経験もないし、コンサルの思考力や知識もないので、まずはデータ分析の基礎を頭に叩き込んで、来年度はただ手を動かすだけでなく、頭を動かして評価していただける人間になりたいと思っています。